第30話 寿命
連日の雨で地盤が緩んでいたこともあり、余震で山雪崩が起きた。
その規模は大きく、この町の哀しみが広がっていくようだ。
地面に埋まった状態から人を探すのは骨の折れる作業だ。その作業に加わったが、一向に見つかる気配がない。あの光の粒子――神様からもらった力は役に立たない。
それでも必死に探す。
埋まってから72時間が勝負どころと言われている。
その時間を超えると、一気に被災者の生存率が下がる。
それまでの間にできるだけ探すのがいいが、自衛隊やボランティアも作業を行っているが、生存者はたったの二人。行方不明者は二十人を超える。
まだ生きられる命があるというのに、それを失うのは悲しい。
僕には生きている意味があった。みんなそうだ。
生きている。生きようとしている。
だがなぜこうもすれ違う。
なまじ知性があるから些細なことを誤解する。それが嘘となり、相手を区別しわかり合えなくなる。
彼らは気づいていない。
世界はこんなにも簡単だということを。
この短時間にさらに十二人の生存が確認できた。
今後はさらに捜索範囲を広げ、探すしかない。しかしなぜ神はこうも試練を与えるのか。
いや神ですらできないことがあるのかもしれない。
勝手に神格化し、みなが祭り上げたから噂話に尾ひれがつき、その可能性を広げてしまったというのだろうか。
そうだとしても、人外の力を手に入れた僕はどうなる。
これが神の力でなくてどうなる?
時を戻す力と言っていたが、怖くて使えない。使いたくない。
僕は僕のままでいたい。
僕は神になれない。
神になりたいわけじゃない。
「八神くん」
犬星と紗菜が駆け寄ってくる。
二人とも泥だらけで、棒を持っている。その棒で地面を突き刺し、生存者の確認を行う。もちろん強く刺すのではなく、軽くだ。
彼女らも手伝ってくれているのだが、一向に見つからない。
「少し休もう」
「僕はもうちょっと続けるよ」
何もしていないよりも、少しでも行動していた方が考えなくてすむ。
止まっているのは怖い。動いていれば気が紛れる。
疲れた身体に鞭を打ち、歩き出す。
棒をさしてみるが手応えがない。
ここにもいないか。
どれだけ流されたのか、足場の悪い泥の上を歩く。
いくら人手がいても足りない。
「そろそろ休もう。ね?」
犬星が僕の肩を抱く。
時間にして四時間ほど動いていたか。確かに疲労感がある。
被災してから五日。土砂災害が発生してから二日後。
僕は体調を崩し、医務室を訪れる。
過労と診断され、しっかり休むように言われた。
でも、何かしていないと気が済まない。
食料配布の支援をしていると、犬星が叱咤する。
「もう。働き過ぎなんだってば」
そう言って唇を尖らせる。
僕はもうそろそろ限界だ……。
そうだ。その前にこの思いを託したい。
身体が悲鳴を上げている。
もう疲れたんだ。
もう誰かを助けるだけの力もほとんどない。
疲労。
そう言ってしまえば話は楽なのかもしれない。
ヒエラルキーの底辺から、社会の底辺から這い上がるには相当のエネルギーを消費する。
未だに母親とは連絡がとれていない。
同じような避難所で暴れていなければいいが。
今は分からない。
母がどんな精神状態なのか。みんなに迷惑をかけていないといいが。
陰惨ないじめから立ち上がった。
僕は過去と向き合い、その結果を、渇望した希望を、焦燥と切望を、取り戻す。
いじめは人の心を壊す。それは他のいじめ経験者にも言えたこと。
だからすべてのいじめを、いや犯罪を消し去る。
そのために生きる。そのために活動をする。
災害が発生してから十日。
未だに復興したとは言えないが、落ち着いてきている。
僕の手立ては要らない。
そう言っているような気がした。
一方で空き家になった家屋や
僕は飛翔し、犯人を見つけると光の
光のネットは網状に広がった光の粒子だ。それは人を傷つけるようなことはしない。
だいぶ練習したお陰で捕縛用の力を発揮するようになっていた。
しかし、僕の寿命を消費している。
この力は神の加護ではない。死神との契約なのかもしれない。それでも神であることに変わりないが。
身体中の力が消費し、皮膚がボロボロになる。老化の進行だろう。恐らくは。
もう僕はダメかもしれない。
それでも最後の最後まで生き抜いてみせる。
「君はそれでいいのかい?」
銀髪の少女・アシャが訊ねてくる。
良いも悪いもない。
それが僕の
それほど長くない時間の中を生きてきた。
だから分かる。
終わりは悲しいと。
でもそれでもいい。
僕は僕の意思を貫いた。
いじめも、復讐も、もう終わりだ。
僕の望みは、希望はそこになかった。
僕はまだ生きている。
防災センターの屋上にたどり着くと、そのまま前から倒れ込む。
「ふふ。君は面白い存在だよ。神に近しい存在なのに、神を否定する」
どういう意味だろう。
僕には分からない。分かりたくない。
気がついている。
腹の底からの熱をコントロールできるようになってきたのだ。それは普通じゃない。
理不尽には怒るのが人間だ。
――だからこそ、僕は変わってしまった。
許せてしまった。
神に一歩近づいてしまった。
人の子ではなくなってしまったのか。いいや神は人の中から生まれた。
人を超えた存在と言われているが、違う。
周りがもてはやしているだけで、神は人が作ったもの。
あがめ奉ることで神格化されていった。
人を超えた存在と決めつけてしまった。
誰もその道を歩もうとはしなかった。誰もが、過去にとらわれ生きている。
未来を望んでいた人も、こんなはずじゃなかったと嘆いている。
きっと世界の残酷さや寂しさ、哀しみを知って人は成長する。だから陰惨な過去を、苦労を知っている僕は成長したのだろう。
世界が冷たく残酷であるからこそ、人は人に対し温かく優しく接するべきなのだ。
人の心の光を示す必要がある。
人のために人は存在するのだ。
災害を始めとするあらゆる理不尽を乗り越えて人は進化してきた。時間の針を進めてきた。
世代を超えて受け継がれた想いが人を、世界を変えていく。
託されたものは大きい。
その力は大きい。
弱いから託す。
人は弱い。だから託す。
長生きしても、人の心を殺してきた者には分からない話。
すべての理不尽を乗り越えるため、人は人に託す。
人を変えていく。世界を変えていく。
まだだ。
まだやることがあるはずだ。
僕は、僕の意思を託すに足りる人物を探さなくてはいけない。
この気持ちは言葉にできない。人の心の光とは、未だに人が踏み入れていない世界。
僕はその先を目指す。
科学文明を発展させて、あらゆる病気を、理不尽を塗り替えていく。
それが人類の責務、あるいは希望。
人が人らしく生き死にを迎えられる世界に。
みなが人らしく生きるために。
生まれ変わるこの世界のために。
だが誰が悪い。何が悪かったのだ。僕たちはこの世界の結果の子どもだ。
もう二度と、僕たちのような子どもが生まれないために。
取り戻せないもの、それが過去。
逃れられないもの、それが自分。
戻れないというのなら最初から正しき道へ。
そのために僕は最後の力を使う。
みんなが幸せになれるように、僕も働くから。
安心して、犬星。
ありがとう、犬星。
いつも僕を気にかけてくれたよね。
僕はようやく知ったよ。君の気持ちを。
気がついていなかっただけだ。
でもそれでも僕は行くよ。
だってそれが僕の生きる意味だから。
僕の誇りを見てて。
誇りの高さで守ってみせるよ。
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