26.なんてこと! 犯人は人でなしね

 我が家では、宴の翌日は休みです。侍従や侍女も休みを取りますし、領民もほとんどはお店や仕事を休むのが当たり前でした。静まり返った屋敷で目が覚め、いつもより高く昇った朝日に慌てる。


 パールが作った水で顔を洗い、フィリスに風で乾かしてもらいます。鳥なのでパールが風属性と思われがちですが、翼ある狼のフィリスが風属性でした。猫のノエルは大地や緑を司り、白狐のシリルが炎を得意としています。


 シリルがフィリスと協力して、温風を送ってくれたのは嬉しいですね。これは心地よいです。また眠りたくなるけど、我慢して頬をパチンと叩いた。


「あの人達を送り返さないと」


 確実に引き渡すまでがお仕事です。だって、お父様やお兄様達に任せたら埋められて終わりですもの。細切れにして畑に撒くくらいのこと、するでしょう? でもこれから国を興すのですから、相手の弱みを握っておくのは大切です。取引材料にしましょう。相手が引き取りを拒否しても、押し付けるのが交渉手腕ですわ。


 王都で貴族令嬢が着用するドレスは、一人では脱ぎ着が難しいものばかり。外で脱がされたら戻せないように。それが理由だそうです。つまり純潔や貞淑さの証明として、体中を締め付けるドレスを着ます。背中にボタンがあったり、大量のリボンを結んだり。


 このエインズワース公爵領にも子爵令嬢や男爵令嬢はおります。各領地で任命できる貴族は子爵家以下の規則に従い、騎士爵もありましたか。そのご令嬢達も、この領地では気軽な服装でした。純潔や貞淑は己の強さで守り抜くのが辺境の掟。服装ひとつで守られるものではありません。


 手早くブラウスと乗馬ズボンを身に纏い、太腿や尻のラインを隠す巻き布を着用しました。胸元にもスカーフで大きなリボンを結ぶ。髪は長いので高い位置でひとつに結び、手早く三つ編みにした。


 支度は終わり。ブーツを履いて部屋を出ると、カーティスお兄様が手を差し伸べます。


「おはようございます。カーティス兄様、いつからここに?」


「早朝に目が覚めてね、訓練がてらメイナードと戦って、お姫様のエスコート権を獲得したんだ」


「まあ、ではメイナード兄様は負けたのですか」


「怒りに任せて、あの二人を荷馬車に括り付けてる頃だと思うよ」


 くすくす笑うお兄様に肩を竦めました。私と並ぶカーティス兄様は、お父様そっくりの赤毛です。メイナード兄様はお母様や私と同じ銀髪でした。瞳の色だけは全員同じ青なので、家族でお揃いの品を作るときは青が決まりです。


「おや、玄関が騒がしいな」


 玄関が見渡せる階段についた私は、眉を顰めました。カーティス兄様も首を傾げます。お父様とお母様が応対していますが……幼子の泣き声が混じっていました。慌てて階段を降りて近づくと、まだ学校で字を学ぶ年齢より幼い少女です。


「どうしたの?」


「うっ、おじいちゃんが……殴られたの」


「まあ! 誰がそんな酷いことを!」


 目の前で暴行が行われたらしく、幼女は泣きながら顔をくしゃくしゃに歪めた。後ろには包帯を巻いた老人がいる。彼が祖父だろう。なんてこと! 犯人はよほどの人でなしに違いないわ!!

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