第15話

 そして4時間目の授業が終わった直後。

 本日の部活・同好会は全て中止となった。

 それどころか、授業が四時間目で打ち切られた。

 教頭先生が意識不明状態で発見され、警察は事件性も視野に入れた。

 

 かくして生徒たちは弁当だけ食べ、緊急下校させられたのである。

 保護者にも連絡が行き、我が子を迎えに来た保護者も居た。

 



「疲れた……」

 校舎を出た上野は、溜息が止まらない。

 長い石段昇りの果てに、体育の柴田先生に軽く説教され、その後には3キロの持久走が待っていたのである。

 柴田先生は、蓬莱さんには「体調が悪い時は無理しないように」の淡泊な注意で済ませた。

 しかし和樹たちは三人揃っての遅刻であり、大汗を掻いて息を切らしている有り様である。

「遅刻するほどに熱中する自己流の準備運動は禁止する」と呆れ顔で釘を刺された。


「でも、僕たちはたいした被害も無かったけど……」

 校門近くの木の前で、和樹たち三人と、久住さん・蓬莱さんは声を潜めて話す。

「蓬莱さんは、敵に捕まってたんだよね?」

「ええ。でも怪我は無かったし……」

「どういうことなの?」

 久住さんは、一同を見回す。


「敵は、俺たちを『霊界』に落とし、蓬莱さんを捕まえて……蓬莱さんを『魔窟まくつ』に拉致するつもりだったのかも知れないが…」

 一戸が言い、上野も指摘する。

「教頭がブッ倒れてたのは、今回の攻撃と関係あるだろ、絶対」


 彼らは教頭が憑依ひょういされていたことは知らないが、おおよその察しは付く。

「そうだな。俺の叔父上が憑依ひょういされたように、敵が教頭先生に憑依ひょういしたのは間違いない。教頭先生の憑依ひょういが解けたから、俺たちは脱出できたんだろう。今日は……月城つきしろは登校してないな」

月城つきしろくんが……敵を倒したんじゃないかな……」

 和樹は俯いて答えた。

「彼は……何らかの能力で、敵と独りで闘ってるのかも……」

「あの……ちよっと気になったんだけど」

 蓬莱さんが口を挟む。

「ナシロくんたちを探してる最中に動けなくなって……数分ほどで元に戻って探しに行ったら、体育館裏の水飲み場で、方丈先輩がホースで水撒きをしてたの……」


「何じゃ、そりゃ?」

 上野が甲高い声を上げ、手にした紙袋を見た。

 

『君たち。残念だが、今日の作戦会議は中止だ。せっかくだから、用意していた白衣だけでも渡して置く。ついでに、月城つきしろくんにも届けてくれると有難ありがたい』


 先ほど、生徒用玄関を出る前に方丈日那女に捕まり、四着の白衣を渡されたのだ。

 

『それと、月城つきしろくんは今は家族と離れて暮らしてるらしい。駅のパン屋でタマゴ入り野菜カレーパンと、ポテチを差し入れてくれるか? 彼の好物だ』


 ……と頼まれ、五百円玉も預かった。

 が、カレーライスとポテトチップスの組み合わせに、和樹は首を捻った。

 我が家で月城つきしろとカレーライスを食べ、ポテチは母がお土産みやげに持たせた。

 先輩は、その話を月城つきしろから聞いたのだろうか?

 ただ、彼が家族と離れて暮らしていると言うのは、初耳だ。


「……先輩の件は、後で考えよう。まず、月城くんの家に行って来るよ。駅前の新築マンションだって聞いた」

 和樹は言い、久住さんと蓬莱さんに促す。

「二人は先に帰って。ご家族が心配してるだろうから」


「はいはい、オレも月城つきしろ邸訪問に付き合いますよ」

 上野は紙袋の中の白衣を一戸に渡す。

「お前の分だ。お前も家に帰れよ。祖父じいさんが心配するだろう?」

「いや、それは」

 一戸は狼狽うろたえる。

 祖父が厳格な人物であることは、上野も和樹も承知だ。

 学校で警察が介入する事件が起こり、保護者に連絡も入ったのに、帰宅時間が大幅に遅れたとあっては、長時間の説教はまぬがれないだろう。

 

「いや、祖父には電話する。体調不良で休んだクラスメイトにプリントを届ける、と伝えるよ。俺も行く」

 一戸も譲らない。

 この頑固さだけはジジイ譲りだな、と上野は思ったが、口には出さない。

「じゃあ、三人で行くか。女子は、途中下車すれば良いし、オレらは終点の駅前まで行こう」

 

 こうして、上野が話をまとめた。

 女の子たちは途中のバス停で降り、男子たちは終点の駅前でバスを降りた。

 駅のパン屋で、タマゴ入り野菜カレーパンとブルーベリーベーグルを買い、駅前のスーパーで、ポテトチップスと地元企業が製造しているカステラ、紅茶のペットボトルも買った。

 結局、預かった五百円では足りず、不足分は三人で割り勘出費した。


「……何で、オレら自腹切ってんだ?」

「だって、カレーパンとポテチじゃ油っこそうだし……」

「変なトコで気遣いあるな、お前」

 そんな上野と和樹の無駄口を、一戸は黙って聞いていたが、モール近くの12階建ての新築マンションの前で立ち止まる。

 

