56.夢現の二度寝に誘われて
早朝、すごい勢いで飛び出していったフィリスを見送り、私はひとつ欠伸を噛み殺す。だって朝が早すぎるわ。まだ日が昇ったばかりなのに。
「眠い……」
こてりと後ろで丸まったシリルに寄りかかる。というより、上にのしかかる形で二度寝に入った。この柔らかく温かなもふもふに逆らえるのは、人間じゃないわ。
『グレイスは面白いことを考える子だね』
くすくす笑うラエルが隣に腰掛け、私を抱き寄せた。途端に目が冴えてしまう。当然よね、大好きな人に抱き寄せられたんだもの。それも大切そうに髪を撫でたり、口付けたりするのよ?
おたおたする私にラエルがまた笑う。今度は声を立てて笑い、ちらちらと覗き見するシリルに声をかけた。
『シリル、フィリスとノエルが心配だ』
「……わかりました」
仕方ないと溜め息をついて、白狐は空に駆け上がる。追い払われたと文句を言いながら、翼ある白狼を追いかけた。見送った私は肌寒さに震え、ラエルと並んでベッドに戻る。
「ラエル、一緒は叱られちゃうわ」
『何故だい? 僕と君はいずれ同化するのに』
「……んん゛! 私がまだ人だからですわ。結婚するまで、婚約者でも同衾は出来ませんの」
『人は面倒な決まり事ばかり作るね』
呆れたと言いながらも、ラエルはベッド脇に腰掛けた。一緒に座ろうとした私をベッドに押し戻す。優しい手に甘えてシーツに包まると……温もりに目がとろんと落ちてきた。
『眠っておいで。少ししたら起こしてあげる』
言われるままに私は目を閉じる。そういえば、パールはどこにいるのかしら。いつの間にか姿がなかったわ。普段は室内の止まり木で休む彼女が見えないことに違和感を覚えた。目元を優しく覆ったラエルの温かさに負けて、後回しにする。
『まだ早いよ。さて、我が眷属を傷つけた愚か者は、どうしてくれようね』
夢現で聞いた声は、普段のラエルとは違った。低く地を這う音は、今の言葉が夢であると強調するようだ。ラエルがこんな恐ろしい声で、誰かを脅かすような発言をするはずがない。だからこれは夢なの。
フィリスとシリルは、もうノエルに会えたかしら。そもそも、あの子はどこで遊んでいるの? パールはすぐに戻ってきたのに、いつも自由気ままに過ごして。心配ばかりさせるんだから。
夢でノエルは足を引きずっていた。後ろに黒い何かが絡みつく。痛そうというより、苦しそうだわ。風に運ばれるノエルの足が止まり、何もない空中に座り込んだ。白い毛皮だから余計に黒が目立つの。あんな色は聖獣である白猫に似合わない。
野良の猫なら斑も可愛いけれど。ノエルは聖獣だもの。白一色がいいわ。伸ばした私の手は透き通っていて、不思議と体の重さを感じなかった。不安定な空中を近づき、ノエルの後ろ足に触れる。
――嘘っ! グレイスなの?
なぜ嘘だと思うのかしら。私が夢を見ているから? だって、あなたも私の夢の中のノエルじゃない。変ね。
撫でて埃を払うように叩く。数回繰り返すと、黒い色は薄くなった。これでいいわ。残りは帰ってから洗いましょうね。お風呂が嫌いな猫でも、洗ったら気分はいいでしょう? 入るまでが嫌なのよね。
そこで映像は途切れて、さらに深い夢に入っていく。目を覆うラエルの温もりがじわりと沁みた。
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