第4章
第24話 シスネの証言
シスネが大変身を遂げた翌日。フィッツクラレンス家の客室に、真剣な顔をしたシスネといつも通りのアルヴィン、それからエマの三人が座っていた。
今日のシロは侍女ではなく、オコジョの姿でアルヴィンの膝に着席している。もちろん、ソファの背もたれに止まっているシマエナガたちも含めて、シスネにその姿は見えていない。
そんな中で、アルヴィンが淡々と手元の書類を読み上げた。
「マリー・カレンベルク伯爵令嬢。アリシア嬢やシスネ嬢らの古い友人の一人で、エマが吊るしあげられた事件の一週間ほど前に婚約破棄をされている」
その言葉を聞きながら、エマは一人の令嬢を思い出していた。
エマが断罪されたパーティー。あの場で、「あなたのせいよ!」とエマを叩こうとしていた黒髪の令嬢。それがマリー・カレンベルク伯爵令嬢だった。だがそれ以外は、ぼんやりとしか思い出せない。
「そのマリー嬢が、エマを犯人だと証言している。――それで間違いないだろうか?」
アルヴィンに問われたシスネが、ぎゅっと手を握ってうなずく。
「はい。一番最初に『エマ伯爵令嬢がやった』と言ったのが、マリーさまだったんです」
その言葉に、アルヴィンが再び書類に目を落とす。
「私の方でも調べたが……マリー嬢以外の証言者である他の令嬢たちも、どうやら彼女に誘導される形でエマを犯人だと思い込んでいるようだ」
半月前、独自に調査をしていたシスネが、「確信がつきました」と言って教えてくれたのがマリーの名だった。それを聞いてアルヴィンが即座に調査を始め、その報告を待ちながらエマはシスネと減量に励んでいたのだ。
そしてアルヴィンから「結論が出た」と招集されたのが、今日。
「やはり、わたくしのせいで婚約破棄されたのを根に持っていたのでしょうか……」
エマが呟くと、すぐさまアルヴィンが否定する。
「いや、そういうわけではないようだ」
続くシスネも、難しい顔で言う。
「あたしも、最初はエマさまと同じことを思ったんです。でもマリーさまの元婚約者に話を聞きに行ったら、どうも違うみたいで……」
「違うのですか?」
エマの問いかけに、シスネは一瞬ためらったようだった。しばらく悩んだ末に、重い口が開かれる。
「……お友達のことを悪く言いたくないのですが……マリーさまは元々流行に敏感で、とてもおしゃれな方でした。その、誤解を恐れずに言うなら、派手なものがお好きで……」
「浪費家ということだな」
シスネが濁した言葉を、アルヴィンがあっさりと告げる。
「そ、そうとも言います……。でもマリーさまのおうちは伯爵家ですし、何も疑問に感じてなかったんです。ただ……」
そこで再びシスネが言葉を濁した。言いにくいのだろう。察したアルヴィンが、引き継ぐように言った。
「どうやらドレスを買う金欲しさに、自分の持参金にまで手を付けたらしい。それが婚約者の家にも露呈して婚約破棄された、というわけだ」
「……ということは、わたくしは一切無関係だったと?」
「そういうことだな。かの家のお坊ちゃまはエマにのぼせ上っているが、それは婚約を破棄した後だったと本人が証言している」
エマはぱちくりとまばたきをする。
――全く理解ができなかった。
エマのせいで婚約破棄されたというのなら、まだ納得もいく。だが今回の話を聞く限り、エマは完全に無関係だ。ソファに止まるシマエナガたちも、チルチル? と不思議そうに首をかしげている。
「あの、どうしてわたくしを犯人に仕立てようとしたのでしょう……。というかわたくし、殴られかけた気がするのですが……」
エマが呟くと、アルヴィンは目を細めた。
「全くもって腹立たしいが、それは本人を問い詰めるしかないだろうな。……だがその前に、もう一人会わなければいけない人物がいる」
その言葉に首を傾げ――すぐに思い当ってエマは顔を上げた。
「アリシアさまですね」
エマを犯人に仕立てようとしたのはマリーだが、エマを直接告発したのはアリシアだ。まずは彼女に会い、告発そのものを取り下げてもらう必要がある。
「すぐにでも行きましょう。わたくしはいつでも大丈夫です」
「そういうだろうと思って、この後約束を取り付けてある。シスネ嬢も同行して欲しい。君がいた方が話もしやすいだろう」
「はい! そのつもりです」
皆が立ち上がる中、アルヴィンがエマを見て言った。
「エマ、ひとつだけ言っておくことがある」
「なんでしょう?」
「今のアリシア嬢を見ても、驚かないように」
(アリシアさまを見ても、驚かない……?)
