32.聖樹様の元へ巫女が戻りましたわ
聖樹様への土産物を山ほど積んだシリルは、空中を歩いたり降りてきたりと忙しい。荷物のバランスが悪いと言って、何度か直させていた。途中で崩れると大変なので、しっかり積んでもらわないと。狐の背中は平らではないので、積みづらいようです。
荷馬車を引く形の方が楽ですが、聖樹様の根元は深い森の中でした。人間がたどり着ける道などないので、荷馬車も無理でしょう。小さな荷物をいくつか足で掴んだパールが先行し、その後ろに私を乗せたフィリスが続く予定です。
ノエルは今回、領地の守りに残すことになりました。別に昼寝が好きで起きないから置いて行くわけじゃありません。ええ、そうです。何度起こしても、ぐったりして起きようとしなかったのは事実ですが。
お気に入りの淡い緑のワンピースを纏い、私は自分のお泊り荷物をフィリスの背中に乗せました。その後ろから乗り込み、咥えてもらった手綱を握ります。方向や速度を指示する手綱ではなく、私が落ちないように捕まるための安全装置でした。
「では行ってまいります」
見送ってくれる母や屋敷の人達が遠ざかり、驚く高さまで駆け上がる聖獣。先導するパールの長い尾がとても綺麗です。純白の翼を広げて舞うオウムの後ろに、私を乗せたフィリスが続きました。地上を走る時はシリルの背に乗ることが多いのですが、空だと翼のある狼の方が安定します。翼のお陰で、転げ落ちる心配が減るのは大きいですね。
体より大きな翼を悠々と広げて飛ぶフィリスですが、飛んでいるときも走るように足は動きます。何でも空中を蹴って方向転換が出来るのだとか。魔法も使えない私では、感覚が掴めません。一番最後に荷物を背負った白狐シリルが走ってきました。
翼がなくても空を平然と駆ける彼は、聖獣らしく元の大きさに戻っていました。普段もそうですが、屋敷にいる時は半分ほどに縮んでいます。私の部屋に入る時は、小型犬のように小さくなるので、大きさは自由自在でした。
本来の姿は尻尾が7本もある、威厳ある狐です。長く生きて徳を積むと尻尾が増えると聞きました。それよりもふもふが7倍になるのは、最高です。今夜のお布団は巨大化したシリルの尻尾に決まりでしょう。顔を埋めて好きなだけ吸いたい。
「グレイス、変なこと考えなかった? なんか、寒気がする」
「気のせいですわ。聖樹様が近づいてきましたね」
カンの鋭い狐は嫌いです。聖樹様は一際大きな木で、森の木々の上にぽこんと頭を見せていました。何度も上空から見た景色ですが、本当に幻想的で美しいですね。この位置から両手を広げると、まるで聖樹様を両手で抱き締めるような感覚を味わえる。目いっぱい広げた手で、聖樹様への愛情を捧げました。
「降りるわよ」
パールが声を掛け、先に下降します。落ちないように両手を手綱に戻し、フィリスが頷くのを待って体を密着させました。ぐんぐん降りていく白い聖獣の集団は、聖樹様の枝の中に吸い込まれました。文字通り、吸い寄せられたのです。
不思議な浮遊感が懐かしくて頬が緩みました。聖樹様の広げた枝の下は、羽も浮遊魔法もない私でも飛ぶことが出来ます。フィリスの背から離れ、大きな枝に抱き着きました。
「ただいま戻りました、聖樹様」
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