第21話 息子の嫁と言う名の箱【1】

 今日、息子が嫁にしたいと言う女性を家に連れてくる。


 一人息子の陽平(ようへい)は二十七歳。俺に似て無骨な顔と性格をしている陽平の口から、今まで彼女の話は聞いた事が無い。バレンタインデーはチョコの話題を出さないようにと、親のこちらが気を遣うくらいだ。だから、ちゃんと働いて社会に貢献しているだけで良しとして、結婚なんて無理と俺は諦めていた。そんな陽平が今日、嫁にしたい女性を連れてくると言うのだ。


 一年前、妻の紗耶香(さやか)が、陽平に彼女が出来たらしいと言ってきた。紗耶香は結構天然ボケなところがあるので俺は本気にしなかったのだが、よくよく陽平を観察すると確かにおかしな行動が目立つ。あれだけ地味だったのに、明るい色の服を着るようになったり、休みの日は部屋でゲームと決まっていたのに出掛けるようになった。おまけに散髪は美容院に行き、整髪料まで使い出す始末。これは本当に彼女が出来たのかと夫婦して喜んでいた。


 だが、その半年後、友達が死んだと礼服姿で出掛け、それ以来ずっと沈んだ様子だった。もしかして、恋人に何かあったのかと心配したが、陽平に聞いても言葉を濁して答えない。ようやく最近になって明るい表情に戻ってきたかと思ったら、今回彼女を連れてくると言う。これは彼女の支えで友人の死を乗り越えたのかと、紗耶香と話していた。


 当日の今日は朝から大忙しだった。紗耶香は歓迎の気持ちを表そうと、御馳走を沢山用意している。俺は部屋やトイレの掃除を済ませてからも、玄関マットの位置や写真立ての傾きを直したり、必要のない事まで小まめにチェックして回った。何かしていないと落ち着かないのだ。


 男親の為か、彼女を敵視したり品定めしようと言う気持は無い。とは言え不細工よりは美人の方が良いし、キツイ性格より優しい娘さんである方が好ましい。いろいろ想像を膨らませながら、俺は迎えに行った陽平が帰ってくるのを待っていた。



「ただいま」


 十二時半、約束の時間に陽平は帰ってきた。


「はあい」


 台所に居た紗耶香が急いで玄関に出迎える。


 家は4LDKの一軒家で一階は夫婦の寝室とLDKにトイレと風呂、二階に陽平の部屋と他に和室が二部屋。一階のリビングは広くスペースを取っていて、普段くつろぐソファとは別に、人が集まる時は座卓を用意してそこで歓談するようにしていた。俺は今、その座卓で一番上座に座りみんなを待っていた。つい先程までそわそわして落ち着かなかったが、ここは家長としてどっしり構えなければと、動き回らず座って待つ事にしたのだ。


「ただいま」


 大きな金属製の箱を抱えた陽平が先頭でリビングに入ってくる。陽平は何を持って来たんだ? と疑問に思うが、答えが分からないまま続いて紗耶香が入ってきた。俺はその後ろに続く人に注目したが誰も入って来ない。


「あれ? 彼女はどうしたんだ、トイレか?」


 陽平の持つ箱も気になるが、まずは彼女の確認からだ。俺は陽平に訊ねた。


「彼女はここに居るよ」


 陽平は抱えている箱を座卓の上に置いた。箱には上下左右に可動できるカメラとディスプレイが付いている。紗耶香も説明されていないのか、何が起こっているのか分からず、戸惑っているような表情で俺の横に座る。


「移動が長かったから電源を切っていたんだ。少し待ってくれる」


 陽平は説明もなくそう言うと、箱から電源コードを取り出し、手近なコンセントに差し込みスイッチを入れた。


「おい、これは何の箱なんだ? それに連れて来た彼女はどこに行ったんだ?」


 俺はおぼろげながらに事情の予測が付いてきて、それを考えたくないが為にイラついて陽平に説明を求めた。


「もう少しだから……」


 陽平は説明を避け、現物で理解させようとしていた。ディスプレイに文字や製造メーカーのロゴが浮かび上がり、それが終わると眠っている一人の女性の上半身が浮かび上がった。女性は二十代前半ぐらいで、丸顔の可愛らしい顔をしている。


「結愛(ゆあ)、聞こえる? 家に着いたよ」


 陽平に声を掛けられ、女性の目が開く。緊張したような少し強張った顔で、結愛と呼ばれた女性は俺達に笑顔を向ける。


「あ、初めまして、佐々木結愛(ささきゆあ)です。よろしくお願いします」


 ディスプレイの中で結愛はペコリと頭を下げた。


 これが生身の人間で、この女性が息子の嫁になると思って見ればさぞかし目尻が下がった事だろう。美人と言うタイプではないが、結愛の愛嬌のある笑顔は誰しも好感を持つと思う。だが、その笑顔はディスプレイの中にあった。


