其の八

『時折自分の本を読み返すと、■■部分があることに気が付く。今までこんなことはなかったのに。』


 お正月。外はとても寒く、コートを着ていたとしても、動くのが酷く億劫な日でもある。私は、例年通り、三が日は寝正月の予定だった……が、どうにも実家は居心地が悪い。理由は言うまでもなく、両親だ。さらに今日は元旦と言うこともあり、親戚がこの家に集まってきている。その中には母と絶賛浮気中の叔父も居るのだ。『この家に来るもの久しぶりだな』なんて、いけしゃあしゃあと、とんでもない嘘も飛ばしていたが。

 本当なら、今すぐにでも由香の家に避難をしたいところだが、生憎、由香は食堂『魚住』での仕事が忙しい。そのため、由香の家にお邪魔するのが酷く躊躇われる。そうなると、自分の部屋に籠るか、外へ出掛けるかになるが、先程も述べた通り、外は酷く寒い。用事がなければ出たくもない。そのため、私は自室で籠城することと相成っている。何度か両親が部屋から出て来いと扉越しに声を掛けてきたが、全部無視してやった。あの二人と喋ろうとすると、冗談抜きで吐きそうになるからだ。お年玉という釣り餌があったとしても、変わりはない。


「恵里衣」


 そんな声が外から聞こえてくるが、また下に降りてこいというお達しだろうか? 当たり前だが、一階に降りる気など微塵もない。親戚同士勝手によろしくやっていてほしい。私を巻き込まないで欲しい。一種の反抗を決め込み、押し黙っていたところ、もう一度、ドアノックと共に、ドアの外から声が聞こえてくる。


「貴女にお客様よ恵里衣」


 そんな母親の声に私は眉をひそめる。私に客? こんな新年早々誰なんだ? 私はドアの外に聞こえないように、ベッドから立ち上がり、窓から外を確認する。太陽の眩しさに目を細めながら階下を見てみると、そこには。


「……小夜!?」


 なんとそこには、二階の私の部屋に向けて何やらポーズを決めている小夜の姿があった。新年早々何をやっているのだあの子は。私はすぐに窓から離れると、急いで着替えを始める。ハンガーラックに適当に引っ掛けてあったダッフルコートを羽織り、適当に取り出したジーンズを穿き、私は部屋のドアを開ける。部屋の前には少々驚いた表情を浮かべている母親の姿があったが、私は一瞥しただけで、そのまま階段を下っていった。なんとなく、背後から怒りの声を上げようとしている母親の気配を感じたが、親戚が一階に集まっている手前、怒るに怒れないのだろう。何も言わずに私をそのまま見送った。

 自分の娘より、見栄か。

 私は呆れながら、階段を降りる。ずっと横になっていたので、足下がふらふらとおぼつかなかったが、何とか階段から落ちずに、一階へと降り、玄関へ向かう。誰かが応対しているのか、玄関の方から涼しい風が流れているのがわかる。廊下を歩き、玄関到着する。そこに立っていたのは……叔父だった。その姿を見た瞬間、私は喉の奥がきゅっと狭くなるのを感じた。緊張か、はたまた別のストレスか、とにかくとても深いな感覚だ。すると叔父の向こう側から小夜がニュッと顔を出し。


「お。恵里衣お姉さん、居るじゃないか。おはよう、あけましておめでとうございます、だ」


 そう言いながら、小夜は再び謎のポーズをし、挨拶をする。私は軽く小夜に手を振り、叔父の横を通ろうとする。すると、「んだよ出てきたのかよ」とすれ違いざまに叔父が小さな声でぼやく。私がいつ部屋から出てきたって叔父には関係ないのに。


「ふむ。何故恵里衣お姉さんが居ることがわかっていたのに、中には居ないと虚偽の言葉を吐かれたのか些か気にはなるが、ま、些末な問題なんだろうな」


 小夜は皮肉たっぷりに、そう言葉を吐き出す。すると叔父はそんな小夜の皮肉に気づいてか気づかずか、小夜に笑顔を向けながら。


「ごめんごめん。部屋に居たみたいだね」


 なんて、ふざけたことを言っている。そんなとぼけた様子の叔父に小夜は。


「そうだな。子供騙しに引っかからなくてすまなかったな」


 と挑発気味に言う。度胸があると言うか、無鉄砲と言うか……。小夜の言葉に叔父は顔を微妙に引きつらせる。しかし、目の前にいるのは明らかに小さい……小学生。大人である自分が、挑発に乗るのは恥ずかしいと考えたのだろう。叔父は無理矢理笑いながら。


