43.枯れ果てた地にも新たに芽吹く

 置いて行かれたキャサリンとナイジェルを睨みつける。握った拳が怒りで震えた。この馬鹿がやらかさなければ、王家は安泰だった。なぜこんなことになった! 


 怒りを堪えるヘイデンは気づいていない。国王である己が彼らを管理すべき立場にあり、その義務を放棄したから招いた事態であると。もっとも、この親にしてこの子あり。驚くほどそっくりなのだが、自覚がないのは当人達ばかり。


「こやつらを地下牢に放り込めっ! 一生出すな!!」


 命令に動いた騎士の数は、片手で数える程度だった。ほとんどは辞職願を提出して城を出ている。残ったのは、情報に疎い貴族家出身の者だった。平民の中でも情報に明るい者は、既に逃げ出している。


 国王の振る舞いに不安を覚えた貴族令嬢の侍女は、情報を携えて実家に逃げ込んだ。エインズワース家次男メイナードから情報を得た心ある貴族は、最低限の荷物を纏めると領地へ向け王都を出る。その馬車の列は途切れることなく、壊れた壁の瓦礫を押し退けて脱出を図った。


 翼ある白い狼、聖獣フィリスが壊した壁や逃げ出す貴族の様子に、この国の末路を察した王都民も荷物をかき集める。荷馬車はあっという間に消え去り、ついには徒歩で逃げ出す者まで出た。


 王都の灯は僅か一夜にして、半減してしまう。エインズワースが辛うじて食い止めていた崩壊は、遂に支えを失った。堰を切って流れ出す民は、オリファント王国の最期を早めた。


 ――公国の独立宣言から3日後、賑やかだった王都を見下ろす王妃パトリシアは、息子フィリップの手を引いて言い聞かせる。


「これが今のオリファント王国です。そなたはこの国の王になり、立て直さなくてはなりません。愚かな父を排除し、何もない土地に人を呼び戻すところから。すべて足りないところから始めるのです。覚悟はありますか」


 国王ヘイデンは酒浸りで、もう玉座に立つ資格はない。ここで王国の終焉を宣言しても、誰も責めたりはしないだろう。建国したエインズワース公国を頼るもよし、マーランド帝国に領地を明け渡して爵位を賜るもよし。どちらを選ぶことも可能だが、母は一番厳しい道を息子の前に示した。


「僕が母上を守ります。この国はもう終わりですが、僕は最後の王として国を片付ける義務がありますね」


 幼いながらに矜持を示す我が子に、パトリシアは穏やかに微笑んだ。実家の力を借りても、この王国を立て直すのは至難の業だった。きちんとフィリップが状況を判断し、決断できていることに安心する。この子ならば大丈夫。


 オリファント最後の王になり、その役目を果たすでしょう。他国にかけた迷惑の代償を支払い、民の行く末を確かめるまで。


「母もそなたも忙しくなります。フィリップ、これだけは忘れないで。エインズワースの方々が注いでくださった愛情と、その恩に背を向けてはなりませんよ」


「はい」


 しっかりと頷いた我が子に微笑み、パトリシアは短剣を握り締めた。この子に親殺しはさせられません。私がこの手を罪に染めましょう。


 しっかりとした足取りで廊下を進み、息子フィリップを連れて国王の寝室に入る。酒の匂いが充満する部屋は、カーテンが引かれて暗かった。顔を顰める二人が見たのは、既に事切れた国王ヘイデンの姿――その胸に刺さった剣の紋章は、マーランド帝国のシードラゴンだった。










 鳥によって運ばれた知らせを確認し、皇帝は口許を綻ばせる。大切な我が娘と孫に恥をかかせ、傷付けた愚か者の始末は済んだ。ここから先は娘が選んだ婿殿のお手並み拝見と行こうか。


「ジャスミンも国を興したか。やはり我が後継には、あの子が一番向いていたやも知れん」


 嫁に出したことを惜しむ言葉が溢れ、老いた皇帝は苦笑いした。仕方ない。この帝国はジャスミンと仲の良い長男に継がせるとしよう。皇帝の地位も重くなってきた今、潮時だった。退位を決意した皇帝は、美しく整えられた庭の噴水を眺めながら……顎髭をさする。穏やかな風が吹き抜け、老人は耳を澄ますように目を閉じた。

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