其の十
『小夜の友達、向日葵ちゃんには困ったものだ。彼女のタックルは、私の五臓六腑を的確に破壊してくる。』
四月から一人暮らしを始め、てんやわんやだった四月。少々生活に慣れてきたが、慣れてきたゆえに発生した問題を乗り越えた五月。そして、何となく自分の生活リズムがわかり始めた六月、私は再び大きな問題に直面する。
完全に舐めていた。
この一言に尽きる。初めての一人暮らしとは言え、高校時代の貯金もあるし、一人でもなんとかなる。
そう楽観的になれたのも、最初の二か月だけだった。
私は自宅の座布団の上で、銀行通帳を見てため息を漏らす。このままの支出ペースだとあっという間に貯金が底をついてしまうからだ。できることならば、由香の店にもっとシフトを入れたいところだが、由香の家も別に余裕があるわけではない。給料アップなんて言えるわけもない。出費の問題かと節約など工夫をしてみたものの、支出の方が圧倒的に多い。
自分なりにとはいえ、かなり出費は抑えたほうなのだが……。
となると、残った選択肢は。
「バイト、増やすか」
バイトを増やすことだった。
私は大学の帰りがけに、たくさんの情報誌をもらい、スマートフォンも広げ、吟味を始める。なるべく
給料が高くて、時間の融通が利くところ……となると、かなり選択肢は狭くなってしまう。だが、四の五の言っていられない状況なのも確かである。
「とりあえず、かたっぱしから面接に行ってみるか」
私は狭い自宅でそう呟き、スマートフォンの通話画面を開いた。
「で、バイトのシフトを突っ込みすぎて、死んでると。お前なぁ」
大学。講義が始まる直前の休み時間。私は講堂の机の上に突っ伏していた。このまま講義を寝て過ごしたいところだが、そんなわけにもいかない。私は起き上がり、32円のブラックコーヒーを飲み干しながら、隣で呆れたような顔をしている由香に言う。
「しょうがないじゃん、お金、ないんだもん」
「限度があるだろ、限度が。そんな無茶を繰り返していると、お前本当に死ぬぞ」
「人間、案外、頑丈」
「………………」
由香の呆れたような目線から目を逸らし、私はペンケースからボールペンを取り出し、ルーズリーフを一枚取り出す。まだまだこれらは使うことができるが、いずれか買い替えるもしくは買い足す必要があるだろう。すると、さらに出費が重なる。
「……食事を減らせば、あるいは?」
「それやったら、本気でぶっ飛ばすからな」
低い声を出した由香に軽くチョップされる。すでに何食か抜いているのだが、由香には伝えない方が良さそうだ。
「あんまり無茶を繰り返してっと、小夜にバレるぞ」
私が頭をさすっていると、由香はそう言葉を続ける。私は。
「大丈夫。小夜の前ではそんな様子を見せてないから」
と返す。
すると由香は、身を乗り出し。
「ホントか?」
と言い、かなり訝しげな表情をされた。
それと同時に、講堂のドアが開き、教授が登壇する。講義が始まるみたいだ。
「お説教はまた後でな」
由香はそう言い残すと、教授に身体を向けた。
まったく。由香は心配がすぎる。私が小夜にそんな悟られるわけがない。これでも、隠し事は得意な方だと自分では思っているのだ。
「疲れてないかい? 恵里衣お姉さん」
「ソンナコトナイヨー」
バイトも学校もない土曜日。小夜は首を傾げながら私の顔を覗き込む。眉間にしわを寄せ、私のことを観察しているみたいだ。私はすぐに誤魔化すように手を振り、机の上にあった水を口に含む。
ここは小夜の家の近くにある喫茶店。四月ごろに新しく開店した店だ。大きな窓で、店内がとても明るく、どこか80年代のアメリカ映画のような雰囲気を醸し出している。
喫煙が許可されている店でもあるため、たまに店内が煙たい時もあるが、普段はそこまで煙草を嗜む客はいない。あと、時代のせいなのが、紙煙草ではなく、電子タバコを吸っている人たちも多い……が、私は電子タバコの匂いは苦手であり、それだったらまだの紙煙草の方がまだマシだと考えてしまう。
