07.あら、お釣りは結構よ
ガラスを割った代金は、パールの落とした真珠の涙で決着した。お釣りが出るというので、抱き締めたシリルからの情報に基づいてお願いをひとつ。
「ユリシーズ叔父様が向かってるの。私のお迎えだから、一泊させてくれる? お釣りで足りるかしら」
足りなければまだあるわよ? 微笑みながら真珠を手のひらで転がす。専属騎士アンドリューが、そっと拾ってくれていたのだ。感情によって宝石の色は多少変化するけれど、今日の涙は純白。よほど嬉しかったのね。私も嬉しいもの。
アマンダは大笑いしながら、受け取った一粒を顔の前で翳した。
「これほどの大粒で真円となれば、お釣りから滞在費を払ってもまだ残りそうだな。聖獣様の涙となれば、さらに価値は上がる」
「あら、お釣りは結構よ」
「余裕だね、グレイス」
「一度言ってみたかったの」
くすくすと笑い合う。オリファント王国の王都へ持ち込めば、この貿易都市ウォレスの3倍近い値がつく真珠だった。彼女は報酬を3倍受け取って得したと言いながら、騎士にも個室を用意している。悪ぶるのが好きなんだから。
「ユリシーズ殿が迎えに来るなら、帝国に帰るのか?」
「分からないわ。でもマーランド帝国へ行くと、この子達と別れることになるから嫌よ」
膝の上に鼻先を乗せた巨大な白狐の眉間を撫でる。ソファの背もたれに降り立ったパールは、白い尾羽を揺らしながら歌を奏で始めた。心地よい空間が広がる客間に、ノックの音が響く。
「マーランド帝国第三皇子ユリシーズ殿下がお見えです」
「お通ししろ」
夢現の時間から引き戻され、少し低い声でアマンダが応じる。現皇帝陛下は私のお祖父様に当たる人物だった。お母様の皇位継承権は残されており、その子どもである私やお兄様達も対象となっている。
「これはこれは。稀代の自由都市領主アマンダ・ウォレス閣下、我がマーランド帝国の美しき華グレイス姫におかれては、ご機嫌麗しゅう」
「口がうまいな」
「お久しぶりね、叔父様。お父様やお兄様はどうなさったの?」
迎えに来るなら父か兄だと思っていたのよ。そう匂わせると、勧められたソファに腰掛けながら肩をすくめた。
「誰が迎えに行くかで揉めまして、姉上の指示で私が向かいました。決着が着いてからでは遅くなりますから」
「それもそうね。ありがとう、叔父様」
私より一回り年上の叔父は、歳の離れた妹を可愛がるように私に接する。父や兄達とは違う愛情は、少し距離を置いている分だけ擽ったかった。実は初恋の人なのよね。
「白狐の聖獣様、先ほどはありがとうございました。祝福を頂きましたので、予定より早く到着できました」
「グレイスのお迎えだから、そのくらいはね」
最愛の主人の手助けになる人物なら、祝福くらいはあげる。そう言ってシリルは尻尾を揺らした。ご褒美に顎の下や頬もしっかり撫でてあげる。ヤキモチを焼いたパールが、そっと頭を突き出した。シリルに触れないように、でもシリルの上に飛び出した頭を撫でる。羽毛が意外と柔らかいのよね。
「明日にでも帰りますか? 義兄上達もお待ちでしょうし」
叔父の言葉に首を横に振った。
「ダメよ、まだエイドリアン達が合流していないもの」
「僕が役に立つよ、祝福してくる」
「あ、祝福なら私だって出来るわ」
競うようにして言い募る1匹と1羽に、私は少し考えてお願いした。
「じゃあ、侍女達の馬車とエイドリアンの馬車と、両方お願いできるかしら? 手分けして行ってきてね。早く戻ったら、今夜は一緒に寝られるわ」
「「わかった(わ)」」
先ほど壊したガラス扉から出ていった。すごい剣幕で飛び出した彼らを見送り、アマンダは呟いた。
「この部屋の扉は、明日まで直さないほうが良さそうだ」
また壊れるからな。アマンダに否定も肯定もせず、私は窓の外へ目を向ける。夏も終わり、もうすぐ秋。実り多き季節に領地に戻れるわね。
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