「可愛くないなぁ。ナマイキだぞ」


 と言い、叔父は小夜に向けて手を伸ばす。

 それはとてもスローモーションで、動画のコマ送りのようにゆっくり、ゆっくりと流れる。私は。

 私、は。


「小夜に触れるな」


 自分でも驚いてしまうくらい、低く冷たい声が漏れる。目の前に居る小夜が一瞬びくりと身体を震わせているのが見える。とうの叔父さんは顔を引きつらせて、私を見下ろしている。そんな叔父を一瞥し、私は小夜の裏に回り、しゃがみ込む。そして、太腿を持ち上げ肩の上に乗せる。所謂肩車というやつだ。「ぬおっ!?」と言う小夜の声を聞きながらも、私は自室へ戻るため、小夜を担いだまま、階段を上る。一刻も早くここから立ち去りたい、その一心だった。


「恵里衣お姉ちゃん!! ちょっと!?」

「ほら、行くよ」

「嫌に男前だな!? 私は構わないが良いのか?」

「……何が?」

「あの男の人だ。何だか、顔を引き攣らせていたが」

「……別に良いよ。あんなやつ。あと、この家に居るのも」

「…………そうか」


 これ以上の言葉は無意味だと悟ったのか、小夜は私の肩の上で大人しくなる。よくよく考えたら、この状況自体、かなり変なのだが細かいことを気にしている余裕なんてない。どこかに放り投げてしまった財布とスマートフォンを探す。


「なるほど、恵里衣お姉さんの部屋はこんな感じなのか」

「汚くてごめん」

「ああ、いや。急に押しかけた私が悪いんだ、気にしないでくれ」


 肩の上で小夜がそう言う。私は、すぐにベッドの枕の裏に埋まっていた財布とスマートフォンを見つけ、小夜を肩車しながら、自室から出て階段を下る。玄関には、叔父が私のことを睨んでいたが、すぐに小夜がいることに気が付き。


「お嬢ちゃんたち、お出掛けかい?」


 なんて、宣う。本当に不快だ。すると、小夜が私の肩の上から。


「あぁ、少し野暮用でな。探偵ごっこを約束しているんだ。今、流行りの不貞調査ってやつだ」


 と言った。私は驚き、固まりそうになったが、それ以上に叔父さんの表情が固まった。小夜は少しだけ声のトーンを下げ、呆れたように続けて言う。


「せめて汗と香水の匂いを取ったらどうだ? 小学生にもバレるぞ」


 すると、叔父さんの顔が青くなり、自身の襟を持ち上げ、匂いを嗅ぐ。すると小夜は。


「冗談だ。こういう探偵ごっこが小学校では流行っているんだ」


 叔父さんはそんな小夜の言葉を聞き、固まる。青色だった顔色は憤怒によってか、みるみるうちに赤くなる。


「…………随分と悪趣味な遊びをしているんだね。お嬢さんは」

「PTAに怒られるまではやるさ。我らお子様に強制力がある組織はそれくらいだしな。何、子供いたずらだ」


 一呼吸置き、小夜は冷たく言い放つ。


「『許容できないってことは何か心当たりでもあるのかい?』 なぁ、おじさま?」


 これ以上は良くない。小夜と叔父さんの間で喧嘩が勃発してしまいそうだ。慌てて、私は歩き始める。


「ほら、小夜行くよ。初詣は待ってくれないよ」

「待ってくれ恵里衣お姉さん。神様は待ってくれるだろう? 神主さんが待ってくれないだけだ」

「きっと神様も正月営業で短気だって」

「随分俗物的な神様だな……って思ったが、そういえば日本の神様は俗物的な神ばかりだったな。八百万万歳だな。恵里衣お姉さん」


 そんな会話を小夜と交わしながら、叔父さんの横をすり抜ける。怒りで震えているのがわかるが、これ以上付き合っていられない。私は玄関から外へ出ると、そのままの勢いで玄関の扉を閉める。大きな音が鳴ってしまったが……これくらいは許して欲しい。私は家の敷地から外へと飛び出し、小夜を地面に下ろす。小夜は。「肩車ってこんなぶっ飛んだアトラクションだったんだな。勅使河原さんに謝らないとな」と一人で何か納得した表情で呟いている。私は構わず、小夜の手を掴み、ずんずんと歩き始める。とにかく、ここから離れたかった。