本来であれば喫煙スペースがある場所に小夜を連れていくべきではないと思うが、前まで使っていたショッピングモールの喫茶店は改装中であり、現在は利用できない。だからと言って、フードコートを利用するとあまりにもうるさすぎて会話がしづらい。それに、子供たちの高音が耳にキンキンと来るのが嫌だった。仕事も学業も休みの時くらいイライラしたくない。正確にはイライラした姿を小夜に見せたくない。
「そうか、私の気のせいか」
たっぷりと砂糖の入ったウィンナーコーヒーを飲みながら小夜は私の顔をジッと見る。本を読まれているわけでもないのに、心の中を読まれているみたいだ。
「目の下のクマやら、ガサガサになり始めてる爪先やらもすべて気のせいなんだな」
「キノセイダヨー」
駄目だ。多分小夜にはバレてる。その証拠に小夜はコーヒーを飲みつつ、軽く頬を膨らませているのだ。
さすがに言い訳が苦しかったか。私は回らない頭で色んなことを考える。しかし私が言い訳を思いつくより先に小夜が口を開く。
「恵里衣お姉さんは嘘がへたくそなんだ。変に取り繕うとあっという間にボロが出るぞ」
何とも厳しい言葉だ。私は苦笑いを浮かべることしかできない。対して小夜は心配そうな顔になる。
「……恵里衣お姉さんが決めたことだ。それを私が口を出して良いことではないのは百も、いや、千も承知だ」
だけどな。と小夜は言葉を続ける。
「恵里衣お姉さんに何かあったら、惠里衣お姉さんが思っている以上に、悲しむ人が多いことを忘れないでほしい」
そう言い、小夜は私の手をそっと包み込む。小さな小さな手だがとても暖かい。
「そうだ。昨日図書委員の子に教えてもらったおまじないをしようではないか。まず、ひらがな五十音が書かれた紙と十円玉を用意して……」
「それやっちゃダメなやつだよね?」
そんな小ボケをかます小夜と、まったりと過ごす。そんな休日。ここ数日の中で一番心が休まる瞬間だ。
確かにここ最近は、バイトと学業でとてつもなく忙しい……が、実家に居た時に比べれば全然マシだ。何より総合的なストレスが少ない。その証拠に以前より体調が良くなっている部分もある。今は確かに相当疲れ切っているかもしれないが、最終学年になれば、少し余裕が出てくるだろうし、一番きついはたぶん今なのだ。今さえ乗り切ることができれば、休むことができる……そう私は考えていた。
「恵里衣お姉さんはすぐに自分を痛めつけるからな。私が見守っていないと」
帰り、小夜にそんなことを言われてしまう。
言うほど、自分を痛めつけているだろうか、わからない。
「小夜に心配を掛けないように頑張るよ」
「それは誤魔化しのテクニックを磨くってことか? 恵里衣お姉さんも人が悪い」
「あ、まぁそうなるかも」
「小夜頭突き」
「いったぁ!?」
腹部に思いっきり小夜の突きをもらい、思わず、くの字に身体を曲げる。遠慮も何もしてくれなかったのか、普通に痛い。
「私の目を誤魔化せると思うな」
「なんていう悪役••••••いただ」
あまり小夜には心配を掛けたくないけれど、この分だと誤魔化せば悪化すほど、小夜にはバレてしまうかもしれない。
小夜は本を読めるわけでもないのに、私のことをちゃんと理解している。怖い……と言う感情はない。仮に小夜に私の本を読まれたとしても、なんら抵抗はない。
「…..確かに私はまだ小学五年生で、子供で、恵里衣お姉ちゃんの力になれないかもしれない。けど」
小夜は私の服の裾を握り続ける。
「頼りにされないのも、それはそれで辛いから」
そう言いながら小夜は私の背中に抱き着く。私はどうすれば良いのかわからなかったが。
「無茶しないようにするよ」
とだけ返した。
小夜を家に送り終わった帰り道、空はまだ明るかったが時刻はすでに夕方を回っていた。今日の夕ご飯は、一昨日まとめて作ったカレーライス。前回は横着して玉ねぎを入れなかったら、なんかあまり美味しくなかったので、今回は玉ねぎはちゃんと入れた。ただ、使い切りたいがために、ジャガイモをレシピの三倍は入れたため、ルゥがとんでもなく固くなってしまった。味に影響はないから全然良いけれども。そんな今日の晩御飯やら明日の予定やらをぼーっと頭の中で考えながら道を歩いていた時、自宅近くの道に見慣れない女性が立っているのが見えた。それは·····。
