10.聖獣の白い毛皮は私の誇りよ
お茶の時間は乗馬服で参加した。休ませていた愛馬と散歩に出たのだ。戻って来たら玄関ホールで鉢合わせしたアマンダを誘い、叔父のユリシーズにも声をかけた。
「え? そんな騒動があったの? ごめんなさい、気づかなかったわ」
門での騒動を話したアマンダに、申し訳なくなる。屋敷の裏庭にあたる森へ向かったため、門の騒ぎはまったく耳に入らなかった。面倒なことを押し付けてしまった気分で謝ると、彼女はからりと笑った。
「構わないさ。それよりアレの相手は大変だっただろうと、しみじみグレイスの境遇に同情したぞ」
「キャサリン様もご一緒だったのでしょう?」
眉を寄せる。それは面倒が数倍単位で膨らんだわね。まず言葉が通じない。正確には言語は通じているのに、話も言葉の意味も通じないのだ。右と言えば、なぜ右なのかとキャンキャン喚き、無理矢理左に変更させるタイプだった。それだけならまだしも、やっぱり右の方がよかったとこちらが悪かったことにされたのも、一回や二回ではない。
「僕達が呪ってもいいよ」
「怖いこと言わないで」
聖獣なのに呪ったりしたら、あなた達が汚れてしまうわよ。そう言い聞かせて諦めさせる。不満そうだがシリルは大きく膨らんだ尻尾を揺らして、我慢すると約束した。その背中で歌うパール、ちゃっかり膝に乗ったノエルと、足に寄り添ったフィリス。聖獣はすべて白い毛皮を持っている。
聖獣は主人に性質を左右される生き物だった。聖域に住んで白い毛皮を纏うが、主人が悪い行いを繰り返し、その手伝いをしたりすれば……毛皮は黒ずんでいく。最後まで黒く汚れた聖獣はいないと聞くが、過去に灰色になった聖獣もいたらしい。
「あなた達の白い毛皮は、私の誇りよ。絶対に汚さないでね」
何度も言い聞かせて来たけれど、この子達は私のためなら汚れてもいいと言う。嬉しい反面、その気持ちが怖かった。もし私が襲われてケガをしたら、この子達は身を挺して戦うでしょう。相手を殺してしまったら、汚れがついてしまうかも知れない。
柔らかな毛皮を撫でる私の横で、ユリシーズが眉を寄せた。考え込んだ後、不思議そうに呟く。
「グレイスがここに留まっていると、彼女らはどこで知った?」
第三皇子という地位は伊達ではない。英才教育で帝王学から一般教養まで幅広く学ぶため、見識も視野も広かった。軍を率いることもあるため、戦術や戦略も学んでいる。情報の扱いに関して、神経質な叔父の声にこてりと首を傾げた。
「私が王都を出たと知れば、エインズワースへ向かうのは当然じゃないかしら」
「そうだな。エインズワースへ向かうならわかる。このウォレスに滞在する理由はないんだ」
私達は執事のエイドリアンを待つという理由を知っているが、そうでなければエインズワース領へ向かったと考えるのが普通だ。途中で貿易都市に一泊することはあっても、翌日には出発するはず。それが王都脱出から3日経過したウォレスで騒いだ彼らの情報源は、どこなのか。
叔父の指摘に、アマンダは少し考えて諦めたように焼き菓子を頬張った。
「何も、考えてなかったんじゃないか?」
アマンダを否定できないわ。でも、情報が漏れたのだとしたら大変ね。
「その辺は私に任せてもらいましょうか」
ユリシーズ叔父様の実力を知るから、アマンダも戯けた口調で許可を出した。
「では領主として、マーランド帝国の第三皇子ユリシーズ殿下にお任せしよう」
「確かに承った」
仰々しい口調で答えた後、笑いながら菓子を口に運ぶ。聖獣達に囲まれた私に害を加えられる人間がいると思わないけれど、油断しないようにしなくちゃね。
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