12

 高笑いを響かせながら、ゼネリアがムチを振り回す。

 そのムチで全身を打たれ叩かれ突き刺され、さすがのウリエルも道路に片膝をついて肩で荒い息を繰り返す。


「なぁに? 大天使の力ってこの程度だったの? 期待して損したじゃない。もう、さっさと終わらせちゃうわね?」


 笑いながら振り下ろされたムチを、ウリエルは左手で掴んで止める。

 予想外の行動にゼネリアの眉間にしわが寄る。


「無駄な足掻きはやめてちょうだい。もう、遊びは終わりよ」


 興味を失くし始めているゼネリアの冷徹な視線がウリエルに突き刺さる。


「はっ、大天使の力がこの程度だって? 早とちりするなよ。天使には翼がある。それも、大天使には八枚の翼がな」

「死に損ないが何言っても醜いだけよ。それでもまだ喋るって言うなら、今度こそ息の根を止めてあげるわ!」

「いい気になるなよ。所詮悪魔は吹き溜まりで偶然形を成した、偽りの生命だ」

「その偽物に、アンタは負けるのよ!!」


 ゼネリアは右手に持ったムチを大きく振りかぶると、道路に片膝をつくウリエル目掛けて振り下ろした。




     *     *     *




 中学生の頃の久由良くゆら秋葉あきはは、花を添えるという表現の似合う大人しい生徒だった。

 今の様に孤立することはなく、親しいと呼べる友達もそれなりにいた。

 日常生活に不満と呼べるほどの事もなく、楽しく学校生活を送っていた。

 転機が訪れたのは県立高校に進学し、二年生に上がったころだった。

 不意に左腕が重く感じることが増え、漠然とした不安を感じる奇妙な悪夢を見るようになったのだ。




 漆黒の中で秋葉あきはが目を開く。

 自分の姿ははっきりと見えているのに、周りには何も見えない奇妙な空間。


(またこの夢……)


 夢を見るようになり、一ヶ月も経つ頃には秋葉あきははその夢に慣れ始めていた。

 初めこそ何か無いかと探し歩いていたものだが、何も見つからないまま一週間が経ち、二週間が経ち、今日で一ヶ月以上経っていた。

 何もない漆黒の空間の中で、変化しているものが一つだけあった。


(また左手の黒い所が多くなってる……)


 最初こそ全てはっきりと見えていた秋葉あきはの身体は、気付いた時には左手の指先から少しずつ漆黒に飲み込まれていっていた。

 今では手首周辺から下は漆黒と同化し、全く見えなくなっている。


(このまま全部飲み込まれちゃうのかな……?)


 漠然とした不安を感じながら、今日も秋葉あきはは漆黒の中を歩き回った。

 結局朝が来て目が覚めるまで、何も収穫は得られなかったが。

 次の夜も、また次の夜も、眠るたびに漆黒の空間の中にいた。

 腕の浸食はやはり広がっていっているようで、どんどんと肘から下の見えている長さが短くなっていっている。

 その頃になって漆黒の空間に変化が生じた。

 秋葉あきはのものではない女性の声が聞こえるようになったのだ。


「誰かいるの?」


 何を言っているのか聞き取れない声の主に向けて、秋葉あきはは何も見えない漆黒の空間へと問い掛けた。

 問い掛けが届いたのだろう。

 今度ははっきりとした女性の声が秋葉あきはの耳に届いた。


「ワタシをここから出して」


 それは助けを求めているようだった。

 依然として声の主の姿は見えないが、聞こえた声の大きさからさほど遠くない所にいる様だ。


「私に出来ることがある?」

「あるわ! アナタにしか頼めないの!!」


 再びの秋葉あきはの問い掛けに女性が嬉しそうに答えた。

 何をすればいいのかと問おうとしたのだろう。

 秋葉あきはが口を開いたと同時に、女性の声が秋葉あきはの耳元でささやく。


「ワタシにも身体をちょうだい」

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