 外壁はライトグレー、バルコニーの外壁は黒で、スタイリッシュな外観だ。

 月城つきしろは独り暮らしらしいが、ここはワンルームマンションでは無い。

 表向きは『市会議員の息子』なので、ファミリー向けの部屋に何らかの手段で住んでいるのだろう。


「街のド真ん中の新築マンションじゃ、入居費用は相当な額だな」

「変な催眠まがいの能力で、タダで入居してるんじゃねえ?」

 上野の指摘に、一戸も和樹も黙り込む。

 おそらく、その指摘は正しい。

 しかし、今はそれを議論する時では無い。


「……どうやって、中に入る?」

 横を通って玄関の自動ドアを潜った高齢女性を見て、三人は考え込む。

 暗証番号式のオートロックのようだが、やはり住人の後に付いてタイミング良く中に入るより方法が無さそうだ。

 

 すると、先に入った高齢女性が引き返して来て、自動ドアを開けてくれた。

「君たち、月城つきしろくんのお友達でしょ?」

 女性は、入るように手招きした。

 一戸は頭を下げる。


「こんにちは。桜南さくらみなみ校一年の一戸と申します。そして、友人の上野と神無代かみむしろです。月城つきしろくんが体調不良で欠席したので、ブリントを届けに来ました」

「そうなの。今日は、学校は早く終わったの?」

「はい。午後から水道の配管工事があるので」

「じゃあ、お家に帰ってからお勉強ね」

「はい。月城つきしろくんをご存知でいらっしゃいますか?」

「何度か、買い物の荷物を持って貰ったのよ。その制服で、彼のお友達じゃないかと思ったの」

「そうでしたか」

「じゃあ、私はこっちのとうだから。彼に、お大事にと伝えてね。そうそう、これを持って行ってあげて。お見舞いよ」


 高齢女性は、エコバッグから『つぼみ屋』の紙袋を出した。

「ちょうど8個あるから、みんなで分けて召し上がって」

「良いんですか?」

「ええ。仏壇に供えようと買ったんだけど、あなたたちにあげたら、主人も喜ぶわ。大福とお煎餅せんべいだけど、お口に会うかしら?」

「ご厚意ありがとうございます。お言葉に甘えて、みんなで頂きます」

 三人は頭を下げる。

 

 そして丁重に女性に女性を見送ってから、反対側の廊下に向かった。

「……月城は、左の棟の1005号室らしい」

 上野が言った。

 エントランスに掲げられていた、部屋番号と住人の名字が掲げられたボードを見たのだろう。


 エレベーターの中で、上野は感心したように言う。

「しっかし、配管工事なんて咄嗟とっさに思い付くねえ」

「方丈先輩の水撒きを思い出したからな」

「……やっぱり、月城つきしろくんは優しいんだよ」

 和樹は女性から頂いた紙袋を見た。

 『魔窟まくつ』での闘いが始まってからは、人の優しさが殊更ことさらに身に染みる。

 

 1005号室は、すぐに分かった。

 エレベーターを降りると右手に5つのドアが並んでおり、いちばん奥が1005号室だった。

 重々しい木製のドアの上には金属プレートの表札が掲げられている。

 上野は、ドアホンのカメラを覗き見る。

 そして、チャイムのボタンを押したが……20秒ほど待っても反応は無い。

 上野は、もう一度ボタンを押したが変化は無い。

 ドアホンの下には、郵便受け用の白いポストが付いている。

 だからドアには郵便受けの穴が無く、室内の気配を探れない。


「……留守かな?」

 和樹はドアをノックしてみたが、やはり無反応だ。


「……仕方が無い。白衣や食べ物は置いて行こう」

 一戸は廊下に膝を付き、白衣を二人に渡す。

 そして女性から頂いた菓子を見繕みつくろって分け、パンや飲み物もその紙袋にまとめた。

 和樹はノートに破ってそこに上野と共にメッセージを記し、紙袋の上に載せる。


「きっと、受け取ってくれるね」

 玄関横に置かれた紙袋を見て、和樹は期待を込めて微笑んだ。

「じゃ、帰ろうか」

「だな。この制服、目立つしな。市内で、コレを着てるの70人ぽっちなんだな~」

 上野もうなずき、三人は月城つきしろ宅を後にする。

 


 

 彼らが立ち去ってから、15分も経った頃。

 玄関ドアが静かに開いた。

 紙袋を見た月城つきしろは、右腕を伸ばして紙袋を取って中に入れる。

 シーツ1枚だけを体に巻き付けた彼は……廊下に座り込んだ。

 出血はほぼ止まったが、シーツにはまだら模様に血が染み込んでいる。

 髪は濡れたままだ。

 出血が止まるまで、浴室で横になっていたのだ。

 シャワーの湯を浴び、血を流し……

 けれど、湯を浴びても体は暖まらなかった。

 体の半分以上の血を失ったが、死ぬことは出来ない。

 頭か心臓が瞬時に破壊されない限り、死なない。

 だが、まだ死ぬわけにはいかない。


 月城つきしろは、紙袋の上に置かれたノート片のメッセージを見る。



『月城くんへ

 方丈センパイから研究所の白衣とパンとポテチをあずかったから持ってきたよ。

 マンションのおばあさんから和菓子をいただいたから入れておくね。

 具合がよくなったら学校にきてね。待ってるよ。』



 メッセージの最初には自分の、最後には三人の似顔絵が描いてある。

 月城つきしろは、ノート片を足元に落とした。

 触った部分には、赤い染みが滲んでいる。


「……来るなよ……バカが……」

 月城つきしろは膝を抱え、顔を伏せて……泣いた。

 赦されてはいけない。

 痛みと寒さと孤独に浸っている時だけが、心を満たしてくれる。

 罪に追われることだけが、存在している証なのだ。

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