 こんな家、一秒も居たくない。

 そんなことを考えながら、私は小夜を引き連れながら歩き続ける。すると。


「恵里衣お姉ちゃん」


 小夜が小さな声で私を呼ぶ。何事だろうと小夜の方を見ると、小夜は少々困ったような表情で。


「ちょっとだけ、痛い」


 と言う。

 その言葉で私は自分が力一杯小夜の手を握ってしまっていたことに気がつく。すぐに手を離し。


「ごめん、強く、しすぎた」


 と小夜に謝る。小夜はふるふると首を振り、私の手を両手で包み込む。


「私は平気だ。恵里衣お姉さんが落ち着いてくれれば、それで良い」


 小夜はそう言い、私に向けて笑顔を向ける。私はそんな小夜の優しさが嬉しくもあり、罪悪感で胸がちくちく痛んだ。私は場の空気を変えるために苦し紛れに、小夜に話題を振る。


「何も考えずに、外に飛び出しちゃったけど、今日は何する?」


 私が小夜にそう聞くと、小夜は首を傾げ。


「初詣じゃないのか?」


 と言う。

 そうだ、家を飛び出す前に私自身がそう言ったんだっけ。


「あ、ごめんごめん。なんかぼーっとしてた」


 私がそう言葉を零すと、小夜は心配そうな表情になり、再び私の手を両手で包み込み。


「本当に、無茶はしてないか?」


 と聞く。私は小夜の言葉に。


「大丈夫。本当だよ?」


 と返す。しばらく小夜の表情は固いままだったが、ぐぅと言う音と共に、顔をパッと赤くする。


「しまった。私の腹の虫があるとパートを歌い始めた」


 そう言い、お腹を両手で押さえる。その姿が可愛くて私は少しだけ笑ってしまった。すると小夜は。


「育ち盛りなんだから、仕方がないだろう?」


 と言い、私の横っ腹をチョップする。もちろん、痛くない。私は横っ腹に埋まっている小夜の手を握り。


「じゃあ、初詣の屋台で何か食べようか」


 小夜にそう言いながら歩き始める。小夜もすぐに私の横にぴたっとくっつき。


「屋台! そういえば、ベビーカステラという存在を学友から聞いた。一度で良いから食べてみたい」


 そう言い、私の手をしっかりと握り返した。

 私の家から歩いて三十分くらいだるか、大きな神社ほどではないが、それなりの人たちがいる神社に到着する。そこに居る人間は各々厚着をして初詣に勤しんでいた。境内を見渡してみると、甘酒を売っている屋台の他に、ほんの少しだけお祭りをイメージさせる屋台が出店しているのが見えた。小夜はというと、キョロキョロとしきりに首を動かし、興味津々といった様子だ。


「正月だと言うのに、こんなに人がいるんだな」

「小夜は初詣は初めて?」

「あぁ、例年は家に籠もりきりだったからな」


 小夜はそう言い、境内に敷き詰められている砂利を楽しげに踏み鳴らす。私はそんな小夜を見て、そっと手を握る。小夜は首を傾げながらも、私にぴとっとくっつく。私はそんな小夜の頭を撫でながら、屋台に目を向ける。そこにはベビーカステラの文字が。


「小夜、あそこにベビーカステラあるから食べてみる?」


 と小夜に聞く。すると、小夜は輝くような笑顔で。


「食べる!!」


 と私に言う。繋いで手をにぎにぎとするのが大変可愛らしい。手を繋いだまま私と小夜は屋台に近づく。すると、ベビーカステラを焼いている店主のおじさんが、私たちを見るなり、陽気そうな声で。


