第29話 避難所

 震災から三日が経った。未だに自衛隊は来ず、助けもこない。

 そんな中、ヘリが飛んでいるのを見ると手を振るという慣習が続いた。

 集まっていたマスコミもへたり込んでいる。

 三日も避難所生活を余儀なくされると、人間はかなり疲弊する。

 泣きわめく赤子に癇癪かんしゃくを起こす子ども、頑固者のおじさん。

 年齢も男女も、何もかも違う人々が集まって生活をしているのだ。不満がでないわけがない。

 中にはご当地アイドルが避難所でライブをして、子どもたちをなだめていた。

 きっと僕にもできることがあるはずだ。

 荷物運びにがれきの撤去作業、家屋に流れ込んだヘドロの掃除。

 壊れた家具や海水に浸かった家具なんかもたくさん廃棄されている。

 それらの手伝いをする。

 僕の家はなんの被害も受けていないからできること。

 それでも人手は足りない。

 まだまだやるべきことはたくさんある。

 午後からは自衛隊がやってきて人命救助を開始する。

 窪地になっていた駅前の浸水エリア。そこに取り残された人々をボートで救出する。

 さらに避難所を圧迫することになるが、断るような無情者もいない。

 みんなの優しさでできている。

 この暖かな気持ちになんて名前をつけよう。

 みんなの希望の光。

 ――そうだ。光。

 人の心の光。

 それがあってこそ、人なんだ。

 人の文明を、歴史を、そして未来を体現するもの。

 それこそが人の心の光に一番近い。

 過去から学び、今を生き、そして未来へとつなげる。

 その本懐こそが、未来を照らす光になる。

 すべての矛盾を抱え込み、生き続ける。

 光でみんなを照らす。

 道を作る。

 僕が僕の意思で。

 陰惨な過去と向き合い――それでもなお笑顔でいられる。そんな世界を望んで。

 未来は決まっているかもしれない。変えられるかもしれない。

 でもそれが世界だというのなら黙って従うのか?

