第14話 父と言う名の箱【6】

「巽様、聞こえますか?」


 若い男の声で起こされ、意識が戻った俺の目にホテルの披露宴会場が映る。俺の体は壁ギリギリに置かれているのだろうか。視界の端にのぞき窓の枠が入る以外は、披露宴会場しか目に映らない。


「ああ聞こえているよ。ここはどこなんだ?」

「ここはうちのホテルの多目的ホールにある、人工頭脳様用の観覧場所です。新郎様の依頼で巽様をご案内させて頂きました。ここから披露宴をご覧頂けますか」


 男は俺のすぐ横にいるのか、小声で囁くように話す。


「そんな場所を用意しているのか?」

「最近はご依頼も多いんですよ。直接出席するのは気がねするが、披露宴だけは見守りたいと言う。もちろんそのままの姿で出席される方もいますが」

「なるほどなあ」


 俺のような事情が特別ではないと言う事か。


 俺は改めて披露宴会場を覗いた。視点も高めに位置されていて、会場が良く見渡せる。思っていたより広い会場には、もうすでに出席者が席に着いている。俺はその人数に驚いた。優に百人は超えていそうだ。俺が生涯で出席した披露宴の中でも一番多い。出席者が多いのもそうだが、その年齢層が若い。新郎新婦の友人関係者だろうか。新郎である笠原側の友人のみならず、愛理の友人も同じくらい多い。


「愛理の奴、こんなにも友達がいたんだな……」


 改めて俺は愛理の事を何も知らずにいたんだなと感じた。


「もう始まっているのか?」

「いえ、出席者の皆様はご着席ですが、新郎新婦の入場はこれからです。何かご要望がございましたら、お声を掛けてください。私は担当者として横に控えていますから」

「そうか、ありがとう」


 至れり尽くせりだな。人工頭脳がどんどん一般的になってくるとこういったサービスも増えてくるのだろう。


 そんな事を考えていると、照明が暗くなり、新郎新婦入場のアナウンスが聞こえ、聞いた事のない女性ヴォーカルの洋楽が流れてきた。会場内全ての参列者達が拍手と笑顔で迎える中を、笠原と愛理が入ってくる。


 俺の視線は前を向いているので、入場してきた二人の顔を見れなくて残念だ。ゆっくりと高砂に向かい歩いていく二人。腕を組んで歩く二人は、今幸せ一杯の笑顔を浮かべている事だろう。


 やがて二人は高砂の中央に並んで座った。純白のドレス姿でしっかりと化粧を施した愛理は、まるで別人のように見える。まだまだ子供だと思っていたのは、俺の誤りだった。新郎の横に座る愛梨は綺麗で立派な大人の女性に成長していた。


 熱い物が込み上げてきたが、機械の体は涙を流す事は出来ない。それは俺にとって、寂しくもあり、幸いでもあった。


 披露宴は予定通り進んで行く。思い出のスライドショーでは俺の写真も出て来た。こうして見ると、家族で旅行とかの思い出が少ない事を思い知らされる。今更ながら、生きている内にもっと家族と過ごす時間を取っていればと後悔が残った。


 友人代表のスピーチを聞くと、新郎新婦の人柄が良く分かる。笑いを取りながらも友情を感じさせる良いスピーチだった。本当に両親の席に座っていなくて良かったと思う。一人でボロ泣きしていただろう。


 二度のお色直しとキャンドルサービスも終わり、いよいよ花嫁から両親への手紙を読み上げる場面になる。愛理は俺がここで見ている事を知らない筈だ。手紙も天国へのお父さんへと言う事になるのだろう。用意されたマイクの前に愛理が立つと、参加者から拍手が沸き起こる。


「お母さん、そして天国のお父さん、お二人の温かい愛情に守られて、私は今日この幸せな日を迎える事が出来ました。今まで中々言えなかった、感謝の気持ちを込めて、手紙を読ませて頂きます」


 愛理が緊張した面持ちで、手に持った手紙を読み始める。会場は静まり返って、愛理の話を聞いていた。


「私は二千二十年五月二十日巽家の長女として生まれました。当時仕事が忙しかった父も、初産で不安な母を励まし、出産の時には徹夜で立ち会ってくれたと聞きました。


 幼い頃は体が弱く、小学校四年生の冬にインフルエンザに罹った時は、母が徹夜で看病してくれました。熱が下がった後に母が作ってくれたお粥の味は今もよく覚えています。私も子供が出来たらお母さんのような優しい母親になりたいです。


 お父さんは毎日毎日、遅くまで働いて私達を育ててくれました。私は七歳の誕生日の前、当時流行っていたクマのぬいぐるみを欲しがっていました。品切れで入手困難な物だったのですが、誕生日の朝に、父が枕元に置いてくれていました。忙しい仕事の合間を縫って探してくれたそうです。そのぬいぐるみは私の一生の宝物で、今でも枕元に置いています」


 そう言えばそんな事もあったかな。ぬいぐるみは、普段ほったらかしの罪滅ぼしのつもりで、知り合いに頼み込んでオークションで入手した物だった。あげた本人は忘れていたのに、覚えていてくれていたんだな。


「中学生になると、気の強い私は両親に反抗する事が多くなりました。友達と遊び歩き、帰りが遅くなった私を両親は辛抱強く諭してくれました」


 両親と言ってはいるが、実際は芳江一人で頑張ってくれていた事だ。


「私は一度だけ、人の道に外れる過ちを犯しました。店からアクセサリーを盗んでしまったのです。態度のおかしい私を見て、母はそれに気付きました。その時、生まれてから初めて母に本気で怒られました。泣きながら怒る母を見て、私は心の底から後悔しました。盗んだお店に行き、母と二人で泣きながら謝りました。後でなぜ気が付いたのか母に聞くと、『あなたを愛していて、毎日見ているから気付いたのよ』と言われました。それ以来、私は両親が恥じる事の無い人間でいようと心を入れ替え、正しい道に戻る事が出来ました」


 俺は芳江に感謝していた。二人が立派に育ってくれたのは芳江のお陰だ。対して俺はなんて愚かな父親だろう。家族の為と言えば聞こえが良いが、面倒事を全て芳江に任せ、仕事に逃げていたのだ。恥ずかしさに身が縮む思いだ。


「お父さん、お母さん、今日私はお二人の愛情に見送られながら、家を巣立って行きます。これからは明人さんと一緒に、お二人に負けないくらい幸せな家庭を築きます。今まで育ててくれて、ありがとうございました。どうぞ、これからも私達を見守っていてください」


 朗読が終わると、会場は温かい拍手に包まれる。愛理も芳江も泣いていた。


「ここで、サプライズがあります。実は最近お亡くなりになりました、新婦様のお父様より、生前録音したスピーチの発表があります」


 なんだって? 新婦の父って俺の事じゃねえか! 笠原の奴……やりやがったな。


「すみません。新郎様より内緒で進めてくれと言われていましたので……。マイクをお繋ぎ致しましたので、お願いします」


 会場は俺のスピーチを待っている雰囲気だ。愛理は驚いた顔をしている。聞いてはいなかたようだ。


 仕方ない。俺は覚悟を決めた。

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