「おう! 姉妹か?」


 と声を掛ける。すると、小夜はドヤ顔で。


「この人は命の恩人で、大切な人だ」


 と言う。おじさんは一瞬、キョトンとした表情になったが、私の「友達です」という声に大声で笑い。


「こんな若い子を誑し込むなんてお姉さんも、悪いやつだな!」


 と言う。そして、焼きたてのベビーカステラを袋に詰め始める。袋詰めの様子を小夜はキラキラとした目で見守る。


「お嬢さんはベビーカステラはじめましてかい?」

「あぁ。噂には聞いていたが、普通のカステラと違い、濃い茶色の部分はないんだな」

「確かにザラメの部分はないな」


 私はおじさんが袋を差し出してきたので、自分のお財布から四百円を取り出し、おじさんに渡す。「毎度」と良い、おじさんは別の客の接客を始めた。私は小夜が手を火傷してしまわないように、袋の端を持つように小夜に渡す。小夜は袋を受け取り、袋の中から一つ、ベビーカステラをつまみ上げる。


「小さいな!」


 彼女は明るい表情で言い、口の中に放り込む。最初少しだけ熱そうにしていたが、すぐに顔を綻ばせる。


「美味しい?」


 私が小夜にそう聞くと、全力で何度もうなずいて見せる。小夜は夢中になってベビーカステラをいくつも頬張っては、もきゅもきゅと咀嚼している。そんな小夜の様子に私は心配になり、小夜に声を掛ける。


「小夜? そんないっぱい口に詰め込むと……」


 そう言った直後、小夜は「んぐぅ!?」という唸りと共に、噎せ込む。私は。


「言わんこっちゃない!!」


 と言いながら、小夜の背中をトントンと叩く。しばらく噎せていた小夜だったが、すぐに顔を上げ。


「ベビーカステラは恐ろしい魔力を秘めた食べ物だな!?」


 と言った。私は呆れながら。


「慌てて食べるからだよ。ゆっくりと食べなって。ベビーカステラは逃げないよ」



 と言うと、小夜は一瞬間を開けたあと、ドヤ顔で。


「熱は逃げるぞ」


 と言った。

 やかましいわ。そんな小生意気な小夜のほっぺを人差し指で突き回していると、遠くから何やら大声が聞こえてくる。


「ど、泥棒猫!!」


 そんな声と共に、私と小夜の間に何かが割り込んでくる。そこに居たのは。


「向日葵ちゃん?」


 私のお腹に突っ込んできたのは、やたらと私のことを敵視する。小夜のクラスメイトだった。どうやらおめかしをしてきたらしく、薄い桃色を基調とした色鮮やかな着物を着ている。


「今日はおめかし? すごい似合ってるよ」


 私がそう言うと、向日葵ちゃんは顔を真っ赤にし。


「私のことも、ろーらく? するつもりですか!? 見境ないですね!!」


 と言う。

 待って。小夜も物凄い目でこっちを見ないで。


「本当に似合っているんだってば。小夜もそう思うでしょ?」


 私が小夜にそう問うと、小夜は「ふむふむ」と何度か向日葵ちゃんを見渡した後。


「確かに。とても似合っているな」


 と言った。

 すると、向日葵ちゃんはもっと顔を赤くし。


「そ、そうですか?」


 と震える声で言った。

 何度かこの子と接してきてわかったことだが……この子はただただ小夜のことが好きなんだなぁっと感じる。小夜の理解者が増えるのは純粋に嬉しい。話を聞いている限りだと、私と関わりを持つ前は、かなり学校で浮いていたみたいだし。

 と、そんなことをぼんやりと考えていると、小夜は一瞬首を捻り、向日葵ちゃんにこう言う。


「勅使河原さん。一カ所だけどうしても直したいところがあるんだが……良いか?」

「え? いい、いいでしゅ。はい」


 向日葵ちゃんは慌てふためきながらそう答えを返す。何をするんだろうと小夜を見守っていると。帯をぎゅんっと回し始める。


「ちょ、小夜!?」


 私が慌ててそう言葉を投げ掛けると、小夜は。


「大丈夫だ。着物に関してはおばあ様に知識から実技まで叩き込まれている。他人の着付けなんてお茶の子さいさいだ」

「だからって公衆の面前でやることないでしょ!?」

「ふむ、確かに失念していたな。しかし、このまま移動するのも忍びないな……」

「ごめん!! 声掛けた私が悪いね!! だからさっさと着付けてあげて!!」

「ふむ。恵里衣お姉さんがそう言うなら」


 私は慌ててコートを広げ、なるべく向日葵ちゃんの方へ目線が入り込まないように遮る。小夜はとんでもない速度で向日葵ちゃんの着付けを進めていく。着付けられている向日葵ちゃんは突然の出来事に頭の中が真っ白になっているみたいだ。


