第15話 父と言う名の箱【7】
「あー、本日は新郎笠原明人と新婦愛理の結婚披露宴にお集まり頂いてありがとうございます」
原稿など用意していないので、完全にアドリブだ。もう出たとこ勝負で行くしかない。
「見ての通り若い二人で……ああ、新郎はそんなに若くないか」
会場がどっと沸いた。笑いを取る場面かどうかは分からんが、気分が乗ってきた。
「正直、まだまだ子供だと思っていた娘が結婚するなんて驚いています。ご存知かも知れませんが、娘の愛理は気の強い娘でして、夫になる男は尻に敷かれて大変だろうなと気の毒に思っていました」
ここでも少し笑いが起きる。場が和んでいい感じだ。
「ですが、先日新郎である明人君を紹介されて、安心しました。どっしりと、地に根を張った大木のような、全てを包み込んでしまう包容力を感じ、この男なら安心だと思えました」
俺はここで一旦スピーチを切った。笠原が話した、あの言葉を思い出したのだ。
「紹介された時に、明人君からある言葉を言われました。『愛理さんを大切に育ててきたお父さんからバトンを受け取りたい』と」
俺は続く言葉を考えたが、頭の中で思いがグルグル回り上手く出てこない。
「あー、私は今、その言葉の意味を考えています。私は、その……本当にバトンを持っているのでしょうか? 結婚してから、私は毎日毎日働き続けました。能力の無い私は働き続ける事でしか家族を守れないと思い込んでいたからです。でも、本当に私は家族を愛し守ってきたのでしょうか? 家族に無関心でほったらかしにしていたのに。父の私が言うのもなんですが、愛理は立派に育ってくれました。今日から明人君と幸せな家庭を築いていくでしょう。でも、私が胸を張って『バトンを渡すから愛理を幸せにしてくれ』と言えるでしょうか? それは違います。私は今日明人君にお願いします。『私が出来なかった分まで、男として愛理を守り幸せにしてください』と。そして皆さんにもお願いします。家族を顧みる事をせずに死んでしまった、愚かな父に代わり若い二人を見守ってください」
「それは違うよ、お父さん!」
俺のスピーチが終わると同時に愛理が立ちあがり叫んだ。
「お父さん、居るんでしょ? お願い出て来て、私の気持ちを聞いてください!」
愛理の言葉を聞き、会場内がざわついている。
「どうしますか?」
横でホテルの男が聞いてくる。
「会場に行けるのか?」
「電源は確保しますので、大丈夫です」
俺は少し考えたが、この場を収めるには出た方が良いと判断した。
「じゃあ、頼む」
俺は食事を運ぶワゴンに乗せられ、コードリールで電源を確保しながら会場に運ばれた。俺が姿を見せると会場内のざわつきが大きくなった。知らされていなかった分、驚きが大きいのだろう。
愛理と笠原に向かい合う場所まで運ばれた。
「お父さん……」
愛理は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「愛理……あのスピーチが今の俺の気持ちだ。今まで、ろくに関心も向けずに済まなかった。俺を恨んでいるかも知れんが……」
「違うよお父さん!」
愛理がまた叫んだ。
「私も、文也もお父さんを恨んでなんかいない。お父さんが一生懸命私達を守る為に働いていた事を知っているから。子供の頃、たまの休みで、昼間でも寝ているお父さんの横で添い寝するのが嬉しかった。起こさないように体をくっつけると温かかったんだよ。少し寂しかった時もあったけど、お母さんが、お父さんはいつも一生懸命働いて私達を守ってくれていると口癖のように言っていたから、恨んだりしなかったよ」
俺は涙が出そうだった。芳江には感謝しきれない。馬鹿な俺を陰で支えてくれていたんだ。
「お父さんが入院した時はショックだった。これから恩返し出来ると思っていたのに」
愛理は堪え切れずボロボロ泣き出した。
「私も文也も毎日お見舞いに行ってたんだよ。会うたびにお父さんは嬉しそうに笑ってくれた。病気で辛かっただろうに……。だから、お父さんが人工頭脳になるのは反対だった。もう私達の心配はやめてゆっくり休んで欲しかった。だから私達はお父さんが人工頭脳になっても頼らないでいようと話し合ったの。でも……今は人工頭脳になってくれて良かったと思う。私は意地っ張りで頑固だから、こんな時しか素直になれないから……聞いてください……」
愛理は涙を流しながら笑顔になった。
「お父さん、ありがとう。私はあなたの娘に生まれて幸せです。これからも見守っていてください」
愛理がそう言うと周りから大きな拍手が沸き起こった。みんな席を離れて、俺達の周りを取り囲み聞いていたのだ。
結局俺は、箱の姿のままで、来場者の見送りまでした。騙されていたのに、文句を言う人もおらず、みんな「おめでとうございます。良い式でした」と言ってくれた。
来場者の見送りも終わり、最後に俺は笠原と向かい合った。
「全く、驚かせやがって、結構人が悪いんだな」
「でも、良かったでしょ? こうなると思っていました」
笠原はいたずらっ子のように笑う。
「本当にそうだな。ありがとう」
俺は心の底からそう思った。
「じゃあ、バトンを渡して頂けますか?」
「ああ、愛理をよろしく頼む。幸せにしてやってくれ」
「はい、必ずお約束します」
こうして結婚式も終わり、笠原と愛理はオーストラリアへと旅立って行った。
愛理達が旅立って、一週間後、俺は決断の時を迎えた。
「本当にするのかよ。せめて姉ちゃんが帰って来た時にすればいいじゃん」
すでに準備は整ったのに、文也はまだ未練がましくそう言った。芳江は俺の気持ちを理解しているのか、何も言わず笑顔で文也の横に立っている。
「人間と言うのは、いつかは死んで消えるものなんだ。俺が箱になったのは、お前達を見守る為だった。その必要が無いなら、死んでいるんだから消えるべきなんだよ」
「そうかも知れないけど、何も今じゃなくても……」
「こう言うのはズルズル先延ばしにするとタイミングを逃してしまうんだよ。それとも何か? お前はまだ俺がいないと不安なのか?」
「違うよそんな事じゃない!」
俺はわざと文也を煽ってみせた。文也が寂しがる気持ちは嬉しかったが、決断が必要なのだ。
「今日から、お母さんを守るのはお前の仕事だ。長男としてよろしく頼むぞ」
「……ああ、分かった」
文也は泣きそうな顔で頷いた。
「芳江、長い間ありがとう。お前のお陰で良い人生だった。先に行っているから、十分に楽しんでから来てくれよ」
俺がそう言うと、堪え切れずに芳江は涙を流す。
「長い間、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。あなたと出会えて私は本当に幸せでした。私はあなたの思い出を忘れません。ゆっくり休んでくださいね」
文也までとうとう泣き出した。家族の涙に見送られて、別れの時は来た。
「さあ、文也、頼む」
「……うん」
文也がキーボードを叩くと俺の意識は遠のいた。機械であるのに、何故か一瞬では意識が消えず、走馬燈のように今までの思い出が頭を流れる。幸せな思い出に包まれて、人工頭脳となった俺は本当の死を迎えた。
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