48.聖獣達のお母さん、ですか?

 エインズワース公国の頂点に立つ公主にお母様が決まり、同時にお父様が宰相職へ就く可能性は消えた。一族で上位の地位を独占することは、帝国でタブーとされてきた。その理由は国の私有化だ。かつて一族で国を私有した一族を倒し、祖先が帝国を築いた歴史がある。そのためお父様の地位は、王配に近い曖昧な肩書しか残らなかった。


「名称が問題なのよ」


「中身は監視役でしょう?」


「公主補佐とかじゃダメなんですかね」


「中途半端よね」


 うーんと顔を突き合わせて検討する。当人が留守の間にそれっぽい肩書きを用意したかったのだけど、お母様もいい案が浮かばないみたい。


『女公主の夫、それは立派な肩書ではないか』


「「「聖樹様がそう仰るなら」」」


 まさかの満場一致だった。苦笑いする私の隣で、こそっと囁きが追加される。


『僕はグレイスの夫がいいな』


「おっと……夫、おっと……」


 沸点が低い私の感情は、あっという間に薔薇色に染まった。真っ赤になった手で頬を包み、俯いて身悶える。夫なんて理想的過ぎるわ。


「聖樹様、少し控えてくださいませ。話し合いが進みませんわ」


 お母様がびしっと注意する。カーティス兄様は不満そうだけど、さすがに聖樹様を凌ぐ男性に心当たりなどない。これ以上ない婿候補であり、一家の家長である母が認めたため口出しできずにいた。


「ちょっと、肩を抱くのは早いと思います。聖樹様」


 何とか見つけた問題点に苦言を呈するも。


『ならば膝に乗せるとしようか』


 天然なのか、上手うわてなのか。聖樹様に切り返されて、おたおたしていた。


「グレイスが主様の妻になると、僕達のお母さんになるのかな」


「私も嬉しいわ」


 シリルとフィリスが追い打ちをかける。お母さん? 聖獣は聖樹様の護衛で、子どもだから間違ってないのかしら。もふもふ達が私の子ども……子どもって、閨であれこれしたら出来るのよね。じゃあ、聖樹様は誰とお子を作ったの?!


 混乱して青ざめる私に、聖樹様がこてりと首を傾げた。


『誰とも子を作った覚えはないよ。グレイスが初めての妻だからね』


「は、初めて? 私も初めてです!!」


 人前で勢いよく力説してしまい、カーティス兄様の「グレイス?」の呼びかけで我に返った。


「あらあら。淑女が大声で叫ぶ内容ではなくてよ」


 お母様にもやんわりと窘められ、慌てて口を手で押さえる。首や耳まで赤くなったと思うわ。そんな私を、隣に座るラエルが抱き寄せた。胸元に顔を埋めて羞恥に耐えていると、後ろでお兄様がお母様に叱られる声が聞こえる。


「は、離れろ! 俺は認めてないからな!!」


「我慢なさい! 狭量な兄は嫌われますよ」


 妙に実感がこもった言葉だけど、そういえばお母様も男兄弟がいらっしゃったわね。何だかおかしくなって、肩を震わせて笑う。そんな私の肩を抱き寄せたラエルは『こういうのも悪くないね』と呟いた。聖獣達と閉じこもっていたんですもの。人との交流も楽しんでいただきたいわ。


「あーあ、ついに落とされちゃった」


 残念そうな物言いをしたのはノエル。私が聖樹様を落としたと言う意味かしら? 聖獣の主人だもの、複雑よね。でも私も諦められないから、許して欲しいわ。

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