「ふむ。綺麗にできたぞ」


 数秒後、暢気な小夜の声をが聞こえてくる。私はコートをどかすと、小夜の頭に軽くチョップを落とす。


「公衆の面前で着付けはしないこと。向日葵ちゃんが可哀想でしょ」

「言われてみれば確かにそうだな。まぁ下着やら肌やら見えてないから良いじゃないか」

「良くないから怒ってるんでしょうが」

「なんと」


 私と小夜がそんなやり取りを交わしていると、放心状態から復帰した向日葵ちゃんが顔を真っ赤にする。今日一番の赤面っぷりだ。


「にゃにゃにゃにゃ!?」

「すまなかった、勅使河原さん。思わず公衆の面前で帯を解いてしまった」

「ひゃ。ひゃひゃい!?」

「向日葵ちゃん? 大丈夫? どこかで休む?」


 混乱し、目を回している向日葵ちゃんに私が声を掛け、肩に手を置く。すると、向日葵ちゃんは両目をカッと開く。


「許しませんからね!!」

「え、私!?」

「覚えててくだしゃいね泥棒猫!! コートで隠してくれたこと、感謝なんかしませんから!!」


 そう言い、向日葵ちゃんは神社の外へ走り去って行った。何というか……。


「忙しいなぁあの子も」

「勅使河原さんはいつもそうなんだ。何というかいつも慌てているんだ」

「小夜はさっきのこともっと反省なさい。まだ人が少なかったから良かったものの、場所が場所だったら大騒ぎだったんだよ?」

「それは、その、ごめんなさい」


 しゅんとしている小夜の頭を撫でながら、私は小夜の手を取る。反省はしているみたいだし、これ以上言ったところで、どうしようもない。


「さて、向日葵ちゃんのことは新学期にどうにかするとして……おみくじくらいは引こっか」


 私がそう言うと、小夜は顔をパッと明るくし。


「うん!」


 と元気よく返事した。


 境内の中には破魔矢やおまもりなどのグッズの他に、一回二百円のおみくじがあった。そこには巫女さんがおり、酷く寒そうな顔をしている。……バイトなんだろうか。私は巫女さんに四百円を渡し、小夜と一回ずつ引くことにした。小夜はくじ引き自体が初めてらしく、酷く興奮した様子で箱の中に手を突っ込んでいた。その様子を巫女さんがそわそわとした表情で見ている。私はそんな巫女さんを観察する。何となく、嫌な予感がする。


「これにする!!」


 小夜は高らかに引いたくじを掲げながら、私に向かってそう言う。


「じゃあ、受付のお姉さんに渡そっか」

「ああ!!」


 ウキウキと小夜は引いたくじを巫女さんに渡す。巫女さんはくじを受け取り、くじに書いてある番号の箱を開くため、一瞬後ろを向く。そのタイミングで私は巫女さんの頭の上から本をかすめ取る。重厚で高級感溢れる革製のカバーの本。表紙は金箔が捺されている。隣では小夜が。「む」と言っているが気にしない。中身を開き、最後の方までページをめくる。すると、そこには。


『ちっちゃくて可愛いなぁ。将来、美人さんになるなぁ……。ツバつけておこうかな……』


 と書かれていた。

 私は自分の表情が険しくなったのを感じた。隣に居る小夜もなんだか驚いたような顔をしている。


「お嬢さんのくじの結果はこれだね」


 巫女さんが小夜にくじを渡す。そして。


「お嬢さん、お名前は?」


 と聞く。小夜が口を開く前に私は。


「ツバつけるの、やめてもらえると嬉しいです」


 と言う。

 巫女さんは酷くびっくりした表情で固まっている。小夜は巫女さんからくじを取りながら、首を傾げている。


「私の分もお願いしますね」


 にっこりと笑いながら私も巫女さんにくじを渡す。巫女さんはがっちがちに表情を固まらせながら、私にもくじの結果を渡す。私は軽く巫女さんにお礼を言うと、すぐに小夜の手を引いて、その場から立ち去る。