「……………なんでいるの」
自然、声が低くなる。たぶん今の私が会いたくない人の一人だ。
「恵里衣、元気してる? うちを出てからもう一か月が経ったでしょう?」
妙な猫撫で声で私に話し掛けてきたのは私の母親。ここ二か月、まったく連絡も取っていなかったのに急にどうしたのか。
「元気だよ。じゃあ、私明日学校あるから」
言葉少なに母親の隣を通ろうとしたその時、母親が私の腕を掴む。
「恵里衣お話しましょう?」
「話すことなんてない」
「お母さんにはあるの。ね?」
私は母親の手を振り払う。母親がよろけている隙に、本を取り中身を確認する。
そこには。
「……お金を貸せるほど、私、稼いでないから」
「……えっ」
「あと、母親のためだからって、大学辞めて水商売とかする気もないから。と言うか、お金を稼ぐイコール水商売って、いくらなんでも失礼すぎるよ」
私は母親の本を地面に投げ捨て、アパートの階段を上る。
母親と会話したからだろうか、あの忘れかけていた感覚……胃酸がこみあげる感覚を思い出す。本当に不愉快だ。
『あの人の事業資金にお金を貸したら、大損をしてお金が足りなくなった。そうだ、娘を使えば稼げるか
もしれない』
母親の本にはこう書かれていた。正直、私の能力が間違っててほしいと願った、けれど、母親の反応を見る限り、真実なのだろう。
「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ!! 恵里衣!!」
私が自宅の鍵を開けていると、そんな母親の金切り声と、階段を力強く踏む音が聞こえてくる。絶対に家には入れたくない。私はさっさと家に入り、鍵を閉める。しかし、母親は構わず私の部屋のドアをガンガンと叩く。私は大きなため息を漏らしながら、部屋の中心に移動する。
どうにかして母親を追い払わないと。こみあげる胃酸の味を誤魔化しつつ、思考を巡らせていると、突然。
「うるせぇぞクソババア!! 警察に通報するかんな!!」
そんな声が隣の部屋から聞こえてくる。私は驚き、壁を見つめる。隣の住民名前を古谷(ふるや)と言うのだが、こんな粗暴な人間ではなかったはずだ。大家さんからは。
「女性恐怖症と戦っている最中だけど、根は良いやつさね。きっとあんたの姿を見て悲鳴を上げて逃げるだろうけど、許してやってくれ」
と言われている。そんな人が妙にドスの効いた声で母親に怒鳴り散らしている。
すると、古谷さんの声に驚いたのか、いつの間にか母親はいなくなり、辺りには静寂が戻っていた。私は深い深いため息をつき、畳の上に倒れる。良かった、今日のところは何とかなった。
しばらくして、固い固いジャガイモカレーに舌鼓を打っていたその時、遠慮がちに玄関のドアが叩かれた。私は返事をして、ドアを開けようとしたが。
「ああっ! 開けないでください!! そのままで!!」
とドア越しに言われてしまった。この声はたぶん、古谷さんだ。先程のようなドスの効いた低い声ではなく、聞き覚えのある弱々しいか細い声だ。
「さっきは余計なお世話かと思ったんですが……湯川さんが困っていると思って。すみません。怒鳴ってしまって」
……どうやら、古谷さんは私のために一芝居打ってくれたらしい。私はドア越しに言葉を連ねる。
「いえ、こちらこそすみません。追い払ってくださってありがとうございます」
私がそう言うと、古谷さんは小さく「ははっ」と笑いを零し。
「前職の技術がまさかこんなところで役に立つなんて思いませんでしたよ。でも何事もなくて良かったです」
そう返す。……もしかして元やくざとかだったのかな? そんな物騒なことを考えていると、古谷さんは。
「では失礼致します。夜分遅く、すみませんでした」
と言い、ドアから離れていった。
私こそ、迷惑をかけてしまったのに。
そう言葉を返す前に、隣のドアが閉まる音が聞こえてきた。おそらく家に戻ったのだろう。私は髪の毛を掻き、再びテーブルに戻る。
