08.もふもふが増えて膝が幸せ

 狐と鳥の聖獣が祝福を大盤振る舞いしている頃、私は他の聖獣の突撃を受けていた。叔父様は部下達の様子を見に行ったので、夕食まで私とアマンダで過ごすはずが……馴染みの声が乱入する。


「グレイスだ! 会いたかった!!」


「ノエルね」


 窓から侵入したのは愛らしい猫だ。聖獣特有の真っ白な毛皮の猫は、紅色の瞳を輝かせて飛びついた。問題はその大きさだった。聖獣は同種の獣より大きい傾向があるが、猫と呼ぶより大型犬に近い。しなやかな足取りで音もなく入り込み、グレイスに体を擦り付ける。しゃがみ込んで首筋に顔を埋め、久しぶりの柔らかな体を堪能する。


 陽を浴びてふかふか、ふわふわの毛皮が心地よい。すっとするミントのような香りがした。


「あら? もしかしたらフィリスも一緒?」


「フィリスなら外だよ」


 けろりと言い放つ白猫は悪びれた様子はない。だがこれだけ移り香しているなら、来る時はフィリスの背に乗せてもらったに違いない。飛び降りてさっさと自分だけ駆け寄ったのだろう。こう言うところが猫なのよね。気ままで自由なノエルを避けて、窓の外を確認した。


「フィリス!」


「お迎えに来たわ、グレイス」


 巨大な羽音と共に、建物に影が落ちる。羽を広げると小ぶりな屋敷に匹敵する巨体の主は、見る間に小さくなった。するんと窓辺に降り立ち、こてりと首を傾げる。背に翼を持つ白狼だった。さっと翼を畳んだ狼は、器用に手すりを歩いてグレイスの腕にたどり着く。こうしていると、足の太い子犬みたいね。


「私に乗って帰りましょう?」


「ありがとう、フィリス。でもシリルとパールにお願い事をしたの。じいや達も一緒に帰りたいのよ」


「……仕方ないわね、私も待つわ」


 聞き分けのいい白狼フィリスと違い、わんぱく坊主の白猫ノエルは駄々を捏ねる。


「あいつら、僕達を置いてったんだよ? 今度は置いてっちゃおうよ」


 やられたらやり返す。聖獣達の中で一番若いこともあり、ノエルは過激な発言をする。聞かれたら後でパールに尻尾を突かれるわよ?


「我慢して。代わりに撫でてあげるわ」


 聖獣達の機嫌を取る私の向かいで、アマンダはお茶を飲みながら「まさに聖獣使いだな」と呟いた。他国ではそのように呼ばれているけれど、私は聖獣達を友人だと思っている。使役するつもりなんてないわ。


「大切な友人だもの」


「僕も、グレイスが好き」


 小型化して膝に飛び乗る白猫を撫でながら、遠慮がちに顎を膝に乗せるフィリスも抱き上げた。一緒に膝に並べ、柔らかな毛並みを堪能する。


 私ったら、よく1年近くも離れていられたわね。この子達がいない暮らしなんて二度と嫌。帝国のお祖父様には悪いけれど、私はあの聖樹の森を離れられないわ。


「アマンダはどうするの?」


 誰かに聞こえてもいいように、曖昧に尋ねる。貿易都市として自治権はあっても、ウォレスはオリファント王国の一部だ。今後の動きを尋ねたら、けろりと返された。


「変わらないさ。今まで通り、うちは自由都市だからね」


 自治権を手放す気はないし、ここを拠点にエインズワース領へ攻め込むことも許さない。言い切ったアマンダは、ソファに立て掛けた大剣の柄に手を乗せた。


「そっちこそ、あの連中を放置するのかい?」


 王家を潰すんじゃないか? そう尋ねられ、私はくすくすと笑ってから首を横に振る。そんな面倒なことしないわ。だって王家を倒してしまったら、エインズワースが王家にならなきゃならない。聖樹の森から離れることになるもの。それに、あの王子が使い物にならないだけで、国王夫妻は割と話が通じるのよね。


「元婚約者はもう王家にいないと思うわ」


「確かに、そのくらいの決断が出来ない王なら、あたしが首をすげ替えてやるよ」


「頼もしいわ」


 友人との軽口だが、実際に私が傷ついた顔をしていたら戦ってくれるでしょうね。やっと自分の居場所に戻ってこられた安心感で、頬は緩みっぱなしだった。

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