36.有意義な時間を過ごせた――SIDEアイヴァン

 昨夜は大変有意義な時間を過ごせた。アマンダに礼を言って、出立の支度を整える。部下達も部屋を与えられたが、夜通し飲み明かしたらしい。数人が酷い二日酔いだが、まあ仕方あるまい。金を使い切れと言ったのは、わしだからな。


「こちらお釣りです」


「釣り?」


 今回の騎士団長を務める男から返された皮袋は軽い。軽く中を覗いて苦笑いした。そのまま皮袋を突っ返す。


「わしは使い切れと命じたぞ。家族への土産でも買ってこい」


 金貨を出した際の釣りとして、銀貨が数枚。他に小銭もあるが数えなかった。大した額じゃないが、小さな土産をいくつか買えるだろう。返された騎士団長が若者を数人呼び、小銭を渡して命令を伝える。嬉しそうな顔で駆けて行った。彼らは今回が初の出張だという。


 再び全員が揃うまでの間に、アマンダと雑談する。もちろん人前なので、無難な話に終始した。


「くそっ! 出せ!!」


「ちょっと、夕食も飼い葉とか馬鹿にしてるの!?」


 ちらりと視線を向けたアマンダが肩を竦める。前回彼らが来た時の話を始めた。無礼にも剣を抜いた部分で、盛大に眉を寄せる。自治領を治める彼女は、王家に尊重される立場だ。臣下ではなく、協力的な隣国の高位貴族と同じ扱いをするのが礼儀だった。家畜に礼儀もないが、当時はまだ国外追放された元王族であったはず。


「なんという……嘆かわしい。このような輩が、我が分家を悩ませて来たのか。今回の騒動が落ち着いたら、労ってやらねばならん」


「ご苦労されたであろう。分家の方々がウォレスに立ち寄った際は、歓待させていただく。何しろ、新たな国主に仕える仲間になるのだからな」


「よろしいのか? そのような言葉を口に出しても」


「構いません。私にとって領民は家族、この場には家族と主家の方々のみ」


 意味ありげに微笑むアマンダは、まだ叫んでいるナイジェルとキャサリンの姿に鼻をつまんだ。


「臭いぞ、洗ってやれ」


「「はっ」」


 門を警備する兵が走り出し、汲んできた水を勢いよく掛けようとした。わしは慌てて止める。


「待たれよ! それではウォレスの玄関が汚れてしまうではないか! やるなら外だ」


「……っ、くくっ、あははは! さすがはアイヴァン殿だ! その発想はありませんでした。では水を汲んだ桶ごとお預けしますゆえ、帰りに桶を返してくだされ」


「承知、必ず返しにお伺いする」


 王家を叩きのめしたら、帰りに祝いの宴を設ける。故に、必ず立ち寄って欲しい。ついでに話も聞かせてくれ。酒が旨くなるだろうな。


 アマンダの言葉に隠れた真意に気づき、口元が緩んだ。さすが女一人で領地を守り抜くだけのことはある。女傑とはまさにアマンダのことを指すのであろう。今後とも良い隣人として付き合うのが、正しい選択だった。敵に回す人物ではない。


 うちのカーティスでは手に負えないな。尻に敷かれるに決まっている。自分はすでに尻に敷かれた事実に目を瞑り、首を横に振った。


 買い物を終えた若者を加え、行列は再び街道へ戻る。王都まであと2日か。馬車は時間がかかりすぎるな。臭う連中を一番後ろへ回した。


「おぇええ」


 二日酔いの連中はそれでも臭いに反応し、苦しそうだ。かなり進んだところで、家畜に水を与える。言葉以上に過激な方法で、飼い葉ごと洗い流した。これで少しはマシになるであろう。


「っくそ! 父上に言い付けてやる」


「それはよい。ぜひ頼むとしよう」


 ナイジェルはこんなに頭が緩かったか? 以前はもう少しまともな奴だったと思ったが……。

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