7

 人が死に近付く時、ほんの僅かに空気と風の流れが変わる。

 その変化を全身で感じながら、学ラン姿の乱世らんせは一人で再び夜の商店街を訪れていた。

 メイン通りを昨夜と同じく西から東へと歩きながら、左右の路地に気を配る。

 そしてお目当ての路地を見つけると、その中へと足を踏み入れていく。

 路地を進んだ先でまず見つけたのは、震える足で後ずさりをする会社帰りだと思われるスーツ姿の女性だった。


「い、いやっ、やめて……お願い、助け……っ!!」


 怯えた表情を浮かべていた女性は背後に現れた乱世らんせに気付くと、転びそうになりながらも乱世らんせの横をすり抜けて路地の出口へと走っていく。

 その姿を横目で見送った乱世らんせが視線を再び路地の奥へと目を向ける。

 そこには暗闇に溶け込むように立つ二つ分の人影があった。

 一つは乱世らんせもよく知る人物のそれで、もう一つは見覚えはないが知っている気配の存在だと感じ取る。


(やっぱりそうか……)


 その気配で全てを悟った乱世らんせは、秋葉あきはを安心させるように優しく微笑む。


秋葉あきはちゃんだよね。そっちのお姉さんは、誰?」

「なんで、ここに……」


 乱世らんせに気付いた秋葉あきはは怯えて顔面蒼白になり、質問に答える余裕はなさそうだ。

 一方、秋葉あきはの左隣に佇む女性に慌てた様子はない。

 女性は暗がりでも目立つ白銀の髪に赤い瞳を持ち、随分と魅惑的でセクシーな身体つきをしている。

 世の男性陣は十中八九、一目見ただけで視線が釘付けになるだろう。もっとも、普通の人間であればだが。

 女性の正体に見当がついている乱世らんせの目には、もはや敵としてしか映っていない。


「ねぇ秋葉あきは。誰なの、あの坊や」


 女性の問い掛けが耳に届いていないのか、秋葉あきはは答えない。


「ねぇ秋葉あきは、あれ誰?」

「……ただの転校生よ」


 語気を強めた女性の声にびくりと身体を震わせながら、秋葉あきはのか細い声が答える。


「そう。それじゃあ、ワタシの食事の邪魔をしないでくれる? 転校生の可愛い坊や」


 どう見ても食べ物とは無縁なこの場所で食事の邪魔といいながら、女性が蠱惑的な笑みを浮かべる。

 少し不機嫌でありながら楽しさも滲ませている女性とは対照的に、秋葉あきはの顔色がどんどんと悪くなっていっているのが見て取れた。

 その様子から乱世らんせは自身の予想が的中していることを確信する。


(早くどうにかしないと)


 このままでは秋葉あきはが危険であることを知っている乱世らんせは、女性を挑発するようにニヤリと口の端を上げて笑った。


「食事ねぇ。ということは、お姉さんが切り裂き魔なのかな? まさかこんなに美人なお姉さんが猟奇事件を起こしてるなんて、神様も意地悪だよなぁ」

「ちょっと坊や、ワタシの話聞いてるの? それとも死にたいの?」


 わずかに苛立ち始めた女性に乱世らんせの笑みが深くなる。

 能天気で取るに足らない、女性にとっては邪魔な存在でしかない乱世らんせの口から続いた言葉で、その後女性は至極楽しそうな笑みを浮かべることとなった。


「ちゃんと聞いてるよ。秋葉あきはの左腕に寄生している美麗な容姿の悪魔さん」




 悪魔。

 神話や伝承などに登場する空想上ものとされている存在。


 しかし、乱世らんせの言う悪魔はそれとは少し違っていた。

 人の周りに闇が生まれる。生まれた闇は寄り集まって形を持ち、現実世界に害を及ぼし始める。

 その闇が肥大化し実体を得たモノを、乱世らんせ達は通称悪魔と呼んでいるのだ。

 悪魔は総じて人間に憑りつき、その人間から生命エネルギーを得て実体化する。

 実体と一口に言っても形は様々だ。

 トカゲや魚、鳥などの様々な生き物の形を模して作られる。そして時にはこうして人型を取るものもいる。




「ワタシの正体知ってて関わりに来るなんて、坊やはひょっとして自殺志願者なのかしら。もしそうだとしたら残念だけど、他を当たって? ワタシは自分で見定めた人間にしか手を出さない主義なの。ごめんなさいね、坊や」


 楽しそうな笑みを崩すことなく、でもどこか申し訳なさそうに喋る悪魔に乱世らんせは表情を引き締めた。

 今の乱世らんせには、彼女の興味を引くだけの魅力がないらしい。

 しかし、そうですかと言って引き下がる訳にもいかないし、逃がす訳にもいかないのだ。

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