第29話 sideカルステン
ガツン――――
先程まで対象者を見下ろしていた窓は全開だ。
そこへこの部屋に似つかわしくはない衝撃音と共に鍵爪……って結構な大きさのもの。
然もその先にはどうやら縄がついているらしい?
しゅたっ。
ぎり、ぎりぎり……。
「うっしゃあああああああああああ!!」
階下より謎の掛け声?
……からのうんしょうんしょと言う声と共に何かが這い上がってくる気配を察した。
まさかとは思うのだが……。
「ね、ねえ殿下、まさかとは思いますがもしかしなくとも某ホラー映画のTV画面から~ではなく、番外編と言う事で窓から登場ってあり得ます?」
ロメオは冗談半分本気半分からの若干引いた感じで声を掛けてくる。
「そんな訳があるか。第一ここは建物の三階であり普通の令嬢ならば到底無理と言うものだろう。東国にいると言う忍者、くノ一ならば可能かも……いやまあ漆黒の長い髪を振り乱している〇子パイセンならば可能……なのか?」
そうここは三階にある俺の執務室。
普通ここへ入室する際は背後にある扉からである。
それが一般的な常識だ。
だが何故なのだろう。
窓枠へしっかりと喰らい付いているだろう鍵爪に括り付けられた縄がきりきりと軋む音をさせる度に何とも言えない不安に駆られてしまうのは……。
こんな、この様な不安に駆られる事等今までになかったぞ。
それに一応対象者についてはちゃんと調べは終えていたし妖怪や物の怪の類ではなかった筈だ。
エリーゼ・プロイス17歳。
没落寸前、いや既に平民とほぼ変わりのない名ばかりの男爵家の娘。
現在使用人がいない為家の事は家族で分担しながら行っている。
故にエリーゼ自身生きていく為に一通りの事は何でもこなせるようだ。
また貴族令嬢らしかぬと言った具合で外でも働いていた経歴もある。
だがその見た目と反して選んだ仕事はどれも地味、身体や色目を使う職場ではなくだな。
健全なカフェでウェイトレスではなく、その裏方として働いていたらしい。
普通に楽して稼ぐ事の出来る豊満な身体と美しい容貌を持ちながら……である。
因みに口癖は『私は絶対に王子の恋人になる!!』だとか。
それ故決まった相手を作らず、吸い寄せられる様にやってくるだろう男達を毎度宜しくと言った様にひらりと上手く躱していたらしい。
ああ一番近しいのが従兄の
あいつだけは他の男よりも愛想よくしていたとか。
本当に色々とふざけた、理解不能な女である。
抑々我が国に王子は二人しか存在しない。
王太子である兄には既に妃が存在している。
それに俺には――――。
屑男には病弱と偽り色々生活を用立てて……ってその用立ても金品ではない。
しがない侯爵家の三男……には土台無理な話である。
だから問題にならない程度に食料品を調達して貰っていたとか。
まああいつにはそれくらいしか出来ないだろうな。
何と言ってもあいつは――――。
またエリーゼ嬢自身頭は決して悪くはない。
いや頭の回転は多分速い方だろう。
だが没落寸前の男爵家の娘を学院で学ばせられる事も出来なかったのも事実だ。
しかしエリーゼは我が身の不運を呪うのではなく何故か前向きに、王都へある図書館へ仕事の合間に行けばである。
書を読み耽り仲良くなった司書達より色々と教えを乞うていたらしい。
本当に俺の理解を遥か斜め上へと貫いた女だと思う。
『殿下、彼女の見た目に騙されれば痛い目に遭いましてよ。経過はどうであれこの私が興味を持った令嬢ですもの』
不意に先日会った時のヤスミーンの言葉が脳裏に浮かぶ。
俺の大切な従妹姪。
聡明で美しい淑女。
その彼女が興味を示した女――――って俺はそっと窓の下を何気に見てしまった。
「――――⁉」
ヤバい、ヤバすぎるぞヤスミーン!!
確かに貴女の興味を引いた女なのかもしれないが、俺はそれ以上にある意味引いてしまったと同時に我が身の危機を今実際にひしひしと感じてしまった。
何気にゾゾ――――っと背筋に冷たいものが走ればだ。
全身の皮膚がぶふぁっと泡立っていく。
そう窓の下から見えたもの。
俺の瞳の色を模したドレスを纏った女郎蜘蛛がこちらへ目掛けてよじ登ってくる姿。
「? ……カルステン⁉」
俺の視線に気づいた女郎蜘蛛は喜色を浮かべそう叫べばだ。
一気にその速度がパワーアップした?
も、最早ホラーだ。
俺は何もやらかしてはいない。
なのに何故この様な状況になる?
「敢えて申し上げるのでしたら何時までもヤスミーン姫を諦めない……から?」
へらりとした表情でロメオは笑いながらそう告げた。
おい、冗談じゃないぞ!!
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