第12話 犬星如月の本音。
吐き気と闘って10日が経った。50キロあった体重が40キロにまで減っていた。
拒食症。
聴いたことがある。
確か、ストレス性の精神病で体重が減る、カロリーを気にする、などなど。
ただ僕はカロリーを気にせずに食べている。そこらの精神的な病気ではないだろう。
ストレス性というのは事実だが。
一階のリビングに降りると、父が心配そうに見てきた。
「もう、大丈夫なのか?」
10日も引きこもっていたせいか、言葉がうまく出てこない。
こくりと頷くと、父は安心したように、新聞を読み始める。
心配してくれていたんだ。
――心配するだけなら誰にでもできる。
兄が昔言った言葉だ。
確かに心配するだけなら、誰にでもできるのかもしれない。
そう。その先にある手助け・相談までいかないのだ。
なるほど。確かに心配するだけなら誰にでもできる。
実際に助けることは、相談にのることはしないのだ。
ただ心配するだけ。
それで終わり。
その先の展望も、未来もない。
過去にすがり、泣きわめいても、何も変わらない。
本来求めていたのは未来のはず。
だが、僕には未来がない。
僕が生まれてきてしまったせいで、いろんな人に迷惑をかけている。
魔林、菟田野、呉羽。みんな悪だが、それ以外はどうだ?
分からない。
だが傍観者と成り果てて、僕へのいじめを黙認してきた連中だ。
まだこの火は消えていない。くすぶっている。
怒りの炎。憎しみの渦。僕はまだ復讐を遂げていない。
こんなところで諦めてたまるか。
吐き気止めを飲み、久々の外出をする。
父は早々に仕事に向かった。
仕事にかまけて家庭を崩壊させた父。母を見捨て僕たちも見捨てるのか?
父には良い印象を持っていない。まともに子どもを育てているとは言えない。
僕たちはなんとか生き延びている。
金も、時間も、愛もない。
久々に会話をしたのが、さっきのアレだ。
当分、僕はしゃべっていなかったのだ。
ひどい時には一週間、誰とも話さない日もあった。
そんなんだからいじめられるのかもしれない。
僕は陽キャじゃない。陰キャだ。
正確は真面目が取り柄で、決して明るくはない。成績は良く、80点代が多い。
にも関わらず、いじめの対象になってきた。
僕はそんな世の中が憎い。
いじめさえなければ。レオを殺されさえしなければ。
もしも、と何度も考えるが、そんな妄想は泡となって消える。
過ぎた時間にもしもはない。
考えたって無駄なのに、考えてしまう。
もしも、いじめがなかったら? もしも、家庭が崩壊していなかったら?
もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも。
幾多の道のりを考え、もしもを繰り返す。
だが、その先に願った未来があるのか。それは誰にも分からない。
分からない。
分からない。でも、今よりもマシな世界を思い描く。
素敵な未来を想像してしまう。
妄想で人は生きてはいけない。想像だけで生きていけない。
生きる。
なんのために?
僕はなんのために生きているんだろう。
僕にはもう守る者なんていないのに。
誰からも必要とされていないのに。
生きている価値すら分からずに、今日も食事をとる。
他の動植物を食らい尽くす。
ヴィーガンという食概念がある。でも、僕はそんな人たちを認めない。多種族に対して優しいと勘違いしている連中だ。同種を助けることもせず、理想を語っている。まずは同種を助けるのが道理ではないのか? それにも関わらず、同種を見下し攻撃する。
さらには植物に命はない、と断言しているかのうで呆気にとられる。植物だって生きているのに。
僕には分からない。クオリアの違い。
そう言ってしまえば、それまでの話になってしまう。
どうやってわかり合うことができるのか。どうすれば、僕の声を聞き届けてくれるのか。
怒りに身を任せ反抗していれば良かったのか?
それとも、いじめられる運命を受け入れれば良かったのか?