「まあ、なんて可愛らしい娘さん。こんなお嬢さんが家に来てくれるなんて、お母さん嬉しいわ」

「ええっ! お前この箱が目に入らないのか!」


 俺は呑気に喜ぶ紗耶香に驚いた。


「だって見てみなさいよ、可愛らしいお嬢さんでしょ。陽平には勿体ないくらいよ」

「いや、だから……」

「ありがとうございます、お母様」

「お母様!」


 紗耶香の瞳が輝く。


「いいわあ、その響き! もう一度お願い」

「はい、お母様!」


 結愛も嬉しそうに、紗耶香のリクエストに応える。


「ちょ、ちょっと落ち着こう、ね、君達」

「うちは嫁と姑の争いはなさそうだね」


 陽平まで俺を無視して、嬉しそうな顔で調子に乗り出す。


「当たり前よ、こんな可愛いお嫁さんをいじめるなんて出来ないわ」

「私も若くて綺麗なお母様で嬉しいです!」

「ちゃんと俺の話を聞け!」


 とうとう俺は大きな声を上げてしまった。三人はキョトンとした顔をしている。


「俺は知っているんだぞ、これは人工頭脳の箱じゃないか。人間じゃない物を持ってきて嫁にするとは何事なんだ!」


 俺は結愛を指さし叫んだ。


 ここ十年程前から、人工頭脳は実用化されている。実際に知り合いがそれになった事は無いが、メディアなどで知っていた。目の前の結愛だと名乗る箱は正しくは人工頭脳の箱だった。


「父さん失礼じゃないか。確かに結愛は生身の体は無いけど、ちゃんと生きていた頃と変わらない人間なんだよ」

「そうよ、あなた。結愛ちゃんは素直そうな良い娘さんじゃないの。何が不満なの?」

「お前達は黙ってなさい」


 俺は陽平と紗耶香の言い分を無視して、結愛を見た。


「あんたはどう考えているんだ?」


 俺は結愛の気持ちが知りたかった。人工頭脳の身でありながら、ずうずうしくも人の妻になろうとする。陽平の優しさに付け込んでいるとしか思えないのだ。


「すみません、お父様。お母様に喜んで頂けたのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまいました」

「良いのよ、結愛ちゃん。私は本当に嬉しいんだから」

「お前は黙っててくれ」


 口を挟もうとする紗耶香を制した。


「人工頭脳になっていると言う事は、あんたは死んでいるんだろ? 生きている人間じゃなけりゃあ、妻としての務めはおろか一番大事な子供を産めないじゃないか」

 俺の言葉を結愛は目を伏せ辛そうに聞いている。その表情を見て俺は心が痛んだ。

「お父様がお察しの通り、私は半年前に事故に遭って死んでいます」


 半年前と言う事は、陽平が行った友達の葬式は結愛のものだったのか。


「私達は、お互いに何かあった場合には人工頭脳になって傍に居ようと誓い合い、意思表示カードを持っていました」


 人工頭脳になるには、本人の意思確認が必要だ。最近は咄嗟の事故でもデーター収集が出来る技術が発達したので、意識がなくても意思表示カードで人工頭脳になれるように制度が改定されている。


「陽平さんは私を人工頭脳として蘇らせてくれて、約束通り結婚しようと言ってくれました。でも、お父様が仰る通り、人工頭脳では妻にはなれない。私の事は忘れて、生きている女性を愛して欲しいとお願いしました……」

「父さん、俺が説得したんだよ。俺には結愛以外考えられないって。もし、結愛と結婚できなければ、俺は死ぬまで一人だって」


 陽平が結愛を庇うように話に入ってくる。


「お前は簡単に言うが、もう子供は一生望めないんだぞ」

「俺はもう結愛以外の人と結婚する気はない。父さん達に孫を見せてやれないのは本当に申し訳ないけど、現在では五人に二人は結婚しないし、結婚した人でも三人に一人は子供を作らないんだ。もう子供を産む人の方が少数派なんだよ。俺は生涯独身だったと思って孫は諦めてください。そして、結愛との結婚を認めてください。お願いします」


 子供の頃にグローブを買って欲しくて頼んできて以来、久し振りに陽平は俺に頭を下げた。


「陽平の結婚はもう諦めかけていたじゃない。私は結婚するだけでもありがたいと思うわ」


 紗耶香の言う事はもっともなんだが、結婚する意志さえあれば相手はどうとでもなると俺は思っていた。


「ご両親は今回の結婚をどう言っているんだ?」


 俺の質問に結愛の顔がさらに暗くなる。


「わ、私は両親とは絶縁状態で、十年程前から連絡も途絶えていました……」

「いろいろ事情があるんだ。でも、戸籍上は死んでいるから、結愛はもう両親との縁は完全に切れている。結婚と言ったって籍を入れる訳じゃない、一緒に居たいだけなんだ。それにもう結愛のアパートは引き払ったから、今日からここで暮らすしかないんだよ」

「あなた、まさか行く当ての無い人を放りだしたりしないわよね?」


 二人から迫られ、俺は選択の余地が無くなった。


「分かった、とりあえずここで暮らすと良い。でも結婚を許可した訳じゃないぞ、様子見だ」

「父さんありがとう!」

「ありがとうございます、お父様!」

「さすが、あなたね!」


 俺の気持ちとは違い、三人は満面の笑顔で喜んだ。

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