第31話 ボクッ娘
「お前、うざいんだよ」
体育館倉庫裏で、ぼくは壁に叩きつけられる。
「かかか。こいつ兄貴の悪口言っていたんだぜ」
そのまま頭を殴りつけられ、口の中を切る。
飛び散った血が壁を赤色に染める。
ぼくはいじめられている。
惨めだ。
恥ずかしい。
特に性的な暴行がひどい。
無理矢理衣服を脱がされ、ぼくは真っ裸にさせられる。
もう泣き寝入りするしかないのだろうか。それとも自室にこもって学校には通わないか。
引っ越したい。
もう生きる道はないのだろうか。
ぼくは逃げ出したい。
逃げるのは恥だが役に立つ、とはよく言ったもの。
じゃあ、いじめから逃げるのは恥なのだろうか。
本当にそう?
恥なの?
ねぇ。誰か応えてよ。
ぼくは女の子をとっかえひっかえしていた
ぼくは漫画に出てくるボクッ
そんなぼくが今はいじめを受けている。
誰か助けてよ!
なんでみんな見ているだけで助けてくれないのさ。
ぼくはただの踊らされていたんだ。三畳兄弟の手のひらの上で。
三畳兄弟はぼくの指に触れると、その爪に手を伸ばす。
「やめて! それだけは!」
「うざ」
三畳は爪を引き剥がす。
激痛が走る。
血があふれ出し、その場で悲鳴を上げる。
この声は体育館にも届いているはず。なのに、誰も助けてはくれない。
大事な指を怪我した。
ピアニストとしての夢が壊れていく。
外に出るのもおっくうになってきた。
ぼくはもう生きる意味を失った。
これがいじめなんだ。
初めて知った。
世の不条理さを訴える人が多いわけだ。
これでは精神的にまいってしまう。
連日のいじめにぼくは抵抗もできずに泣き叫ぶことしかできなかった。
だれ、か、助けて、よ……。
三畳がぼくへ歩み寄ってくる。
抵抗できるだけの力がない。
重低音が腹に響く。
なに?
ぼくが音のした方を向くと、一人の少年が立っていた。
細身で穏やかそうな雰囲気をした童顔の育ちが良さそうな顔立ちの子。
その子が手のひらをこちらに向ける。
放たれた光のネットが三畳兄弟を絡め取り、その場に転がる。
「きみ、は……?」
少年は上着を脱ぐと、ぼくの肩に羽織らせる。
「逃げたいなら逃げていい。君は生きろ」
見た目からはほど遠い実感のこもった声に、頷くことしかできないぼく。
光が収縮し、三畳兄弟の身体に食い込む。
殺すの?
穏やかな顔をして怖いことをする。
死んだ二人を見やり、なぜだか涙が溢れてくるぼく。
「きみは?」
「僕かい? 僕は通りすがりの者だ」
僕はそう言い、八神輝星という名を名乗ることなく、その場を離れる。
助けた子を放っておき、僕は飛翔する。
次に助けなければならないのは誰だろう。
僕にできるだけの力があるから。
だから助ける。
僕の思いを受け取ってくれ。
そして生き抜いてくれ。
もう人を殺した身だから。
この手は血で汚れすぎているから。
こんな形でしか役に立たないけど。
でも、僕はまだ生きているから。
帰宅すると警察無線を手に取る。
次の救助者はどこにいる?
僕は焦る気持ちを抑えてボロボロになった手を見やる。
震災以降、兄は外に出ることが多くなった。社会と関わりを持とうとし始めた。
おじさんに叱られた父は反省し、丸くなったが、未だに僕を見ようとはしない。
母の精神も落ち着いているようで、今でもたまに会う。
誰が悪かったのだろう。
誰のせいで僕はこんな理不尽を受け継いでいるのだろう。
今日も夕食を作り、町に出ては人を助ける。
でも、僕はまだ頑張れる。
あのあと、希望の丘に行ってみた。
でもアシャが顔を覗かせることはなかった。
気まぐれな神様だ。
僕に力を与えて、たまに出たと思えば、無駄話をする。
僕は神に気に入られたらしい。
でもなぜ?
