3

 昼休みが終わり、残っていた二時間分の授業も全て終わって下校時刻になった。

 皆それぞれの部活動や帰路へと向かおうとする中、善は急げと乱世らんせ秋葉あきはに近付いて声をかける。


久由良くゆら秋葉あきはさん。ちょっといいかな?」

「誰?」

大居おおい乱世らんせ。このクラスに三日前に転入してきたんだ。聞いてない?」

「知らない」


 突然の呼びかけに訝し気に問いかけた秋葉あきはだったが、乱世らんせの返事に興味の無さ全開でそっけなく答えると、そのまま通学鞄を手に椅子から立ち上がった。その姿に乱世らんせは慌てて秋葉あきはの左腕を掴んで引き止める。


「ちょっと待って」

「触らないで! 私は、私の左腕は、私の物じゃないの!! お願いだから私に関わらないで!!」

「えっ!? ちょっと待ってよ、秋葉あきはちゃん!!」


 乱世らんせの右手が秋葉あきはの左腕に触れた刹那。突然秋葉あきはは大声を上げて捕まれた手を振り払うと、そのまま走って行ってしまった。教室中に響き渡った不可解な言葉だけを残して。

 初めて聞いた秋葉あきはの怒鳴り声に、教室に残っていたクラスメイト達の視線が乱世らんせに集まっている。しかしそんなことを気にしている余裕は今の乱世らんせにはないようだった。


「俺が呼び止めた女の子に逃げられるなんて……。それにしても、私の物じゃないってどういうことだ?」

(掴んだ左腕の感触は確かに人間の、秋葉あきはちゃんのものだった)


 呆然としながら秋葉あきはの左腕を掴んだ右手を眺める。


(それなのに自分のものじゃない?)


 百戦錬磨のモテ男は女の子に逃げられたことよりもそっちの方が気にかかっていた。


「なあ木立こだち、腕が自分の物じゃないってどういう意味だと思う?」

「さっきのか? 気にするだけ無駄だろ?」


 しずしずと自分の席に戻った乱世らんせは、前の席に座る木立こだちに問いかけた。先程の秋葉あきはの声は木立こだちの耳にも届いていたようだが、大して興味はなさそうだ。

 体半分振り向いて答えた木立こだちは、乱世らんせの表情を見て僅かに目を見張る。


「なんか、えらく落ち込んでるな……。そんなに逃げられたのがショックだったのか?」

「それもあるけど……」

(……少し真面目に考えてやるか)


 煮え切らない乱世らんせの返答に、木立こだちは仕方がないなといった風に椅子に後ろ向きに座り直す。

 乱世らんせも力なく自身の椅子に座り、右手で頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺めている。

 出会って三日。

 いつも自信に満ち溢れていた乱世らんせの初めて見る表情に、木立こだちは意外さを感じているようだ。

 元よりお人好しな性格の木立こだちは、落ち込んでいる乱世らんせに対して思いついた考えをそのまま口にしていく。


「ま、単純に考えると何か別のやつの物って事だよな。例えば他の腕を移植したとかさ」

「移植……」

「……お前、今日初めて会ったのにそんなに久由良くゆらの事好きになったのか?」


 少しでも乱世らんせの気持ちを上向かせようとしてか、木立こだちがからかう様に問い掛ける。

 一目惚れだとかそういった回答があると思っていただろう木立こだちの期待は外れ、全く予想していなかった言葉が乱世らんせの口から発せられる。


秋葉あきはちゃん、泣きそうだった」

「は?」

「俺の手を振り払った時、涙目だったんだ」


 走り去る秋葉あきはの目に浮かんでいた光るものが、悲しくて辛いのを耐えているその表情が、乱世らんせの脳裏に焼き付いて離れなくなっている。

 乱世らんせは女の子が大好きで、キラキラとしたその笑顔が大好きなのだ。

 だからこそ余計に女の子が泣くのは苦手で、泣かせるやつは許せなかった。


「……助けたいな」


 ぽつりと零れ出た呟きは誰に届く事もなく消えた。

 何が原因なのか、聞いたところであの反応を見る限りきっと秋葉あきはは答えないだろう。


秋葉あきはちゃん、どうしたら笑ってくれるかな?)


 ぼーっと窓の外を眺める乱世らんせの中に、秋葉あきはを助けたい。その笑顔が見たいという思いが募っていくのだった。

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