25.どいつもこいつも役立たずめ――SIDE第一王子

 高慢ちきで王族を敬わないグレイスを捕まえるため、馬車を走らせた。護衛の騎士がいないので、休むことは出来ない。魔物に襲われるからだ。てくてくと歩き続ける馬は、時折草を食んだり欠伸をするものの、何とか歩き続けた。


 昼間に休憩をとったが、硬い板の荷台では休まらない。田舎にあるエインズワース公爵領はまだ遠かった。だが、途中に貿易都市がある。田舎の小さな町でも、それなりの持てなしは期待できるだろう。


 期待は裏切られた。領主を務める女に拒絶されたのだ。アマンダはグレイスと同じように、私を見下す態度を取った。グレイスを匿っているはずだと叫んだら、絶対に会わせないと断言された。やっぱり、あの女はここに逃げ込んでいたのか。


 私や母上を窮地に追いやったくせに、のうのうと休んでいるなど! 絶対にタダでは済まさん。しかし剣を向けての威嚇も効果はなく、逆に根本から剣を折られた。何ということだ。王家の紋章が入った剣だぞ! 野蛮な辺境の女は、大剣を振り回した。次は倒してやると吐き捨て、ひとまず退却した。


 よい主君は引き際を見誤らぬものだ。君主としての器に感銘するが良い。仕方なく街道をエインズワース領へ向けて進んだが、途中で馬車に出会った。老人と幼い娘が乗った馬車を止め、剣の柄に刻まれた紋章を見せて、王族だと名乗る。


「食べ物を出せ」


 抵抗されたが、無理矢理奪った。老人を蹴り飛ばした際、幼女が泣き出す。うるさい。こちらも叩いてやったら、さらに泣いた。やかましいので放置して、奪った食料を齧る。中身は硬いパンと果実水だった。柑橘を搾った水は美味かったが、パンはとても食えたもんじゃない。


 緊急事態だ。背に腹は代えられぬと口に押し込んだ。王族としての権利を取り戻したら、二度とこのような残飯は口にしないと誓う。母は固すぎて無理だと食事すら断った。父に粗雑に扱われ、ショックで喉を通らないのかも知れない。なんと哀れな。


「母上、わずかの辛抱です。必ず私が父上の跡を継いで母上に報います」


「そうしておくれ。私の可愛いナイジェル」


 父上は愚かだ。跡取りとして申し分ない私だけでなく、こんなに献身的に尽くした母上まで切り捨てた。今頃後悔している頃だろう。早く迎えを寄越せばいいものを……ん? 森の中を抜ける街道の脇から、弓矢を背負った男が現れた。手には小さな鳥を持っている。仕留めたのか? ならば我らに献上すべきだ。


「そこの者、王家に獲物を献上する栄誉をやろう」


 剣の柄を見せつけながら、短剣を突きつけ獲物を取り上げた。紋章が理解できずとも貴族だと判断したらしい。大人しく渡した。それでいい。逃げていった男を見送り、残された鳥を前に固まる。


「これはどう調理するのか」


 肉の姿をしていなければ、食べ方がわからん。邪魔な羽毛を数本引き抜いたが、疲れる上に下の肌が気持ち悪い。迷った末、馬車の後ろに括り付けた。次の集落で調理させよう。


 ごとごと揺れる馬車の後ろで、何か獣の声がした。母上が悲鳴をあげる。慌てて後ろに回れば、狼の子が鳥肉に飛びついていた。まだ幼いがこれも肉だ。弓に矢をつがえて引く。鍛錬をサボったせいか、当たったが生きて逃げ出した。子狼の悲鳴に反応し、狼の群れが現れる。当たりどころが悪く動けない子狼を短剣で脅し、じりじりと後退した。


 馬は怯えて走り出し、荷台に飛び乗る。街道をひたすら逃げる馬車を、狼の群れが追いかけた。飛び付いた一匹に短剣を突き刺し、子狼ごと蹴り落とす。彼らはそれ以上追ってこなかった。


 くそっ、こんな目に遭ったのもすべてグレイスのせいだ。文句を言ってやろう。公爵家の門番は無礼にも、王家を示す剣の紋章を無視した。まるで罪人のように放り出され、巨大な白い獣に襲撃される。私はこの国の王族で、母上も一緒なのに。誰も助けなかった。絶対にやり返してやるからな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る