第2話:父の想い
翌日。エトワールが父である国王の部屋をノックするのを躊躇っていると、双子の妹のステラ王女が「何してますの?お兄様」と彼に声をかけました。
「舞踏会のことで父上に相談があってな……」
「言いづらい話ですの?」
「……実は俺、既に心に決めた人が居るんだ」
「まぁ、お兄様ったら。それなら早く父上におっしゃればよろしいのに」
「ああ……だから今から言いに行く」
「で? お相手はどんな方ですの?」
「……ルクス」
「ルクス? あの?」
「そう。お前もよく知るあのルクス。俺……女性を好きになれなくて。男が好きなんだ」
エトワールはステラの方を見ずに恐る恐る打ち明けました。するとステラは目を丸くして「わたくしもですわ」と返しました。
「は?」
「わたくしも男性を愛することができませんの。父上にはもうお話ししましたわ」
「えっ、父上なんて?」
「『では、やはり法律を見直さないといけないな』と」
「は?」
情報量の多さに、エトワールは混乱してしまいますが、ステラは構わず続けます。
「同性婚を法制化するために動いてくれるそうです。父上はわたくしを溺愛しているので」
「自分で言うなよ。てか、えっ? 本当に?」
何度も聞き返すエトワールに苦笑いしながら、ステラはこくこくと頷いて続けます。
「元々、国民から声が上がっていたのです。『同性同士の婚姻を認めてくれ』と。父上はそれをちゃんとお聞きになっていたのですわ」
「そうだったのか……父上はてっきり保守派だと……」
「保守派の貴族の反対があるからそう簡単にはいかないとは言っていましたが……時期国王となられるレグルスお兄様も同性婚について前向きです。保守派の貴族の中にはルクスの父上もおりますが、むしろ好都合ですわ。彼は野心家ですから、息子が王家に入ると知れば喜んで手のひらを返すのではないでしょうか。国民のほとんどは同性婚の法制化について前向きですしね。お兄様がゲイだとは思いませんでしたが、わたくしにとっては好都合ですわ。そうと決まれば早速お父様にカミングアウトですわよ」
「ま、待てステラ」
父の部屋のドアノブに手をかけるステラを、エトワールは慌てて止めました。
「何ですの?」
「……明日のパーティーは俺の婚約者を決めるためのパーティーだ。俺に既に心に決めた人がいると知ったらパーティが中止になってしまったりしないだろうか」
「楽しみにしている国民も多いだろうから中止にはしたくないと?」
「ああ」
「何のために開かれるパーティかなんて、国民には知らせていないから大丈夫ですわ。兄様に恋人が居ようとも、国民を騙したことにはなりません。だってお兄様、自分は異性愛者だなんて一言も言ってませんもの。勝手に勘違いして見初められると期待する方が悪いのですわ」
胸を張ってそう言うステラにエトワールは少し呆れつつも、その堂々とした態度が今は頼もしくて仕方ありませんでした。
「……お前、相変わらず強かだな」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておきますわね。それで、お兄様。わたくし一つお願いがございますの」
「……嫌な予感しかしないが聞いてやろう」
「舞踏会でルクスと踊って、彼と恋仲にあるとカミングアウトしてくださいな」
「うぇぇ……本気で言ってるのか? それ……」
「国民の八割は同性婚の法制化を望んでいます。恐らく、パーティ客の中には同性愛者もいるでしょう。彼らの手前、保守派貴族は声を上げづらいと思いますわ。国民からも王家からも嫌われたくないでしょうから」
「……そう上手くいくか?」
「大丈夫ですわ。レズビアン仲間の友人達も大勢参加しますから」
「お前、いつの間にそんなコミュニティを……」
「ふふ。考えておいてくださいね。お兄様」
そう言うと、ステラは手を振りながら去って行きました。
「あいつ……実は知ってたんじゃないのか……?」
ステラは人一倍頭の回転が早く、人の懐に入り込むことが得意な計算高い女でした。故にエトワールは手のひらで転がされているのではないかと疑いましたが、ステラがエトワールとルクスの関係を知らなかったことは事実でした。
「父上。エトワールです。今よろしいですか?」
エトワールは気を取り直して国王の部屋をノックします。すると扉が開き、中から王妃が出て来ました。
「あら、エトワール。どうしたの?」
「舞踏会のことでご相談がありまして。父上はいらっしゃいますか?」
「うむ。おるよ。入りなさい」
「ありがとうございます」
国王はエトワールを部屋に招き入れると、メイド達を外に出し人払いをしてから自分でお茶を淹れ始めました。
「あぁ、父上。私がやりますから」
「いや、構わんよ。座っていなさい」
「……はい」
父親とはいえ、相手は国のトップです。普段は公務で忙しく、関わることが少ないこともあり、エトワールは緊張してしまいます。
(ステラ……よく気軽に話せるよなぁ……)
改めて、妹の強かさに苦笑いしました。
「エト。ほれ」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。で? なんだ? 心に決めた相手でもできたのか?」
「は、はい。お察しの通りです」
「それにしては浮かない顔ね」
「相手の身分に問題でもあるのか?」
「……いえ。その……相手は貴族の……男性なのです」
「そうか」
「……はい」
「よし。なら尚更、当日はその人をパートナーにしなさい」
「……よろしいですか?」
「構わん。相手はルクスだろう?」
「うっ……な、何故……」
「王の勘」
「な、何ですかそれ……」
「はっはっは! 心配するなエトワール。ステラから聞いているかもしれんが、わしはな、同性婚の法制化には賛成しているんだ。困っている民を助けるのが王の務めだからな。同性同士の恋愛が罪とされていた悪き時代もあったが、今は罪ではない。では、結婚を認めても何の問題もないはずだ。少子化に拍車がかかるなんて言う輩もいるが、同性婚を認めたところで同性愛者が増えるわけでもあるまい。少子化の件は民達が子育てしやすい国にしていけば良いだけの話だ」
「……それはそうかもしれませんが、私は王家の人間です。……血筋を次世代に引き継ぐ義務があります」
「確かに、お前とステラは王家の血を引いている。それを理由に反対する者は必ず出てくるだろうな。だが問題はない。王家の人間は何もお前達だけではないからな。一人二人が同性愛者だったところで、そう簡単には血は途絶えん。同性愛者でも子供を残す方法が無いわけではないしな」
「……私は、彼と生きたいと望んでも良いのですか?」
「うむ。わしはお前の意思を尊重するよ。少し時間はかかるかもしれないが、お前達や同性のパートナーを持つ民たちが幸せになれるよう、全力を尽くすことを約束しよう」
「っ……ありがとうございます」
「はっはっは。例には及ばんよ。人々が幸せに暮らせる国を作るのが国王たるわしの役目だからな。なぁ? ポーラ」
「ええ。わたくしも同性婚の法制化には賛成します。あなた達だけでなく、全ての人が心から愛する人と結ばれる国であってほしいもの」
「うむ。わしも同じ気持ちだ。感謝するのはむしろこっちだ。お前達が国民が集まる前でカミングアウトしてくれれば、保守派の貴族を黙らせやすくなる。舞踏会ではステラと共に存分に目立つと良い」
そう言って悪い笑みを浮かべる国王は、エトワールの目には妹のステラと重なって見えました。ステラの狡猾さは父親似なのだと再確認し、この人達を敵に回したら大変そうだと苦笑いしました。
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