ハイセ・クス


       1


 勇人たちは美花や章宏たちとほおずき映画館の清掃をし終え、横浜へとやって来た。小籠包を食べて宿へ向かい、お湯に浸かって着替える。


 「『ウェルスィー・ワントが死んだ』と、新聞に大きく書かれてる」カトリーナが

つぶやき、レモネードを飲んで息をついた。アイダが泣きながら姉を抱きしめる。

 「アイダ。ごめん」カトリーナは妹に毛布をかけ、マルゴットの隣に座った。


 「横浜の洪水は2週間続き、川の水が増えています。五月雨高校の1年生から3年生が泥水をホースで吸い、固めているそうです」「美花さんや章宏さんたちも、一緒に清掃をしているらしいわ」マルゴットはしおりと一緒に小説を読んでいる息子を

見ながら言った。


       2


 「僕はロナウドに銃の使い方を教えられてきた。日本にいた時は手紙も書かなかったのに、濁流から僕を助けた」アウグストは小声で言うとしおりの肩を軽くたたいた。

 「おい」勇人がアウグストの肩をたたき、心拍数が上がっている妹に紙コップに入れた水を飲ませる。アウグストはパソコンを出してズームを開き、日本に移住した移民たちに手を振る。


 「君たちを20年間苦しめてきた僕の父親ロナウドは、洪水で死んだ」とアウグストが言うと、40人の男女が驚いた顔になる。

 アウグストが「謝らせてくれ」と頭を下げると、本屋の店員で幼なじみのアレクセイが『元気そうだな。お前が泊まってる宿の机の上に、俺が送った本が置いてある。読んでくれ』と言った。

 他の男女も『みんなザーラさんや勇人、お前の救助活動を見て五月雨高校で日本語、英語を勉強中だ』とアウグストに笑みを見せる。

 ほおずき映画館でスタッフとして働く女性は『ポップコーンやホットドッグも、2万個作ってるわ。映画を観に来て』と言ってマシュマロを食べた。

 「ありがとう」アウグストはズームを閉じ、寝息を立て始めたしおりのひたいに唇をつけ、毛布をかけた。


        3


 勇人は机の上に乗っている愛猫の五月雨の首をなでながら「お前が見つかったって知った時、安堵してた」と声をかける。五月雨は「ニャ」と言いながらあくびをし、アウグストの膝の上に乗った。


 



 

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