09.お坊ちゃんは礼儀も習わないのか
アマンダの厚意に甘え、グレイスはのんびりと2日かけて疲れを癒していた。
オリファント国王夫妻は悪い人達ではないが、なかなか子宝に恵まれなかった。その所為で周囲からせっつかれ、仕方なく迎えたのが伯爵令嬢のキャサリンだ。
キャサリンは自己中心的な考えを持つ女性だった。多産な家系という理由で選ばれただけあり、すぐに身ごもって子を産んだ。だが国王陛下はそれ以降、側妃キャサリンに興味を示さず放置する。これがいけなかったのだ。キャサリンは我が子ナイジェルに「お前が次期国王なのよ」と吹き込んだ。
狂い続ける歯車は、わずかな刺激で軋みを上げて崩壊する。その見本のようだった。
「だから、あの女を出せと言っている! 俺はこの国の王子なのだぞ」
「あの女の所為で私達がどんな目に遭っているか! 責任を取らせるだけなんだから、開門しなさい。私達を誰だと思っているの?!」
ヒステリックに叫ぶ男女の姿に、砦の上から溜め息を吐く。貿易都市はかつての城塞跡地だ。聖樹の森からあふれた魔物を退治するため、かなり大きな砦を建てた。その周囲に関係者が住み着き、この複数の円が重なる形に落ち着いたのだが……その一番外、侵入者防止の塀に阻まれた者を頭上から見下ろした。塀は今までも外敵を撥ね退けてきたが、今回は王国内の虫まで防ぐらしい。
「お前のおかげで、今日も平穏だな」
アマンダの手がぽんと塀を叩く。青空が綺麗だ。そんなことを考えていた矢先、無理矢理門を突破しようとしたナイジェルが、兵士に対して剣を抜いた。
「……ちっ、坊ちゃんはこれだから困る」
アマンダは塀の縁に手をかけ、ひょいっとその場から飛び降りた。いつもの行動なので、見張りの兵も騒ぐ様子はない。高い位置でひとつに結んだ黒髪が風に遊ばれながらアマンダを追った。着地した彼女は、背の大剣を留めるベルトを外し、鞘ごと構える。
「そこまでだ。我が領地へ踏み入ることは許さぬ」
「領主様!」
剣の柄に手を触れたものの、抜くか迷っていた兵士は目を輝かせた。王族を追放されたとはいえ、平民が剣先を向けていい相手かどうか判断は難しい。駆けつけてくれた領主アマンダに、一礼して柄から手を離した。
一方、ナイジェルは抜いた剣を納められない。女領主が来たのならちょうどいいとばかりに、傲慢な態度でアマンダに剣先を向けた。
「おい、そこの……」
次の瞬間――キンと甲高い音を立て、ナイジェルの剣が根元付近で折れる。大剣の鞘で叩き折ったアマンダの黒髪が揺れた。無駄な動きのない早さに、黒髪は宙を舞って背中を飾る。美人と称するにはきつい目元が、さらに険しさを増した。
「何をっ!?」
「それはこちらのセリフだ。他者に剣先を向ければ、敵対行為と見做される。お坊ちゃんはそんなことも習わなかったのか」
剣を握り、鞘から抜いた以上「知らない」で済まされない。自治領の領主は、小国の国主と同等だった。駆けつけた騎士や兵士が柄に手を乗せ、重心を低くして備える。いつでも抜いて攻撃に入れる体勢で、アマンダの判断を待った。
「さっさと帰れ。このウォレスに立ち入る許可は出さぬ」
許可を出せないのではなく、出すつもりはない。言い切られ、反論しようとしたが……多勢に無勢。捨て台詞を残して、立ち去るしかなかった。
「女風情が偉そうに! 次は叩きのめしてやるからな!!」
肩をすくめたアマンダの余裕に、騎士達は警戒態勢を解かぬまま、わざとらしく声を立ててげらげらと笑った。嘲笑に見送られて揺れる馬車が見えなくなる頃、アマンダは屋敷を振り向いて呟く。
「執着されたようだが、まあ……あの一家なら平気か」
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