6

 翌朝。

 一人で暮らすには少しだけ広いワンルームの自宅で朝食を取っていた乱世らんせは、朝のニュースで昨夜の女性が一命を取り留めたことを知った。一先ずまだ誰も本当の意味での犠牲者にはなっていないようだ。

 昨夜の女性を置き去りにした事に、少なからず罪悪感があった乱世らんせはほっと胸を撫でおろした。

 何かと転校することが多い為、荷物があまりない殺風景な部屋の中で朝食用に焼いたトーストを食べ終える。

 今日は土曜日で学校は休みだが、乱世らんせは気にすることなく学ランを身に着けて家を出ていく。

 秋葉あきはにもう一度会う為に。




 スマートフォンに表示されている地図を頼りに秋葉あきはの家へと向かう。

 通常ならば知り得ない秋葉あきはの自宅の場所を何故知っているのか。

 それは別に乱世らんせがストーカー行為をしたからという訳ではない。

 端的に説明するならば、乱世らんせのスマホが特殊なものだからという一言に尽きる。

 乱世らんせ自身もよくわかっていないらしいが、個人情報だとしても調べたい情報のある程度は手に入るように出来ているそうだ。

(文明の利器っていうには少し語弊があるんだよなぁ……)

 そんなことを考えていた乱世らんせ秋葉あきはの家へと向かう道すがら、再会の時は突然訪れた。

 ちょうど前方から秋葉あきはが歩いてきていた。

 学校が休みにもかかわらず、秋葉あきはも制服であるセーラー服を着ている。

 はやる気持ちを抑えながら、乱世らんせはつとめて自然に秋葉あきはに声をかけた。


「こんにちは、秋葉あきはちゃん」

「……転校生だっけ?」

「そう。乱世らんせって呼んでくれると嬉しいな」


 転校生であるということだけでも覚えていてくれたことに安堵しながら、乱世らんせは少し話がしたいと秋葉あきはに申し出る。

 訝しげな顔をしながらも、教室でのように拒絶することはしないようだ。

 そう、何故なら秋葉あきはは気付いていないのだ。昨夜、商店街の路地裏を走り抜けた姿を乱世らんせに見られていたことを。

 回りくどいことを言って再び秋葉あきはに逃げられないように、乱世らんせが単刀直入に問い掛ける。


「昨日の夜、商店街にいたよね?」

「何のこと?」


 秋葉あきはの眉間にわずかにしわが増えた。

 さすがの乱世らんせもすんなりと正直に話してくれるとは思っていない。

 それでも確かめなければならないことがあった。


「俺、見たんだよ。秋葉あきはちゃんが商店街の路地裏を走り抜けて行くところ」

「人違いでしょ」

「そうかな? あぁ、そういえばその子、左腕に黒い靄がまとわりついてたんだよね」


 乱世らんせのその言葉に秋葉あきはの顔から表情が消え、次いで怯えたように青白いものへと変わる。

 もちろん、黒い靄の話はでたらめだ。そんなものを昨夜の乱世らんせは見ていない。

 だが、秋葉あきはの表情の変化は乱世らんせの中で一つの確信を生んだ。


「俺なら助けられるかもしれない」


 言葉とは裏腹に自信に満ち溢れた乱世らんせの声に、秋葉あきはは思わずすがるような視線を向けた。

 しかしすぐに視線は自身の足元へと向かい、隠すように左腕を抱え込む。


「……放っておいて」

「嫌だと言ったら?」

「もうこれ以上、誰も巻き込みたくないの!!」


 再び顔を上げた秋葉あきはは泣いていた。

 涙をこぼしながら、つらくてたまらないといった表情で乱世らんせを拒絶すると、そのまま来た道を走って行ってしまう。

 今度はさすがに乱世らんせも呼び止めることや引き止めることをしなかった。

 代わりに心の中で一つ決意をする。


(俺が必ず助けるよ、秋葉あきはちゃん)


 自分自身に誓いを立てて、乱世らんせは一旦自宅へと帰っていった。

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