第13話 インスティント

 いくら学校でいじめは良くないと教えたところで、自分のしていることがいじめと気が付かなければ意味はない。

 発信者の言葉など、受け手によって変わるのだ。本来の意味で届くことはなく、耳を通り抜けていく。

 自分の感情に振り回され、自分をコントロールできなくなってしまう。それは本能で生きているのと同じ。同種であるはずなのに、野生に近い感覚を持っている証拠だ。

 いじめは他の動物にも見られる行為だ。つまり本能として備わっているものだ。理知的に生きねばなるまい。

 金魚やネズミは、かじったりつついたりすることでいじめる。人間とそう変わらない。

 人間も動物なのだ。ただ中には理知的なものもいるが。

 だがそれはほんの一部。

 本来は動物と大差ない。

 これでは人類の未来が明るいとは思えない。本能のままで生きる、インスティントだ。

 インスティントには言葉など通用しない。自分の本能のままに生き、人を平気で傷つけられる。

 理性的ではいられないのだ。ただの動物。ただの獣。

 故に死んでもかまわない。

 僕にとっては彼らは動物だったのだ。犬であるレオの方がよほど理性的だった。

 あれ。僕は動物を殺したのか?

 レオと同じ動物を?

 そうか。なら恨まれてもしかたない。

 だけど、僕の人生をむちゃくちゃにしたのはあいつらだ。神に選ばれた能力を持つのは僕だ。

 だから殺した。

 死んで当たり前の存在だった。

 人間は愛玩動物ではない。にも関わらず、適切な育成ができなかった家族、先生、地域が悪い。

 そうだ。先生。

 僕へのいじめを黙認してきた先生にも問題がある。

 鎌倉先生を始めとする教師陣。彼らもまた、罪深い人間だ。

 そうだ。動物と化した人間は厄介だ。

 最近では「(加害者の)生徒にも未来はある」と言い切り、人の人生に終幕を下ろした加害者と先生がいると聴く。

 そんな奴らは滅びればいい。

 社会が彼らのような異常者を生むなら、その世界は終わっている。腐っている。

 だから正しい感性を持つ人がそれを食い止めなくてならない。

 僕にそれができるのだろうか?

 いやするんだ。

 この世界に復讐する。

 生きていた証を刻みつける。

 社会が、世界が間違っていることもある。

 僕は神に選ばれた子だ。

 社会の膿は出し切ってしまえばいい。

 僕は僕のやり方で復讐する。

 恨みを、妬みを、そねみを。そんな言葉では抑えきれない感情というものがある。

 抑圧された哀しみを、怒りを僕は体現する。

 そうして腐った世界を見返す。

 僕の言葉が響かなければ、それはもう腐りきっている。もう生きている意味のない世界だ。

 人をまだ見捨てられない僕の意気地なしなのかもしれない。人類に期待しすぎなのかもしれない。

 まだ生きるを知らない者にとって。これは過ぎた力なのかもしれない。

 犬星は僕のことを伝えていないらしい。

 でなければ、警察に呼び出されているはずだ。

 警官が来ていないのだ。

 ネットニュースにはすでに犬星の記事が載っていた。

《少女の腕が吹き飛ぶ!?》

 とショッキングなメッセとともに記事が書かれていた。

 その傷口は溶けるようにしてなくなっていた、と。

 犬星如月が僕のことを話していないと知る。

 ただ記事にはいじめが遭ったと記載されている。それに乗じてか、コメントがたくさんついていた。

『いじめられていた子が復讐しているんじゃないか?』『それにしては犯行が不鮮明だ』『まるで神の裁判だなwww』『やっぱりいじめか』『またかよ。いい加減、いじめは犯罪て言うべきだな』『人の人生がかかってんねんで!』

