34.家畜扱いを望んだ愚者――SIDEアイヴァン

 まだ肌寒い程度の季節のため、勢いよく冷水をかける。騎士達に同情や慈悲はなかった。いや、洗い流す水を提供するだけ慈悲深いであろう。しかも深夜ではなく、日が昇ってから水を掛けたのだ。凍えながら夜を過ごさずに済んで、感謝すべき場面だった。獣に望むには過ぎた話か。


「寒いわ! お風呂を用意しなさい」


「くそっ、家畜のような扱いを」


 何を言っている? 元側妃キャサリンも、元第一王子ナイジェルも、図々しいのではないか? この程度でそのような感想を持つとは、どれだけ甘やかされたのか。


「家畜扱いを望むか、ならばくれてやれ」


「「かしこまりました」」


 馬の世話係として馬車で連れてきた者達が、檻の中へ飼い葉を投げ入れる。藁に糠などを混ぜた飼料は、独特の臭いがした。まあ失禁の臭いよりマシだ。用意した食事は、近くにいた孤児が持ち帰った。


 このように孤児が大勢いるのは、政の失敗に他ならない。王族やこの地を治める貴族は己の無能を恥じるべきだろう。大声を出して威嚇し、孤児から取り上げようとしたので、軽く鞭で脅した。鉄格子に当たり音を立てるが、体には当てない。わざわざ責められる要因を作る理由はなかった。


「何をする!」


「家畜扱いを望んだのはそちらであろう? これが本当の家畜扱いだ。先ほどまでは罪人に対し、取り決め通りの処遇だぞ」


 拷問もなく、尊厳を奪う拘束や仕打ちもない。優しすぎると周囲から苦情が出たのに、気に入らないと言い放った。家畜扱いを望んだくせに、今さら何を騒ぐのか。まだ騒ぐ彼らを無視して、出発の指示を出した。寒さに耐えきれないのか、あれほど文句を言った飼い葉に潜り込む。


 王族だと踏ん反り返るなら、もう少し矜持を持って欲しいものだ。そのようなものを持ち合わせていたら、今の状況になっていないが。


「父上、先行しますぞ」


「任せる」


 息子メイナードが数名の騎士と駆け出す。昨夜のうちに打ち合わせた通り、各地の貴族に知らせを出すのだ。我らエインズワース家は独立し、オリファント王国からの亡命を受け入れる――と。


 さて、何名が残るか。沈みかけた船から一斉に逃げ出すのは、猫もネズミも同じだ。仕分けるのは後でも出来るが、ある程度は事前に選別しておきたい。流した情報を噂として聞き流すか、きちんと裏を取って動くか。この時点で領主の分類が可能だった。


 ごとごとと馬車は揺れる。王都へ繋がる街道の整備状況も芳しくない。わしが領地に引き篭もった間に、横領した馬鹿がいるな。街道の整備費用は王家に税として納めた。ついでに回収して、公共事業を活発化させよう。失職者が減れば、街も潤うはずだ。


 いっそ王家を解体するのも手だが、どうせ滅びる輩の罪を背負うのも損だった。勝手に滅びればよい。自ら肥大させたその虚栄心と贅沢に潰される未来を選んだのは、彼ら自身だった。


「貿易都市ウォレスで一泊するぞ」


「「「承知しました」」」


 騎士達の声は弾んでいる。そうだな、折角の行列だ。ウォレスに金を落として、アマンダ殿に借りを返すのも悪くない。我が娘を匿ってくれた礼としては些少だが、街が潤えば喜んでくれるだろう。


 年齢的に、アマンダ殿は長男カーティスと近い。その若さで貿易都市をまとめ上げる手腕は素晴らしかった。孤児を引き取り育てる制度や、子ども達の教育環境もしっかり整備されている。今後もよい隣人でありたいものだな。


 外壁が見えてきたウォレスへ、先触れの兵が走る。金貨の入った袋を取り出し、騎士団を率いる男に渡した。


「ウォレスで使い切れ。よいか? 残すでないぞ」


「ありがとうございます」


 わっと歓声を上げた兵士や騎士が口々に感謝を告げる。快く迎え入れる貿易都市の門をくぐり、わしは口元を綻ばせた。さて、アマンダ殿はどう動くかな?

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