両親のこと、お金のこと、これからのこと。解決すべき問題は山のようにある。自力でどこまで解決できるのか、正直わからない。だけど。
「あの両親の力は絶対に借りない」
カレーを食べながら一人言葉を零す。例えぶっ倒れたとしても、あの両親の力を借りるもんか。そう心に誓いながら。
大学のキャンパスには勉強をする場所が山のようにある。それこそ、開放されている講堂や教室であったり飲み物や軽食が買えるテラスなど様々だ。その中で私が気に入っているのは、キャンパス内にある図書館。たまーにサークルの連中が騒ぎにくることもあるが、基本的に静かな場所であり、勉強などの作業にもってこいの場所だ。さらに言うと、パソコンも備え付けられているため、調べものもしやすい。……まぁ、私は機械音痴なのであまり活用はできていないのだが。
「これが今週末まで。これが来月……」
私は課題一覧をまとめながら、ルーズリーフに文字を書き込んでいく。計画的に課題を進めないと、バイトの波に押し流されてしまう。バイトを優先しすぎて、学業を疎かにしてしまっては元も子もない。幸い、今現在はそこまで時間のかかる課題はなく、大体一日、長くて三日もあれば片付くものがほとんどだ。今日はバイトのシフトが一切入ってない貴重な日、今日のうちに積み上がり始めた課題を片付けないと。気合を入れ、ボールペンを握ったその時。
「やぁ、勉強中のところすまないね。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
そんな声が聞こえ私は顔を上げる。第一印象は、なんだこのモデル!? だった。それくらい身長が高く、無駄に顔が小さく、無駄に足が長い。髪はうなじが見えるほど短い黒髪。最初こそ男に見えたが、よくよく観察してみると、女性であることがわかる。小夜や朱夜さんとは違う方向性での美女だった。
「ミステリー小説を探しているんだ。できるなら毒殺を主題としているような、そんなミステリー」
「ものすごいピンポイントですね。私に聞くより、司書さんか、スマートフォンで調べた方が早いですよ」
何だろう、女性の態度が物凄く胡散臭い。美女が美女を演じているような、変な感覚を覚える。モデル体型の女性は顎に手を当て、何事かを考えている。そして急に腕を広げたと思ったら。
「なるほど、それは理にかなってるな。じゃあ、司書のところへ案内してくれないかい」
なんだこいつ。
正直、そう思ってしまった。私はため息をつき、ルーズリーフを整える。端的に言うと逃げる準備をしている。こういう訳の分からない思考をしている人間は逃げるに限る。
「おや? 困らせてしまったかな?」
「そうですね」
私はぶっきらぼうに言いながら、勉強道具を整えていく。もちろんこの女性の頭の上にも本……厚紙で、所々日焼けしている赤い本が浮いている。ここ最近は他人の本を読まないようにしていたのだが、この女性の考えがまるで見えてこない。自衛のためにも読み解く必要がありそうだ。
「それでは」
私はわざとすれすれのところまで近づき、女性とすれ違う。その際に、女性の頭の上に手を滑らせ、本を奪おうとした。
しかし。
「おっと、どうしたんだい?」
「っ」
腕を掴まれ、止められた。
由香以来の出来事にほんの少しだけ焦る。私は掴まれた手を振り払い、女性の方へ振り向く。
「ごめんなさい。糸くずが乗っているように見えて」
「なるほど。それは大問題だ」
我ながら下手くそな言い訳を聞きながら女性はくすくすと笑い、私に近づいてくる。女性の双眸が私に近づいてくる。私を見ているはずなのに、どこも見ていないような、奇妙な瞳だ。
「失礼ついでと、帰宅ついでに司書のところへ案内してくれないかい? 私は本当に困っているんだ」
女性は私から離れ、やたらと芝居のような身振り手振りをする。ただのナルシストか? いや、それにしても……。
「どうしたんだい?」
