58.全力ブラシはもふもふの義務よ

 心地よい眠りから目覚めた私は、薄緑のヴェールに驚く。膝枕をしていただいたのね。ラエルの髪に包まれて、まるで聖樹の内側にいるのかと思ったわ。


「不思議な夢を見たわ。ノエルがいたの」


『現実かもしれないよ。ほら、フィリスがノエルを迎えに行ってくれたからね』


 手を借りて身を起こすと、全員揃っていた。ここは木陰で柔らかな木漏れ日が揺れる。居心地のいい空間で、枝に止まるパールは尾羽の手入れをしていた。ノエルは丸まって毛繕いの真っ最中、日向で寝転がるフィリスは羽を伸ばす。


 私やラエルを後ろで支えるシリルの尻尾は、相変わらずふかふかで気持ちよかった。ぼふっと倒れ込んで堪能する。


「僕は夢で何をしてたのさ」


 毛繕いが一段落したノエルは巨大な姿で近づいて、ごろんと寝転がる。手が届くかどうか、ギリギリの距離だった。いつもそう。滅多に届く範囲に来てくれないの。でも抱っこやブラッシングされるのは嫌いじゃないみたい。抵抗しないもの。


 シリルに埋もれたまま、私はふふっと笑った。あの夢で、私は何をしたかしら。


「確か……そう、足が汚れていたのよ。せっかく綺麗な白い毛並みなのに、後ろ足が黒くて。叩いて汚れを払ったら、元通りになって安心したわ。ここだったかしら」


 身を起こして、ノエルの後ろ足に触れる。びくりと身を震わせたものの、ノエルはされるがままだった。いつもと同じ風景で、いつもと同じ行動。


 柔らかな猫の毛を撫でて、ついでにお腹や足の付け根にも手を伸ばした。えいっと抱き着いて、首の周りをわしゃわしゃと両手で掻く。心地よさそうに目を細くする姿は、もふもふ好きには堪らないご褒美ね。


「僕も撫でてよ」


 近づく白狐シリルに「少し待ってね」と順番を告げる。当然のようにフィリスやパールも並んだ。これは本格的にブラシが必要ね。


「ブラシを取ってきてもらうわ」


 少し離れた場所に立つ侍女に合図をして、届くまでの間は両手で撫でまくった。満足そうに喉を鳴らすノエルが終わり、振り返ってシリルに抱き着いたところへ、ようやくブラシが届いた。特注の二段階ブラシは、聖獣用に作らせたものだった。


 中央に少し硬い毛を配置して、外は柔らかく長い毛になっている。これで埃や汚れも取れるし、毛並みも整うの。職人に無理を言って作ってもらった甲斐があったわ。


 私の髪に使うブラシの5倍ほどの大きさを誇る聖獣用ブラシを、シリルの背中にかけていく。途中で腹も梳かし……尻尾に取り掛かって気づいた。


「シリル、あなた尻尾が増えてるわよ?」


 何かあったのかと問う私へ、シリルは機嫌よく尻尾を振る。


「聖樹様の手伝いをしたんだ。この領地のためになることだよ、褒めて」


 お手伝いを終えた子どもみたいね。くすくす笑いながら褒めて、8本の尻尾すべてを丁寧にブラッシングした。増えるのはいいけど、重くないのかしら。


 フィリスとパールのブラッシングを終える頃には、びっしょり汗をかいていた。腕も重くて疲れたわ。次は乗馬服のような動きやすい格好の時にしましょう。毛だらけになってしまった服を着替えるため、自室に戻った。


『僕が背中を流そうか?』


「ラエル、人はそういうのはダメなの」


 しょんぼりしてたけど、ダメなものはダメなのよ。結婚しても普通はダメなんだからね。

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