第20話 恋
カラオケが終わって次の日。
竹林と光二は僕に話しかけてくれた。
他愛もない。なんてない会話だったが楽しかった。
僕自身、会話をするのは嫌いじゃないらしい。これも新しい発見だった。
この前まで一週間、誰とも話していなかったとは思えない変化だ。
僕が嬉しそうに会話しているのを見て、気持ちが変わったのか、みんなの目線が変わっている。
「ふふん。八神変わったじゃん」
そう後ろから声をかけてくれたのは天沢だった。
鞄を自分の席に置くと、こちらを気にかけてくれる。
それだけで十分幸せだ。こんな日々が毎日続いてくれることを願う。
でもそれはすぐに変わるのだと、今の僕は知らなかったのだ。
昼休みになり、僕の席と隣の席つける天沢。
そして弁当を取り出す。
その行動に疑問符を浮かべる。
なぜ天沢はそんな行動に移ったのだろう。いつも食べているメンバーはどうしたのだ。
「どったの? 食べないの?」
天沢が不思議そうに首をかしげる。
その姿が可愛くって笑みがもれる。
「いや、え。一緒に食べようとしている!?」
「はずいから言わないで」
耳までまっ赤にした天沢はパタパタと自分の手で顔を仰ぐ。
そんな行動も可愛い。
弁当を開ける天沢。
手作りだろうか? 不揃いな形をした卵焼きやミートボールが詰まっている。
僕もならうように弁当を取り出す。
「ほら八神っていつも弁当だったじゃん。それうらやまと思っていたんだよね♪」
何か嬉しそうに食べ始める天沢。
よほどの好物だったのか、ミートボールを嬉しそうに頬張る。
自分で詰めてきた弁当を開け、ミニハンバーグを見つける。
と、天沢が僕のハンバーグをかすめとる。
「いただっき!」
口いっぱいに頬張り、こくこくと頷く。
咀嚼し終わったのか、ニコッと笑う。
「うまいじゃん。誰が作ったん?」
「僕だよ」
照れくさくなりながら言う。
それを見て安堵したのか、ため息を漏らす天沢。
なんでため息を漏らしたのか。もしかして機嫌を
そうだとしたらどうしよう。
またいじめが始まるのか?
それとも、社会的な制裁が加えられるのか?
ひどくおびえた僕に、天沢が優しく声をかけてくれる。
「いや、いい奥さんになりそう、って思って」
「え。奥さん……!?」
僕はこれでも男の子だぞ。
そう反論したかったけど、言葉にならない。
反論することじたいに心苦しいものがあるのだ。
魔林がそうしたように反論の余地すら与えない暴力。それが怖いのだ。
恐怖で震えている僕の手を触れるのは天沢。
「ごめんて! 奥さんじゃないよね!」
あはははは、と笑う天沢。
「なんだよ。天沢、楽しそうじゃん」
僕たちに気がついた竹林が話しかけてくる。
「そう。八神と食べると面白いんだ」
嬉しいことを言ってくれるが、たぶん僕じゃなくても面白いんだと思う。
食事が終わると、天沢はどこかへでかけてしまった。
その代わりと言っちゃなんだが、犬星が近寄ってくる。
「あまり関わらない方がいいと思う」
「天沢さんと?」
こくりと頷く犬星。
彼女が何を思って言っているのか、分からないが、僕にはその権利も義務もない。
変えられないのだ。
「だって彼女、たばこを吸っている、って」
心配するなら誰にだってできる。
なるほど。こういうことか。
「いいじゃない。タバコくらい」
それくらいでいじめが起きないのなら、いいストレス解消法だと思う。将来的には自分に跳ね返ってくる。そう言ったことも含め、自己責任だ。
ただ副流煙は気になる。
確かに止めるべきなのだろう。それが愛情というものだ。
でもすぐに解決する問題ではない。
月ごとに少しずつ本数を減らしていくのが打倒か。
「変える。変えてみせるよ。それも愛情だよ」
「ち、違うの。噂ではやく……」
「大丈夫だよ。犬星は心配することしかできないんだね」
その言葉に真っ青になる犬星。
もう何を言っても無駄だと悟った犬星は顔をしかめるばかり。
だから言った。
心配することしかできない、と。
誰でもできる。
そんな当たり前を当たり前と話すことしかできないのだ。
その点、僕は違う。否定したいことは否定する。それだけの力がある。
――本当に?