私が考え事をしていると、再び女性が接近してくる。私は少し距離を取りつつ、再び本を奪えないか機会を窺う……が、まったくもって隙がない。私は深いため息をつきながら。
「……わかりました。案内しますよ」
そう言い、先に歩き始める。すると女性は「助かるよ」と言いながら、私の背後にぴったりとくっついていく。物凄く不気味だ。
「ああ、そうだ。湯川くん、私の名前は一···そうだな、太宰一葉って言うんだ」
待て、なんで私の名前を知っているんだ。勢いよく振り返り、女性……太宰一葉を睨みつける。名乗っている名前も名前だ。偽名にしか聞こえない。
「おっと、そんなに睨みつけないでくれよ。君の名前は君の学友から聞いたのさ。デートとしてあげたらすぐに答えてくれたよ」
由香……は絶対違う。由香はこういうカッコイイ寄りの女性は私を奪われる可能性があるからとやたらめったら嫌う。と、なると別の人間か。どこの誰だか知らないが、余計なことをしてくれる。
「司書はあそこのカウンターに居ます。いないように見えても、奥の準備室で作業をしているだけなので、呼べばすぐに出てきます」
私は早口でそう捲くし立て、その場から離れようとする。早いところこの女性から離れたい、その一心だった。しかし、女性は私の手をそっと掴み、にこっと笑う。
「ありがとう。これからも縁がありますように」
「どういたしまして。私は二度と貴女と縁を持ちたくないです」
手を振り払いながら私は言う。太宰……と名乗った女性は肩をすくめ、にこっと笑う。本当に何なんだこの人。
私は何度目かわからないため息をつきながら、図書館から飛び出す。ここが使えないとなると、教室か講堂となるが……今の時間はもう満席になっているに違いない。
「家でやるか·····」
髪の毛を掻きむしりながら私はそう吐き捨てる。太宰のせいで、とんだ一日となった。
それからしばらく、太宰は私の視界に映るようになった。別に太宰が私のことを追い回しているとかそういうのではない。
とにかく目立つのだ。
「やぁやぁ、男子諸君。合コンのセッティングが完成したぞ」
「さすが王子!! 手が早い!!」
「はっはっはっ、手が早いなんて人聞きの悪いことを言わないでくれ、仕事が早いと言ってくれないか?」
今日はどうやら合コンのセッティングをしていたらしい。男連中に王子とか言われてるんだあの人。私は家で作った弁当箱をまとめながらそんなことを考える。確かに、美女ではあるし、男受けも女受けもしそうな顔だ。
……かなり胡散臭いが。
「王子に仕留められない女はいないっすよ!!」
「よっ! サメ王子!!」
「殴られたいかい?」
なんて馬鹿な会話だ。私はスマートフォンを取り出し、由香に連絡を飛ばす。普通に用事もあったし、太宰避けとして使わせてもらおうかと考えたのだ。つい先日、図書館での出来事を話した時は。
『あ? 殴りに行っていいか?』
『駄目に決まってるでしょ』
『じゃあ蹴りは?』
『なんで許可が下りると思ったの?』
興奮しきってしまい、青筋を立てている彼女を抑えるのに本当に時間が掛かった。
そんな彼女をここに連れてきても良いかと言われれば、確かに良くないかもしれないが……。
「私は今狙っている女は一人しか居なくてな」
「マジか……その女終わったな」
「王子は逃さないからなぁ」
なんだろう。太宰に関しては、本当に嫌な予感しかしないのだ。頼れる人間には頼らざるを得ない。
由香は大暴れするが、優秀なボディーガードでもある……多少罪悪感はあるけれども。
「おう、恵里衣。飯終わったか?」
「由香も課題終わったの?」
「おう、諦めた」
「……手伝ってあげる」
「助かる」
あっけらかんとした態度で課題をサボる由香に頭を抱えながら、私は席を立つ。
その時、
ぞっ……っと背中に悪寒が走る。人生で感じたこともない寒気に私は思わず振り返る。私の目線の先には。
「今回はかなり手ごわそうでね……困ったもんだよ」
「鉄の女か?」
「すげーな」
太宰が居た。
つづく
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