「なぜですか?」
理解ができず、エマは聞き返した。
◆
バシュレ公爵家は何人もの王妃を輩出してきた、この国有数の大貴族だ。
その邸宅は王宮かと見紛うほど大きく広く、再度目にしてやっと、エマはここに一度来たことがあるのを思い出した。
広すぎて王宮とごちゃ混ぜになっていた場所だと記憶が語っている。
その豪華さは屋敷前の道から始まっており、門をくぐった先にあるのは富の象徴とでも言うべき豪華絢爛な庭園だ。
咲き乱れる薔薇に、複雑な形に刈り上げられた
素人であるエマの目から見ても、何人もの庭師が精魂込めて作ったものだとわかる。
屋敷の中に一歩踏み入れれば、今度は磨き上げられた床と染み一つない壁紙がエマたちを迎えた。置かれた調度品は品良く、それでいて一目で高級品とわかるものばかり。
圧巻の回廊を抜けて案内されたのは、これまた上質な赤い絨毯が敷き詰められた賓客用の客室だ。
だがそこで待っていたアリシアは、以前見た時とは別人のようだった。
アルヴィンに釘を刺されていなければ、「どうしたのですか!?」と声をあげていただろう。
それほどに、今のアリシアはやつれていた。
いや、やつれきっていた。
「……この度は、エマ伯爵令嬢さまにご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。全ては私の傲慢と怠慢から招いたこと。謝って許されることではありませんが、心よりのお詫びをさせてください……」
鮮やかな赤のベルベットドレスは、その価値に相応しい上質な輝きを放っている。
だというのに、肝心のアリシアは何もかもがくすんだように色あせていた。
見事だった金髪は艶を失い、頬は化粧をしても隠し切れないほど血色が悪く、頬も体も、以前よりずいぶん細くなった気がする。
何より、以前はあれだけ力強く輝いていた緑色の瞳が、今は光を失い虚ろに宙を彷徨うばかり。
まるで一切の幸福と希望をはぎ取られたような、そんな顔をしていた。
なんと返していいかわからず、エマは悩んだ末に言葉を絞り出す。
「……わたくしはもとより気にしていませんので、どうか気にしないでください」
エマの言葉に、アリシアがまた深々と頭を下げた。
「エマ伯爵令嬢さまの、寛大なお心に深く感謝いたします」
その声は、まるで泣き叫んだあとのように乾いてかさついている。
エマは不安になって、右に立つアルヴィンを見た。
目が合った彼は、「だから言っただろう」と言わんばかりの表情だ。左にいるシスネは、アリシアのやつれた姿を見て今にも泣きだしそうになっている。
かすかすになってしまった声で、アリシアが続けた。
「私の間違った告発は、先日速やかに取り下げました」
その顔に生気はなく、見ている方が心配になるくらい。
「この度は、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この償いは私の生涯に代えても、必ず――」
「あの、それよりあなたは大丈夫なのですか?」
我慢しきれず、エマは口をはさんだ。その瞬間、アリシアの顔が強張る。
触れればすぐにでも倒れてしまいそうな彼女に、エマは慎重に言葉を重ねた。
「先ほども言った通り、わたくしは全然気にしていません。告発が取り下げられたのならそれで大丈夫です。ですがあなたは……アリシアさまは、大丈夫なのですか?」
アリシアは答えない。ただ痛みをこらえるように、ぎゅっと唇が引き結ばれただけ。
エマがもう一歩進み出た。
「あの……失礼を承知でお聞きしたいのですが、アリシアさまが婚約破棄をされたというのは、本当なのでしょうか?」
アリシアの大きな瞳が揺れた。
かと思うと瞬く間に目が潤み、一筋の涙が静かに頬を伝う。
彼女はゆっくりと口を開いた。
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