僕は今も分からない。
でも分からないことがあってもいいのだ。
分からないことは分からないままで。
愛を知らないわけじゃない。
父と母はもともと、優しかった。
離婚してから壊れた。
僕が「耐えられない」といった言葉がトリガーとなって。
仕方がなかった。では、それは本当に自身が選んだ道か?
道はいくつも前にあり、僕らは選びただたどる。その先に願ったものがあると信じて。その先にはないのだと知って。
今はすぐに過去になる。
もしも、もしもあのとき。
振り返ってみても過去は変わらない。変えられない。
何一つ変えられないこの世界で。
きっと自分の心と、世界は変えられるから。
だから僕も足掻いてみせることにした。
社会に関わり続けて、もっとみんなの笑顔が見たくて。
だけど、それは僕のエゴで。
みんな自身のエゴで動いていて。
それでも人と世界を見つめ続けている。
だから僕は僕のエゴはまだマシなのだと、そう想う。
きっと現実は冷たく残酷で、そんな中で人のぬくもりを、優しさを知る僕だからこそ、できることがあると信じて。
すべてをエゴと言ってしまえばこの世は闇なのだろう。でも、その気持ち悪い理想を、暑苦しい想いを受け止めなければ、前に進めない。人類は進化できない。
みんなを幸せにするのはそんな曖昧で不確かなものであって。
それを僕に教えてくれたのは犬星や紗菜、天沢だ。
僕はこんなにも素敵な人たちに出会えた。
だから変える。
この世界を。
理不尽で残酷な世界を。
生きている限り。
まだ終わっていない。
僕の復讐は。
この世界を変えるまで続く。
もし、この想いが嘘なら、意味のない行為なら、次の世代の子が否定する。その想いを受け継ぐことはない。
でも本当に正しいことなら、次の世代の子が受け止める。引き継いでくれる。
世代ごとにリセットされるからこそ、僕の行為に意味がある。
まだ見ぬ子どもたちへ。これから生まれてくる子どもたちへ。
この想いを届けるために、僕はもう少し生きていたい。
生きている限り、他の人々とふれあい、その願いを、想いを託すチャンスがある。
この想いに共感し、心が響き合える存在と出会える可能性が生まれる。
だから長寿であることは幸せなのだ。
自分を知り、他人を知り、明日を知る。
そうして世界は安定してくるはずだ。
みんなが幸せになれるはずだ。
もちろん、これがみんなの意見ではないことも分かっている。
でも僕はみんなの希望の光になりたい。
そうであれたのならどんなに幸せか。
僕という人間がどんな人生を歩んできたのか。
その過去と今と未来。
それを知り、世界との向き合い方を考えてほしい。
それがきっと道を切り開く。
世界との向き合い方を知れば、もっと優しくて暖かい世界になるのだ。
僕は今日も登校する。
高校はずいぶんと休校になっていたけど、これから始まった。
僕らの世代は色々と問題を起こしたことで、閉校寸前までに追いやられた。
でも校長がせめて在校生が卒業するまでは、とおっしゃってくれたようだ。
僕はこの力も寿命のことも隠して登校する。
前よりも幸せになって。
「よ。宿題やってきたか? 八神」
「光二。やってきていないな」
光二。彼は竹林と接点があったものの、麻薬をやっていることを知らなかった。
彼という友を得た。それに犬星、紗菜。
みんな大切な仲間だ。
僕は仲間が欲しかったのだ。
友達が欲しかったのだ。
そんな当たり前で大切なことを忘れていた。
でももう思い出した。忘れない。
心に刻む。
僕を好きでいてくれるのがありがたい。
僕もそんな彼らを好きでいられる。
いじめは人を壊す。
その心を。
だからなくさなくちゃいけない。
これで終わりにしなくちゃいけない。
だから僕はまた旅立つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます