30.足元の崩れる音がする――SIDE国王ヘイデン
なんということだ。自治領として認めてきた貿易都市ウォレスから、独立の宣言が届いた。その理由が、我が息子であった第一王子ナイジェルの暴挙だと言う。住民に危害を加えようとした上、領主であるアマンダ・ウォレスに剣を抜いて攻撃した。
彼女が怒るのも当然だ。元々、ウォレスから先はオリファント王国ではなかった。聖樹と呼ばれる巨木が支配する森が広がる一角を、先祖が盗賊であるアマンダの父が開拓したことに始まる。誰も手を付けていない大地を開拓した功績に対し爵位を与えた。
だが爵位を得た彼は、強く賢い己の娘にすべてを託す。さっさと引退したのだ。一代限りの爵位を与えたのが失敗だった。田舎の盗賊上がりと舐めていた己を呪ったがすでに遅く、アマンダは己の才覚であっという間に盗賊仲間を掌握して領地を拡大する。
壁を作って魔物を防ぎ、貿易都市としての形を作り上げた。さほど大きな領地ではないが、目の前に広がる聖樹の森から得た資材を、上手に活用する。特殊な能力を持つ魔物の毛皮、爪、牙……森に生える薬草に至るまで。
地の利を生かした運営を支えたのが、エインズワース公爵家だった。我が国では侯爵でしかないが、帝国から皇女を妻に娶った幸運な男だ。アイヴァンは何をしても私より上だった。勉学も経営や剣技すら、なにひとつ勝てない。唯一上に立てるのは、産まれ持った地位だけ。
アイヴァンが皇女に懸想した話を聞いて、邪魔をするために婚約を申し込んだ。すぐに断られ、直後にアイヴァンとの婚約が発表される。マーランド帝国は大きい。いくら国王となる身でも太刀打ちできず、諦めて王妃を娶った。なかなか子に恵まれぬ王室を嘲るように、彼は嫡子を得た。
悔しさから、王命を振りかざした。妻となった正妃が子を産めぬならと、側妃を娶った。我が嫡子を産める女なら誰でもいい。その選択がこのような結果になるとは……なぜだ? 私の何が悪かったと言うのか。
宰相のテルフォード侯爵、騎士団長のブレスコット伯爵、どちらもエインズワース侯爵家の分家だった。国の運営すら、エインズワースに握られている現実。その本家の当主として余裕を見せるアイヴァンが憎かった。
マーランド帝国が皇女の輿入れに乗じて、我が国を乗っ取ろうとした際も交渉で帝国皇帝を黙らせたのはアイヴァンだ。救国の英雄と貴族が慕うたび、恨みと妬みが募る。
何をしてもあの男に勝てない。どうしてもエインズワースから奪ってやろうと、第一王子と末娘の婚約を結ばせた。王命を振りかざし無理やり婚約したグレイスは、聖樹の森を豊かに実らせる。聖獣を従え、誰より気高く美しい。
いずれナイジェルを廃嫡し、フィリップの正妻にと望んだ。普段は領地に籠って出て来ない彼女をおびき出すため、未来の王妃への教育と称して王都に呼び出す。途中まで上手くいっていた。
エインズワースの末娘を使い、聖樹の森の恵みを王家が独占する。それによりエインズワース領の勢力を削ぎ、豊かな領地を手に入れ、貿易格差を利用して帝国も封じたかったのに。
愚息の仕出かした過ちひとつで、我が人生が崩れていく。がくりと腰を落とした玉座が急に色褪せる気がした。手から滑り落ちた宣言書は、申し出ですらない。こちらの意向を無視して独立する、一方的な通知だった。止める手立てはない。
項垂れた私の耳に新たな報告が飛び込んだ。
「エインズワース侯爵領に動きがありました! ナイジェル様、キャサリン様を連れて王都に向かっております!!」
最悪の報せだった。
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