Shall we dance?
三郎
第1話:男同士だから
恋愛は男女でするもの。だから、男である自分はいつか女性と結婚する。ルクスはそれが世の中の常識だと、信じて疑いませんでした。
しかし彼は、幼馴染であり主人でもある王子エトワールに恋をしていました。ルクスはこの恋は許されるものではないと思い込み、恋心を隠してエトワールと接していました。しかし、ある日のこと。ルクスが訓練を終えて自室に戻ろうとすると、王宮の庭で一人で踊るエトワールの姿を見つけました。彼はルクスを見つけると「ちょうど良いところに」と笑い、手招きをしました。
「練習相手になってくれ」
「私がですか?」
「嫌なら別に良いぞ。適当に探すから」
「……別に嫌なわけではないです。私で良ければお付き合いします」
「ん。なら付き合え」
「はい」
ルクスが差し出された手を取ると、エトワールは彼の腰を引き寄せました。ルクスは思わず、彼を押し返しました。
「ど、どうした?」
「す、すみません。思った以上に近くて」
「えぇ? ははっ。なんだよその可愛い反応。お前、俺のこと好きなの?」
エトワールがそう揶揄うと、ルクスは「そんなことあるわけないじゃないですか。男同士ですよ」と震える声で否定しましたが、無理して嘘をついていることは明らかでした。
「その否定の仕方はないだろ。男が男を好きになることもあるんだから」
「……分かってます。けど、私は違います」
「……本当に?」
「違います。私は……異性愛者じゃなきゃ、いけないんです。長男だから。次期当主だから。女性と結婚して、子孫を残さなきゃいけないから。次の世代に、繋がなきゃいけないから。だから……私は——「それ以上言わないで」
エトワールは震える声でルクスの言葉を遮ります。ルクスが顔を上げると、エトワールは今にも泣きそうな顔をしていました。
「どうして……貴方がそんな顔をするんですか」
「……好きだから」
「は?」
「俺はお前が好きだから」
ルクスは思わず辺りを見回しますが、エトワールの言うお前が指し示す相手は、ルクス以外にはいませんでした。
「か、揶揄わないでください」
「揶揄ってねぇよ」
エトワールはじりじりとルクスと距離を詰めます。エトワールが一歩近づくと、相対するようにルクスが一歩下がり、それを繰り返すうちにルクスの背が壁に当たりました。エトワールは壁に手をついてルクスの逃げ道を塞ぐと、空いている右手でルクスの髪を撫でました。
「エ、エトワール様……」
「……エトって呼んで。昔みたいに」
「っ……俺——いや、私は……貴方の友達ではありません……従者です……」
「……誰もいない時くらい良いだろ。敬語もなしで」
「……駄目ですよ……」
「……ごめんな、ルクス。隠さなきゃって、思ってた。言うつもりなんてなかった。諦めるつもりだった。けど……ごめん。両想いだなんてしっちゃったら、もう、無理」
そう言って、エトワールはルクスの唇を奪いました。ルクスは一瞬固まってしまいましたが、すぐにハッとして彼を突き放しました。
「駄目です……駄目ですよ……貴方は王子で、俺は従者で……しかも、男同士——っ」
エトワールはもう一度唇を重ねて、ルクスの言葉を奪います。
「だ、駄目です……こんなところ誰かに見られたら……っ……!」
人の足音が近づいてくることに気づき、ルクスは咄嗟にエトワールを突き放し、彼を抱えてしゃがみ込み、花壇の裏に隠れました。
息を潜めて足音が遠ざかるのを待っている間、二人の心音はどんどん加速していきます。
「……ルクス、ドキドキしてる」
「……貴方がこんなところでキスなんてするから」
「……俺のこと、好き?」
エトワールはルクスの肩に頭を埋めて、泣きそうな声で彼に問います。彼は言葉では答えませんでしたが、代わりに、エトワールの頭をぎこちなく撫でました。エトワールは鼻を啜り、恐る恐るルクスの背中に腕を回しました。
「っ……」
ルクスは一瞬躊躇いましたが、彼の背中に腕を回し、彼を抱き締めました。そして、消え入るような声で言いました。「好きだよ。エト」と。
「ん。俺も。好きだよ」
「……結婚、しないでほしい」
「うん。俺も、結婚したくないよ。舞踏会ではお前と踊りたい」
「そんなことしたら……騒ぎになりますよ……貴方の婚約者を決めるためのパーティですよ」
「……そうだな。お前も俺も、もうそろそろ成人する。そしたら縁談からは逃れられない。どうする? マシな女見つけて妥協するか? 俺は嫌だよ。嫌だ。お前が良い」
「俺だって……」
「……明日、父上に話してみるよ」
「……許してもらえなかったら?」
「駆け落ちでもするか」
「……正気ですか?」
「正気。ついて来てくれる?」
「……」
「俺と家とどっちが大事なのよ!」
「なんですかそれ……」
「正直答えて」
「……エトについていく」
「よく言った。
そういうと、エトワールはルクスにキスをして去って行きました。一人残されたルクスは、膝に頭を埋めて深いため息を吐きました。そして「好き」と小さく呟きます。すると胸がきゅっと締め付けられ、隠し通すと決めていた想いはもう、抑えきれないほど溢れてしまいます。ルクスは自室に戻り、彼を想いながら一人で静かに枕を濡らしました。
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