35.このチャンスを逃す手はない――SIDEアマンダ

 整列して訪れたエインズワース家の当主……いや、今は女主人の夫だったか。先日入ったばかりの情報を頭の中で確認し直す。どちらにしろ、宰相と騎士団長を配下に持つ強者には違いない。


 外壁の上から覗き見るのは失礼に当たると、勢いよく飛び降りた。


「領主様! 何度も言ってますが、危険なので飛び降りないでください」


「安心しろ、下に誰もいないことは確認済みだ」


 外壁を守る衛兵に、わざと答えをずらして返す。下にいる者ではなく、私の心配をした彼は溜め息を吐いた。大人しく話を聞く主君でないことは、申し訳ないが。階段を回ると時間ばかり失ってしまう。


 剣を下げる帯の位置を直しながら進み、初老の騎士に一礼した。友人グレイスと似た銀髪は、ややくすんでいる。馬から飛び降りた彼は、連れて来た馬車を門の外に停めさせた。


「エインズワース女公爵閣下のご夫君に、自由都市ウォレスの領主アマンダがご挨拶申し上げる」


「丁寧な挨拶痛みいる。さすがに情報が早いな、アマンダ殿。今夜一泊の許可とあの罪人を連れての入領を許可を願いたい」


 ちらりと視線を向けた先には、荷物を乗せた馬車が2台と罪人を乗せる鉄格子の馬車が並んでいた。ぎりぎり門をくぐっていない。これがエインズワースの礼儀か。なるほど、断る理由はないな。


「我が門は、エインズワースに対して閉ざすことを知りません。どうぞ一晩と言わずお使いください」


「感謝しますぞ。彼らもしっかり休めるでしょう。あの罪人はどこぞ、目立つ場所に展示しようと思うが」


 示された鉄格子の中には、元王子と元側妃が飼い葉に包まっていた。不思議に思った私の質問に、アイヴァン殿は平然と返す。


「ああ、彼らですかな? 罪人扱いが不満と騒ぎ立て、家畜扱いを望んだゆえ叶えてやったまで。飼い葉もよく似合う」


 くつくつと喉を震わせて笑う彼の姿に、最初からそのつもりで仕掛けたのでは? と勘繰った。湿った服を着ているらしく、寒さに震える様子が見て取れる。


「でしたら門の近くが良いでしょう。我が領地自慢の衛兵もおります。今夜は我が屋敷に泊まり、友人グレイスの話などいかがか?」


 誘いをかけると喜んで応じた。これはどうやら、不確定だった「独立」に関する新たな情報が飛び込んできそうだ。貿易を生業とする以上、どうしても情報は重要になる。先ほど、我が領内を掠めるようにして走り去ったのは、グレイスの兄のどちらかだろう。


 事態はすでに動き出している。このチャンスを逃す気はさらさらなかった。得た情報を最大限に活かし、ウォレスの安定を図るのが領主の仕事だ。


「そうそう、妻と娘から手土産を預かりましたぞ」


 連れてきた荷馬車のうち1台を差し出された。甘い香りのする馬車の荷台を覗けば、幌の上部まで果物の箱が積まれている。隙間なくびっしりと……これすべてが手土産か? 心して持て成さなくては、釣りが必要になるな。


 感謝の言葉を告げて、並んで歩き出す。後ろで罪人が何か叫んだが、すぐに静かになった。私の部下は本当に有能で助かる。にやりと笑った私の隣で、アイヴァン殿も似たような黒い笑みを浮かべた。

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