美しいソプラノボイスが耳元でささやく。白い部屋に一人、孤独を愛する子。いや、孤独に愛された子というべきか。
僕よりも幼い女の子。長い銀色の髪をし、エメラルドのように翠色の瞳をした少女。
悲しいくらいの悪夢を引き受けてきた子。
「どうして。僕をここにつれてきたのですか?」
僕はその少女に尋ねる。
少女は応えない。
ただ一点を見つめ、なんの話もしない。
なぜ呼ばれたのかも分からない。
応えてくれなければ、僕はどうしていいのかすら分からない。
困り果てていると、ふと少女が窓の外に視線を移す。
そこには同じ少女とワンちゃんが庭を駆け回っていた。
花が舞い散る。小鳥がさえずる。川のせせらぎも聞こえてくる。
ここはどこだ?
確か〝希望の丘〟だろうか?
レオがなくなった場所。失った場所。
僕の生きる意味を。
存在する意味を。
それを否定された場所。
ふと少女は室内に目線を向ける。
悲しげに伏せられた瞳は涙で溢れてくる。
どうしたのだろう。
この子はなぜ泣いているのだろう。
なぜ僕を呼んだのだろう。
分からない。
――君はまだおびえているんだね。
ふとソプラノボイスが聞こえてくる。
僕に尋ねているのだろうか。
そうだとしても、断定的な言葉に恐れを感じる。
彼女は何を思って僕に話しかけてくるのか。
僕はまだ生きていたい。
この子には死をもたらすことだってできる。直感的にそう理解した。
でも僕はまだ死んでいない。
何かを伝えたくてここに呼ばれたのだろう。
何かがあってここにいるのだろう。
それでも口を閉ざしたままの少女。
いやアシャ。
彼女は時の神様。
すべての時を見てきた神様。
時の回廊。
そのすべてを見せるために窓の外にふと目線を送る。
そこに映っていたのは天沢と僕が二人でデートをしている姿だった。
一緒にアイスクリームを食べ、ショッピングをする。楽しい光景だ。
口元についたアイスをペロリとなめる天沢。
彼女は僕のことが好きなのか?
その疑問はすぐに解決する。
銀の指輪を二つ買い、左手の薬指にはめる僕と天沢。
それが意味するのは誰でも知っていること。
何を見ているんだろう。
僕は困惑しながらも、時の回廊を見る。
犬星がさみしそうにこちらへ向き直る。
そしてボロボロと泣き出す。
どうして? どうして泣いているんだ?
僕には分からない。
犬星が顔を曇らせ、静かに泣き続ける。
その横で僕と天沢が幸せそうに微笑んでいる。
だが、その映像は徐々に青い炎に包まれ、蛇がのたうち回るように火の手が広がっていく。
写真が焼けるように、その映像は青い炎で焼かれていく。
そして新たなシーンが浮かび上がってくる。
犬星。
彼女が哀しんでいる。
その顔はひどくやつれている。
何日も寝ていないのか、目元にはクマができている。
その顔が歪み、シャッター音とともにニタニタと笑いだす犬星。
一度補完された記憶はそう簡単には戻らない。
だが、犬星が写真に収めていたのは〝証拠〟だ。
魔林が僕の腹を蹴った、その瞬間を捉えていたのだ。
お陰でネット上では僕がいじめられていたことを認知しているものも多い。
そればかりか、学校、市の教育委員会、いじめ対策本部などに認知された。
そうか。犬星がいなければ、TVで取り上げられることもなかったのか。
彼女は助けてくれた。その恩義に報いなくてはならない。
でも恋は違う。
そんな恩義からくるものではない。
僕は天沢に恋をしてしまったんだと思う――。
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