 あんな危険人物の前に小夜を置きたくない。しばらくすると、小夜が口を開く。


「どうかしたのか? あのお姉さんの本を読んだみたいだが」

「あぁ。ちょっとね。小夜にとって不利益なことになりそうだったから、引き剥がしただけだよ」

「そうか、なら良いんだが……」


 小夜はそう言い、私の手をちょっとだけ強く握る。


「表情が怖いぞ。恵里衣お姉ちゃん」


 その言葉に私は自分が思った以上に険しい顔をしていたことに気がつく。いけないいけない。すぐに笑顔に切り替えると、小夜の方を見る。

 だが。


「歴史資料で見た鬼みたいな表情になってるぞ。何というか、無理矢理口角を上げられた鬼みたいだ」

「鬼!?」

「お、少しましになったぞ」




 それから小夜と遊び、今は夕方。小夜は私が責任を持って、鳴無家まで送り届けた。送り届けた際に、朱夜さんに。「今夜の食事はいかが?」と聞かれたが、丁重にお断りした。何となく、シュンと落ち込んでしまった朱夜さんに罪悪感を抱いてしまった。すると、小夜が。


『今のうちに約束を取り付ければ、良いのではないか?』


 と言い始め、今月末に一度、鳴無家に行くことになってしまった。朱夜さんは大層喜んでいた。

 それから私はとても嫌だったが、自宅に戻った。スマートフォンには不在着信が十件ほど入っていたが、かけ直すことはなかった。きっと電話しても喧嘩して終わりだろう。私は自宅の玄関に到着し、軽く深呼吸をする。家の中からは物音がしない。今日は親戚が夜ご飯まで居座ると思っていたんだが。私は玄関の扉を引く。すると、鍵は掛かっておらず、すんなりと家の中に入れた。扉を開いた先の玄関には見慣れない荷物がいくつか置いてあり、まだ親戚が家に帰っていないことがわかる。どうやら、外に食べに行っているみたいだ。

 そりゃ、何度も連絡を掛けるか。

 私は少々悪いなと思いながらも、食欲は一切なかったため、そのまま自室に戻ろうとした。

 その時だった。


「恵里衣!!」


 甲高い声が家に響く。嫌々声がした方へ顔を向けて見ると、そこには憤怒の表情を浮かべた母親の姿があった。今度は一体何に怒っているのだろうか。別に連絡を取らなかったことなんて、今日が初めてではない。……あぁ、親戚の前でメンツを潰されたから怒っているのか。なんとも面倒な人だ。


「あんたはねぇ!!」


 そう言って、母親は■■を投げつける。何て物を投げるんだ。打ち所が悪かったら、突き刺さっていたところだ。私は■■に向かっ■声を掛ける。


「■■ないじゃん」

「■■■がいけ■■■■」

「■■■■■■■■■。■■■■■■■」


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


 痛い。

 目を覚ましてみると、なんだか全身が痛い。折りたたみ式の手鏡で顔を確認すると、大きな痣が右目にできていた。娘の顔をなんだと思っているんだ。


 と言うか、なんでこんなことになったんだっけ?


 私は疑問符を抱きながら、自分の本を手に取る。なんだか前に見た時より、表紙が煤けてしまっているような。気にせずに中身を確認する。



「恵里衣!!」


 甲高い声が家に響く。嫌■声がした方へ顔を向けて見ると、そこには憤怒の表情を浮か■た母親の姿があった。今■は一体何に怒っているのだろうか。別に連絡を取らなかったことなんて、今日が初めてではない。……あぁ、親戚の前でメンツを潰されたから怒っているのか。なん■■面倒な人だ。


「あんたはねぇ!!」


 そう言って、母親は■■を投げつける。何て物を投げるんだ。打ち所が悪かったら、突き刺さっていたところだ。私は■■に向かっ■声を掛ける。



「……あれ? 何で、こんな」


 虫食いなんだろう。



つづく

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