59.聖樹って引っ越せるの?

 婚約に関して話があると言われたのは、夕食の後だった。談話室として利用している居間に入れば、家族は皆揃っている。お父様とお母様が正面に座り、右側にカーティス兄様とメイナード兄様が厳しいお顔で並んでいました。ユリシーズ叔父様の姿が見えませんが、まだ帝国から戻っていないのでしょう。


「ラエル、一緒に座りましょう」


 私をエスコートしてきたラエルと一緒に、左側のソファに腰掛ける。当然のような顔で白猫ノエルがお母様の膝に飛び乗った。白いオウムのパールは、なぜかお父様の頭に止まります。肩ではなくて頭なのが謎ですが、下手に突っ込まない方がいいでしょうね。


 シリルは一般的な狐のサイズに縮んで私の膝に乗ろうとして……ラエルに叩き落とされました。そういえば、小さくなると尻尾が一本になるのですね。複数の尻尾があれば目立つから? 首を傾げた私達が見える入り口付近に、フィリスが陣取りました。


 聖獣に慣れたうちの侍女達は、気にした様子なく彼らの菓子やお茶を並べます。この辺は嗜好品だというので、問題ないですね。特にシリルは嬉しそうに菓子に口をつけています。


「グレイスや、本当に結婚するのか?」


「お父様、まずは婚約からですわ」


 娘が嫁に行くと嘆くお父様に、冷静な指摘をします。こうなると思っていました。王族との婚約も大騒ぎでしたから。相手が聖樹様であっても、渋い顔は同じですね。


「私は家長として賛成します。グレイスの結婚相手に、これ以上望めないお方ですもの」


 俗な権力や財力はないが、実力も格も十分すぎる。逆にこちらが足りなくて申し訳ないくらいだわ。お母様の断言には「娘が惚れた方ですから、応援します」と本音が滲んでいました。


「……すごく悔しいが、他にライバルがいない」


 メイナード兄様が渋々同意します。意外なことに、カーティス兄様はにやりと笑って頷きました。


「他所に嫁に行かれるより、エインズワース領に残ってくれる相手で良かったと思うぞ」


「ありがとう、お兄様」


 まとめてお礼を告げた。嫁に出すのは不満だけれど、他の地域に嫁いで会えなくなるよりマシ。その言葉に、お父様は唸りました。オリファント王国の第一王子に婚約破棄されたのですから、それより上はマーランド帝国の皇子になります。帝国に嫁げば、お祖父様は私を外に出さないでしょう。


 気づいてしまった都合の悪い未来と、この地に根付く聖樹様の妻……考えるまでもなく、後者の方が会える機会が多いです。ここでラエルに少し妥協して貰えば、お父様も折れそうでした。


「ラエル、どこに住む予定ですか」


『僕は根付いた土地ならどこでも平気だから、この屋敷でもいいよ。何なら、隣に聖樹を引っ越そうか』


「聖樹って、引っ越せるんですの?」


「「「え?」」」


 男性の声が一斉にハモり、私の言葉に重なりました。お母様は穏やかに微笑みながら猫を撫でています。動じないところが凄いですね。


『根の上に木があるからね。あの大樹を放棄して、ここに新しい大樹を生やせばいいんだよ。この辺りはよく根が張っているから、いつでも引っ越せるよ』


 お母様の指示で運ばれた屋敷周辺の地図を、全員で覗き込みます。聖樹様が顕現する大地ですから、できれば小高い丘になっていて、日当たりを確保したいですね。夢中になって騒ぐ私達をよそに、聖獣達は寛ぎながらお菓子のお代わりを要求しました。


 ノエル、偉そうにお母様の膝を叩いて要求するのはおやめなさい。さすがに失礼ですよ。

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