どちらにせよ。僕にとっては地獄だった。
なぜ、いじめるのか。なぜ、未だに生きようとしているのか。
分からない。
……いや、分かっている。この世からいじめを無くすために、僕は僕の復讐を遂げる。
まずはあの犬星如月だ。
僕を見下し、嘲笑していた、写真を撮った、あの犬星だ。殺してもかまわないだろう。
僕はにやりと口の端をつり上げ、顔を洗う。
「あれ?」
ひどく痩せこけた身体。
こんなにも痩せたのに、身体の中にはまだ毒素が残っているような気分だ。
もう出すものは出し切ったはずなのに。
僕は歩き出す。
光の粒子で身体を覆い、姿を隠す。
そして犬星のいる自宅に向かう。
彼女が出ていくことを願い、僕は電信柱の上に降り立つ。
ここからなら狙える。
自宅で着替えている犬星を見つける。
ブラジャー姿の弱味を見せている。ピンク色のスカートを履き、白いTシャツを着る。上着は着ずに、手にした封筒を持って降りていく。
外に出るのか。
僕は玄関を見張る。
外に出てきた犬星。その手には先ほどの茶封筒がある。
近くのポストに投函するのか、切手が貼ってある。
殺してやる!
強い殺気を放ち、僕は右腕を振りかざす。
そこに集まった光。
この光が何もかもなかったことにする。
僕を救ってくれる光。
僕の未来を照らしてくれる光。
僕は、この光しか助かる術がない。
この一発にかける。
放った光の渦は吸い込まれるように犬星の片腕を吹き飛ばす。
しまった! 外した?
なぜ?
気持ちに狂いが出た。
ここまでする意味があるのか? それが脳裏をよぎった。
悲鳴をあげる犬星。
右腕が落ちている。その腕には茶封筒が握られている。
僕はそれを確認するように光の粒子を外し、封筒の中身を確認する。
そこには、いじめを告発する文章と、それを示した写真が載せられている。魔林から何度もいじめに遭っていた、と。
そう記載されている。
「や、八神くん? どうして?」
「これはどういうことだ? 犬星、キミは僕を見下していたんじゃないのか!?」
ひどく狼狽する僕。
優しく微笑む犬星。
「違うよ。わたしはあなたを助けたくて」
ううん、と首を振る犬星。
しばらくして考えがまとまったのか、声に出す。
「それでも自己中心的かな。八神くんを助けられなかったのだから」
哀しげに目を伏せる犬星。
「な、なにを!?」
助ける?
助けられるほどの力を、犬星が持っているとは思えない。
犬星はクラスでも目立たない存在だ。生まれも、育ちも普通で何の取り柄もない。ただのクラスメイト。
その彼女がなぜ、僕を?
それに僕は彼女のことをほとんど知らない。それは彼女も同じはず。
犬星如月は僕を知らない。
「かわいそうと思ったから」
見下した目じゃない。哀れみの目だった。
それは僕の尊厳を踏みにじる行為だ。
「僕は哀れみがほしくて生きているんじゃない!」
「じゃあなに?」
犬星は射貫くような視線でにらみつけてくる。
その目に苛立ちを覚える。
「けっきょくはエゴかよ」
吐き捨てるようように呟くと、犬星は哀しそうに目を伏せる。
「そうね。わたしに関係なく、八神くんは自分で立ち上がった。いえ、墜ちたのかしら?」
墜ちる?
どういう意味だ。僕はただ生きてきただけだ。
自分に邪魔な存在を排除して。あれは人間ではない。生き物ではない。
「あなたは傷ついているのよ。少し休みなさい。もう復讐なんて考えてはダメ」
意味が分からない。
エゴで言っているように聞こえる。僕が犬星に復讐するのを止めようとしている。
そう考えると、沸騰した血液が頭まで上る。
が、冷静な自分がいる。
このままでは僕が疑われる。
光の粒子で姿を消し、その場から立ち去る。
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