49.暴走するのはどちらが先か
一人で立てず、シリルに乗って部屋へ戻りました。もふもふは癒されますね。頭の中はまだ混乱中で、顔が火照っている気がします。顔を埋めて隠しながら、白狐シリルの首筋の匂いを嗅ぎました。はぁあ、落ち着きますわ。
『僕もね、グレイスの匂いは落ち着くよ。少し汗ばんでるくらいが……』
「それ以上は言わせない!!」
やめてと叫ぶ前に、カーティス兄様がラエルの口を塞ぎました。聖樹様と呼んで距離を置いていたくせに、こういう場面だと早いのですね。さすがにラエルも驚いたようで、動きが止まっていました。でも助かったので、兄様を咎めるのは無しです。
部屋に戻って一人になると、ようやく深呼吸で落ち着いた。聖獣達は勝手にうろうろしてますが、彼らは人で数えませんから。大切なもふもふ枠です。ペットじゃありません。
「だからぁ……僕が言ったのは、グレイスが落とされちゃったって意味」
ノエルがフィリスに何やら反論中でした。その内容はさっきの落とされたが示す相手のようで、私がラエルを落としたのではなく、ラエルに落とされた方の意味。つまり獲物は私でした。あながち間違ってもいないので、黙って聞き手に回ります。フィリスにパールが容赦ない一言で切り込んでいます。
「聖樹様は意外と俗物でしたね」
「そう? 出会った頃からあんな感じだったわよ」
え? 私とラエルが初めて出会ったのは、まだ3歳くらいでしたけど。その頃から?
「どっちだか区別つかなかったじゃん」
シリルはざくっと抉ってきました。愛情はどんな種類であれ、嬉しいものです。聖樹であるラエルに大切にされているのは知っていましたが、恋愛感情とは気づきませんでした。幼い頃は甘えて膝によじ登り、そのまま眠ったりしたものです。今思いだすと恥ずかしいわね。
「ところで、聖樹様は何してるのさ」
ノエルが怪訝そうな顔で扉を見ます。実は私の私室、専属侍女に与える続き部屋がありまして……今回ラエルに宛がったのがその部屋でした。間の扉は壁代わりにするとお兄様が鍵をかけて行きましたけど、気のせいでしょうか。木製扉が透き通って……?
『楽しそうだね、僕も交ぜて欲しいな』
扉を開けずにすり抜けたラエルに、絶句します。声が喉の奥に詰まって、何を言っていいか真っ白になりました。木製だから支配下にあるのでしょうか。そう言えば、この屋敷に使用した建材はすべて聖樹の森から伐り出していましたね。屋敷ごと支配下ですか?
『一度自覚すると、愛しさは止まらない感情のようだ。君に襲い掛かることはしないと誓うから、こうして見える場所にいておくれ』
「は、はい……」
いっそ襲ってくれてもいいのですが。いえ、そんなこと私の口からは言えません。婚約が調って、結婚してからですね。分かっています。私も暴走しないように注意しなくてはいけませんわ。
封印された気持ちが開放されて、恋を自覚したばかりの頃の熱い感情が私を動かしています。ラエルに襲い掛からないよう気を付けるのは、私の方でしょう。にっこり微笑むラエルが横に座り、当然のように私を抱き寄せました。
……暴走、しそうになったら止めてくれるよう、聖獣達に頼んでおかないと。
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