第10話  sideヤスミーン

「なあヤスミーン」

「何か御用ですかエグモンド様」


 こちらは朝早くから起きてはずっと執務に追われておりまして、一日中お暇な貴方様の相手をしている時間は少しも御座いませんのよ。

 然も先触れも何も出さず直接訪ねてくるだなんて。

 万が一接客中でしたらどうするのです。


 そう心の中で私が思おうともですよ。

 この御方は全くわかってはいらっしゃらないと言いますか、恐らく理解が出来ないのでしょうね。

 こうなればさっさと用件を聞いた上で追い出しましょう。


「ああ用があるからここへ来たのだよ」

「それは存じ上げませんでしたわ。して一体どの様なご用件で御座いましょうか」


「あ、ああ実はな……」


 執務机の向こう側で何故か身体をもじもじとさせればです。

 ごにょごにょと口の中で呟く姿ははっきりと申し上げましてですわ。


 ああ本当に何故この様な男性と婚約なんて交わす事になったのかしら。

 私の好みから言えば顔の美醜は兎も角です。

 貴族……いえ一人の人間として自身の意見を持ち、堂々とされる御方が好ましいのですけれど……。


 エグモンド様は私の好みとは完全なる真逆。


 今でこそ婚約破棄若しくは解消を画策している所ですが、両親共に存命しておりましたら間違いなく結婚……っぷ、想像するだけでも嫌悪感で一杯です。


 まあ愛人を本宅へ連れ込む時点で既にアウト――――ですわね。


 別に愛人を囲うのは仕方がないでしょう。

 ですがそれはあくまでも別宅での事。

 本宅へ連れ込む等あってはならないのですから……。


 ああ話が逸れてってまだ目の前でもじもじと、本当にキモ過ぎます。


「何を仰りたいのかわかりませんけれどもです。要件がなければどうぞお引き取りを、これでも私は色々と忙しいのですか――――」


 ついイラっとして追い出しに掛かろうとしましたらですわ。

 エグモンド様は慌てた様子でこう仰りましたの。




 はあ?

 一体何を考えてやがりますのこの御方は!!

 今度の、半月後の舞踏会はそこら辺の貴族が単に催すものではないのですよ。


「王家主催の舞踏会の事を仰っていらっしゃるのかしら」

「ああそうだ。エリーゼがどうしても王宮へ行きた――――」

「大概になさいませ!! どの面を下げて伯爵以下の、ただの男爵令嬢がエスコート……いえ招待状もなく出席出来るとお思いですか。それとも何でしょうか。貴方様のその頭は飾り物ですか? 飾り物ならば飾り物らしく大人しく害のない程度にお生きあそばしませ」


「はあ? それってどういう意味なんだよヤスミーン。何故僕の頭が飾りだ何てこんな事は父上だって言わないぞ!!」


 憤るエグモンド様。

 だからと言ってここで引き下がる訳にはいきません。

 王家主催の舞踏会、言わば高位貴族だけの集まりです。

 下は伯爵家以上で上は言うまでもありません。

 高位貴族ならばと言いましょうか、貴族であれば普通に身についているだろうささやかな常識です。


 確かに私は陛下の姪孫てっそんである私とその婚約者、一応エグモンド様は侯爵家の三男ですので普通に招待状は送られてきます。

 ですがエリーゼ嬢は男爵家の令嬢。

 最初から出席条件を満たしていないのです。


 まあ稀に身分を超えて……と言うのもありますので伯爵家以上の御方と縁づかれればそれもやぶさかではないでしょう。

 何時かは馬鹿な事を言ってくるとは思いましたがこれ程のお馬鹿発言をしてくるとは想像を斜め上へと突き抜けておりますわね。

 きっとその願いが叶った暁には名目上の婚約者である私をエスコートする事はなくエリーゼ嬢にくっ付いているのは想像に難くないですわね。


 そう言えば先日彼女が購入したドレス……まあまあのデザインで厭らしくなく淑女らしい夜会用のものでしたわね。

 またそれに合わせた様な宝飾品。

 何故かその何れもエグモンド様の色ではありませんでしたけれども……。


 その後も何とか出席をと尚も食い下がる彼は様子を見に来た執事によって強制退場させられたのは言うまでもありません。

 ただこの様子では舞踏会まで何度も押しかけてきそうですわね。

 出来ればそれまでに全ての証拠を揃えたいですわ。


 本っ当にキモい男何て絶体にごめんです!!

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