 様々な意見が飛び交うが、その中にいじめをなくす手段は書かれていない。

 やはり、インスティントは感情だけで動く。民度なんて言葉もあるが、その民度が低い会話をしている。

 僕ならいじめを行った者、黙認してきた者。すべてを悪とする。

 いじめの怖さを知らない者が多すぎる。

 あれは犯罪だ。

 殺しだ。

 精神を殺す。

 僕が十日間も吐き続ける原因でもある。

 精神が弱くなれば、肉体にもダメージがいく。肉体がダメージを受ければ精神にも負荷がかかる。

 この悪夢のような連鎖を断ち切るには、休息と癒やしが必要だ。

 僕にはそれがない。

 楽しいと思えることも、夢中でいられることも。

 昔はあった。

 ゲームやカード、レオととのふれあい。プラモデルやアニメ。

 でもそれも今では〝楽しい〟と感じなくなっていた。

 ただタスクを消費するだけの、惰性で続けているだけの話。

 だからもうそれらは要らない。

 僕は部屋にあるゲームやプラモ、レオとの写真をゴミ袋に詰める。

 もう要らない。

 僕には未来なんてない。陰惨な過去があるだけだ。

 過去は変えられない。変わらない。

 いじめを受けていた頃の記憶は未だに目に、心にこびりついている。焦げ付いたようにまぶたに焼き付いている。

 この記憶を消し去ることなんてできない。

 記憶を入れ替えることも。

 いじめは人生を狂わせる。

 当人がそう思っていなくとも。

 人は傷つく。

 僕も傷つけてきた。

 じゃあ、僕と他人との違いは?

 僕には分からない。

 でも、この世界は間違っている。歪んでいる。

 まだ生きていていいと思える世界ではない。

 生きたいと望む世界ではない。

 力があったからここまでこれた。でも、もしかしたら死を選んでいたこの身。

 なにがそうさせるのか。

 なぜ、そうなるのか。

 世界は冷たく残酷である。

 でも、まだ生きたいと願っている自分がいる。

 あんなに死を望んでいたはずの僕が。

 死が怖いのだ。

 そして孤独が怖いのだ。

 死んだ時、誰も泣いてくれずに、むしろ喜んでいたら――そう考えると、僕は震えるほどの恐怖を覚える。


 ネットニュースには他のいじめ、それに地震の予測、天気予報などが流れてくる。

「今日も雨か。最近多いな」

 僕は外にでる。

 近くのスーパーに買い物にでなくてはいけない。

 どんよりとした雨雲が空を覆い、ぼつぼつと降り注ぐ。

 傘を手にして、スーパーに向かう。

 今日は卵が安い日だ。かに玉にでもするか。明日はハンバーグで……。

 考えながら、スーパーaoiに入ると、出入り口で立ち往生する人にぶつかる。

「ごめんなさい」

「いえ。こちらこそ」

 顔を上げると、そこには犬星の顔を認める。

「あ。八神くん」

 僕が傷つけた、守ってあげなくちゃいけない人。

 いいや、違う。

 こいつはいじめを受けていた僕を見下し、写真を撮っていた悪だ。

 顔に出ていたのか、唇を震わせる犬星。

「あ。あの……」

 何かを言いかけ、口ごもる犬星。

「? なにを言いたいのかな?」

 僕は優しく諭すように訊ねる。

「いや、いじめの件、勝手に報告して」

「いいよ。僕もうんざりしていたし」

 言葉はそこで途切れ、長い沈黙が訪れる。

 犬星のまん丸の目からこぼれ落ちる雫。

「ごめんなさい。守れなくて」

 守る?

 なにを言っているんだ?

 自分を守れるのは僕しかいない。他人に助けを求めたところで色よい応えは帰ってこない。

 他人は所詮他人だ。僕のことも他人事でしかない。

 なのに彼女はなぜ泣いているんだ?

 哀れみ? よしてくれ。僕には必要のない感情だ。

 苛立つ。神経を逆なでされたような気持ちになる。

「ただ哀れまれたって、僕の気持ちは晴れない」

「……そう、でも、わたしには何かできたかもしれないのに」

 恐らく僕が魔林、菟田野、呉羽の三人を殺したのには気がついているだろうに。

 あの力を目の前で見たのだから。

 僕自身、隠し切れるとは思っていない。

 アシャさんから頂いた力。あの光はなんだろう?

 僕には神から与えられた恩恵だと思う。

 そう神は存在したのだ。

 ふと犬星の肩を見る。

 袖がひらりと舞う。

 犬星が苦しみを消すように、さっと隠す。

 僕がやったのだ。

 そう。いじめを黙認してきた犬星に。

 腹の底から沸き立つ黒い感情が抑え切れない。

 犬星が立ち去るのを見届けると、僕は気持ちを切り替える。

 落ち着け、まだその機会じゃない。

 スーパーには監視カメラがある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る