 いいや、違う。

 僕はまだ変えられると信じている。

 だから動く。だから働く。今日も震災で苦しんでいる人たちのために。

 まだ人々の心は癒えないけど。

 でも何もしないよりはマシだ。

 何もせずにいっちょ前に文句を言う奴らとは一緒にいられない。

 変わっていけるのなら、未来は変わるはずだ。

 例え、未来が決まっているのだとしたら、その人生を楽しみたい。

 笑顔になるために。

 全力で頑張る。

 暖かな光に包まれて。

 ――この暖かな心を持った人間でさえ、地球を破壊するんだぞ。

 そうかもしれない。

 でもだからこそ、人の心を信じてみたいと思う。希望の光を信じてみたいと思う。

 きっとその先にある素晴らしい世界が。

 そのために粉骨砕身する。

 自分の身を削ってまですべてをやり直す。

 間違った道を通るくらいなら、最初から正しき道へ。

 それが人のためになると、自分のためになると信じて。

 そのために僕は身体を動かす。

 人々の心を動かすのは、人の心だ。

 それが分かった。分かってきた。

 人生は学校の中で終わるわけじゃない。広い世界がある。

 自分を活かせる場がある。

 それを知ってもらいたい。

 死にたいと思っている人が、いじめを受けている人が、逃げ込めるような光。

 そんな力を持って人を癒やして欲しい。

 みんなを救いたい。

 そんなとうの昔に忘れてしまったヒーロー精神が沸き立つのは、僕の中に深く根付いているから。

 そんな子を育てて欲しい。

 そんな子が増えれば未来はきっと明るいものになる。

 夢物語ではなく、現実を現実と認めるだけなら人類はとっくの昔に滅んでいた。今は違う。変えられることも、変わっていけることも知っている。

 そして僕がその体現者になる。

 人は変われる、と。

 人はまだ先へ行ける、と。

 その足かせを、手かせを外して、前へ進める。

 自分の中の光を他者へ響かせる。

 それができるのもまた人間なのだ。

 人間にしかできないのだ。

 人間は動物とは違う。

 人の意思を伝え広め、響き合える。

 ぶつかり合ったこと。つなぎあえた手のひら、つなぎあえなかった手のひら、つなげていたと思って実はつなげていなかった手のひら。

 そのどれが欠けても、今の僕は存在しない。みんながいたから今の自分がいる。

 みんなが今の僕を形作っている。

 一企業の一従業員。一学年の一人。ある人々にとって、僕はそれだけの価値しかないのかもしれない。いつかは対面しなくてはならない問題。

 それでも行くのは僕がまだ僕でいられるため。

 一人の人間として。

 みんなの中の希望の光として。

 生きているから。

 だからみんなも生きて欲しい。

 悲しいことはもうたくさんだ。

 誰も死んでほしくない。

 もういやなんだ。そんな世界は。

 だから変える。

 変えてみせる。

 人類の一部である僕を。

 僕が変われば、世界は変わる。例え1%だとしても、小数点以下の数値でも変えてみせる。

 他人を変えるよりも、自分が変わる方が遙かに早い。

 そうして未来を変えていく。心の輪を広げて、光を広げて。

 いずれ訪れる幸せの日々を。

 未来を託すに足りる子に出会えれば。

 僕の思いは永延に続く。

 未来を作るのは人だ。若者だ。

 彼らが望み、立ち上がってほしい。

 この哀しみの連鎖を、悪のループを消すために。

 もう誰もが優しくて、暖かな世界へいけることを願って。

 そうでなくては報われない。

 僕も、みんなも。

 歴史上の人物も。子孫も。

 その先を生きる次の世代も。その次の世代も。

 病気や怪我が、簡単に治せるようになってきたように。

 少しずつ、その形や概念を変え、助かる人々が増えていく。

 昔の難病も、今では簡単に治せるようになったように。

 変わっていける。

 その柔軟性と、思いが人の歴史を変えてきた。

 その歴史を知ってほしい。

 その思いを知ってほしい。

 僕にはまだできることがある。

 それがなんなのか、じっくり考える必要がある。

 神様からもらった力を誇示する必要もない。

 まだ闘える。

 まだ生きていられる。

 かち。時計が進む。

 僕はまだ生きている。

 自衛隊が運んできた食糧支援。

 その仕分けを僕は手伝う。

 バナナやパン、レトルト食品、缶詰などなど。

 頑張って仕分けをした。

 あとはみんなに届いてほしい。

 僕の光を。

 僕が生きていた証を。

 僕の思いを。

 伝え広めれば、それはやがて現実をひっくり返すことだってある。世界を変えられる。

 今も昔も、そう願いみんな死んでいったのだ。

 だからもう死なせないで欲しい。

 悲しい終わり方はいやだ。

 もう死んで欲しくない。

 人の死をみた。

 どれもこれも醜悪だった。

 でもそうじゃない。

 醜悪にさせてしまったのは社会だ。

 ちゃんと教えられなかった。ちゃんと響き合えなかった不器用さが招いた結果だ。

 変えるんだ。変わるんだ。

 そうでなくては本当に彼らの死は無駄になってしまう。

 これからはみんなで生きていく。

 その大変さを、難しさを知っているからこそ、変える必要がある。

 みんなで。

 いじめられている子も、家庭環境が劣悪な子も。みんなを救えるだけの力が欲しい。

 震災、病気、怪我。

 すべてから解放され、楽しい人生を送れるはずのみんながいてくれたのなら。

 もちろん麻薬なんて使わなくても、楽しい一時ひとときをおくれるような世界にするのだ。

 その日が来るまで僕は諦めない。

 諦める必要なんてどこにもない。

 僕はみんなの希望の光になる。そうでなくとも、この町を救って見せる。

 腐敗した政府を、裁判所を、変えるだけの力が欲しい。

 幸いにも勉強は嫌いじゃない。

 だからまだ前へ行ける。

 進める。

 だれかが人柱になってしずめないとな。

 だからスケープゴーストは僕一人で十分だ。

 僕は神にはなれない。

 たくさんの人を救うことはできない。

 でも少しなら、ほんの一握りなら助けられる。だから頑張れる。

 僕にはまだ目標があるのだから。

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