11.お兄様もじいやには敵わないわ

 聖獣の祝福を受けた侍女の馬車が先に到着し、続いて執事エイドリアンも無事に辿り着いた。知らせを受けて、屋敷の前で待っていた私はじいやに飛びつく。


「じいや、お疲れ様。無事でよかったわ。皆も疲れを癒してね」


 自分の屋敷ではないけれど、親友の厚意に甘えて部屋を充てがった。じいやは徐ろに執事服から小さな袋を取り出す。首を傾げる私の手に置いた。


「お待たせいたしました。ご所望の髪飾りでございます」


 お気に入りだから忘れないでね。その言葉に誠心誠意応えてくれた。嬉しくて涙が浮かぶ。瞬きで散らして微笑んだ。まだ泣くなんて早いわ。私達は帰路の途中で、油断しちゃいけないの。


「ありがとう。いつもじいやに甘えてばかりね」


「それは光栄なことでございます。お役に立てたなら、お屋敷を任された面目が立ちます」


 王都の屋敷に向かう際、家令のエイドリアンは自ら降格を申し出た。執事として、王都の屋敷を預かりたいと。王家の命令で私が王都に向かうことになったから、同行してくれたのよね。現在の本家は、エイドリアンの息子スティーブンが家令を務めている。


 私にとってもう一人の祖父のような人だった。家のことを何でも知っていて、そつなくこなす。必要な物は口にする前に揃えてくれるから、魔法みたいだと思っていた。


「じいや以外に任せられないもの」


「これは過分な褒め言葉です」


 笑い合って、私が手を差し伸べれば受けてくれる。未婚の貴族令嬢は親族と婚約者、または執事以上の使用人にしか手を預けない。古臭いルールだけれど、こうしてじいやにエスコートしてもらえる理由になるのは、本当に嬉しいわ。


 歩き出したところで、後ろから馬の蹄の音が近づいてくる。屋敷の門はすでに閉じているが、都市の外門を抜けてきたなら不審者ではないだろう。振り返った先で、名乗りを上げる声が聞こえた。


「エインズワース家嫡男カーティスだ。開門されたし」


「同じく次男メイナードである。妹グレイスの迎えに参った」


 門番が紋章を確認して開く間、私はじいやに腕を預けたまま見守る。駆け寄った聖獣達は、迷惑にならないよう小型化していた。屋敷内で、本来の大きさはさすがに邪魔になってしまう。


「相変わらずだね」


「一発言ってやらないと」


 物騒な発言をするシリルとパールに、フィリスも同意する。


「まったく子どもなんだから」


 こちらが呆れているのに気づかず、兄達は馬を預けて駆け寄ってきた。後少しの距離で、足元を駆ける白猫ノエルによって躓く。なんとか転ぶのは堪えたが、勢いは減速した。


「っ、あぶね」


「……お兄様方、馬で駆けていらしたの?」


 びくりと肩を震わせる兄二人は、顔を見合わせる。だが理由がわからないらしい。


「街の中を、馬で?」


 強調されて、ようやく自分達の振る舞いを咎めているのだと気づく。大急ぎで謝罪するが、それをじいやが遮った。


「坊ちゃま方は、まだまだ未熟でいらっしゃる。お嬢様を見習っていただきたいものです。民に優しく、時に厳しく接する領主にならねば困ります。今回の謝罪は民に対して行うものですぞ」


「すまなかった。後で詫びを」


「俺も悪かった。だけど挨拶はさせてくれ」


 懇願するように手を差し伸べて片膝を突く兄に、私はくすくすと笑みをこぼしながら近づきました。先にカーティス兄様の手を取り、優しく抱き締められる。続いてメイナード兄様とも抱擁を交わした。


「おかえり、グレイス」


「お疲れでしょう。お茶でもいかがです?」


「「もちろん」」


 両側にさっと展開して私の手を取ろうとするけれど、今日のエスコートはじいやです。一歩進み出た私の手を恭しく受けたじいやに、狡いと騒いだ兄達でしたが……ふふっ、じいやの方が上手うわてでした。


「老い先短い年寄りに、花を持たせてくださいませんか」


 まあ、次の代まで教育するって息巻いてたのに、この場面で年寄り扱いを希望するのね?

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