第4話 青薔薇のペンダント
なんだかよく分からないけれど、とりあえず、私の作っていたものがただのアクセサリーじゃないということまでは分かった。
それにしても、聞き捨てならないことが。
「……願いを叶える魔宝石って言うけど、それって誰でも作れるの?」
「理論上は、材料さえあればできますよ」
「それ、私じゃなくても良くない?」
部屋に戻ろうと踵を返しつつ疑問を呈してみれば、ラチイさんはあっけらかんとそんなことを言った。
私とラチイさんが初めて出会ったのは、ハンドメイド作家が集まるイベントだ。
デザインフェスタと呼ばれるあの催しは、たくさんの作家さんが自分の作品を出店しているフリーマーケット。
レジン歴ようやく二年目に突入したばかりの私よりも、素晴らしいアクセサリーを造るプロだって大勢いたはず。
それなのにどうして、ラチイさんは私を選んだの?
疑問符を飛ばしてみれば、ラチイさんが立ち止まって、そっと襟元に指を差し入れる。
その指先に注目していれば、出てきたのは青い薔薇を模した――私の、レジン?
「ラチイさん。それ、私の……」
「俺が初めて智華さんから買ったものです。あの時はお金がなかったので、これしか買えなかったんですけど。俺の宝物ですよ」
宝物、と言ってくれたラチイさんの言葉。
頬に熱が集まってくる。
自分の作品を宝物と言ってくれた! 嬉しさと気恥ずかしさで、胸がどきどきしちゃうよ……!
視線をうろつかせていれば、ラチイさんは首の後ろにスッと腕を回した。ペンダントを外して、私のほうへと見せてくれる。
濃淡を散らした海色の薔薇に、緑の葉をイメージしたレースのように繊細な台座。そして、台座の下部にはパールが一つ揺れている。
間違いなく、私が作ったレジンアクセサリー。
「あの場所には確かに優秀な職人が多くいました。俺はあそこで多くの魔宝石に類似するアクセサリーを見ましたが……俺が惹かれたのは、智華さんだけです」
「え……」
愛の告白にも似たその台詞に、私の頬にまたちょっぴり熱がのぼる。
ラチイさんが言いたいのは私のレジンアクセサリーのことだって分かってるけど。でもこれは、ちょっと、めちゃくちゃ、恥ずかしい……っ!
「異世界へ行ったのは気まぐれみたいなものでした。俺はたまたま時空系の魔法に特化した魔力を持っていたので、試しに異世界にも魔石がないのか探していたのです」
ラチイさんは青薔薇のペンダントのレジン細工の部分を指で摘まんで、空へと翳した。
空の青より、少しだけ緑がかった色の薔薇。
本当のブルーローズなら、この空のように真っ青な色をしていたはずの物。
「俺にもどうしてかは分かりません。でも、俺の直感が囁いた。智華さんの作品ほど、強い想いの籠められた作品はないのだと」
「想い……かは分かんないけれど、意味はたくさん籠めたよ」
例えば、ペンダントの主役になる青薔薇。
これは私の大好きな宝石を模したいと思った。
ブルーローズらしくサファイアみたいな色にしようかとも思ったけど、選んだのはインディゴライト。
ブルートルマリンとも知られる石の宝石言葉は『芸術的センス』。デザフェスに出店するなら、と思って宝石言葉にあやかってみた。
そして薔薇。特にブルーローズの花言葉は、『不可能』と『可能性』。
不可能を可能に変える、かっこいい言葉。
こんな私が作ったアクセサリーでも、誰かの手に渡るのを考えたとき、その人が青薔薇の花言葉に励まされるといいな、と思った。
そして手に取ったのはラチイさん。
それはたまたま目についただけなんだと思っていたけれど、ラチイさんは私の作品から何かを感じ取ったからこそ、手にとって、声をかけてくれたわけで。
その不思議な縁を今更ながらに実感する。
出会うべくして出会ったかのような、ラチイさんの言葉にも胸が踊った。
「ラチイさんは、私のアクセサリー……ううん、魔宝石、好き?」
「もちろんです」
魔宝石から視線を外したラチイさんは、私を見て破顔する。
その言葉と笑顔だけで、単純な私は舞い上がる。
「そっか、嬉しい。今まで以上に、私は、私の作った宝石たちを好きになった!」
最初は自己満足で作っていたレジンだったけど、自分の作ったものが人に好きだと言って貰えるのは、すごく嬉しいし、誇らしい!
私はその嬉しさと、誇らしさを笑顔に乗せる。
「異世界とか、魔法とか、研究とか。ファンタジーが過ぎる話ばかりで、今もいまいち現実味はないけど……でもラチイさん。私は今まで通り、私の思う宝石たちを作ればいいんだよね?」
「そうですね。智華さんは、智華さんが思う最高のアクセサリーを作って頂ければいいんです」
ラチイさんが頷く。
それならさ、私がやるべきことは変わらない!
「オッケー! 分かりました!」
私は胸を張って、ラチイさんの顔を見上げた。
むくむくと沸き上がってくるのは、どうしようもないほどのやる気。
誰でも良いのに、埋もれていた私を選んで期待してくれているラチイさんに応えてあげたい。
ああ、どうしてくれようかな、この気持ち。
今すぐ自分の部屋へと戻って、宝石を作りたい!
私のこの喜びを宝石に閉じ込めて、秘密の宝石箱へとしまいたい!
「魔宝石を作るのが私のお仕事。ラチイさんが私を見込んでくれたんだから、私はそれに答える義務がある! なんたって、ラチイさんは私のパートナーだからね!」
私は手を差し出すと、ラチイさんが空に掲げていた手を下ろして目を瞬かせる。
「これは?」
「改めましてラチイさん。アマチュアハンドメイド作家の笠江智華です。この度は、お仕事依頼ありがとうございました!」
私が笑えば、ラチイさんも頬をゆるめて、私の握手に応じてくれる。
「頂いたご依頼、誠心誠意をもって、お応えさせていただきます!」
「ありがとうございます、智華さん」
ラチイさんが手を握り返してくれて、二人で笑い合う。
よーし、決意を新たにしたところだし、お次は何をすればいいのかな!
「さぁ、ラチイさん、次は何を教えてくれるのかな」
「そうですね……では、森にでも行きましょうか。妖精にも会えますし、ブリザードフラワーなどは森から頂いてたものですから」
「そういえば、お花とかも、使えるものって限定されるの?」
「そうですね。これはまだ未研究の分野なんですが、魔力はもちろん、植物としての特性が影響するんじゃないかと言われています」
心機一転、ファンタジー世界を受け入れた私は、ラチイさんに封入物になる素材、魔宝石の
ラチイさんも私の質問に答えつつ、それじゃ森に行ってみようということになった……んだけど。
ラチイさんに連れられて、庭から表玄関のほうへと出た時に、赤髪の男の人とばったり出くわした。
日本じゃ見かけない、ワインレッド色の髪にぎょっとすれば、出くわした人はからりと笑った。
「コンドラチイ! 帰ってきてたか! もうすぐ時間だったから迎えに来たんだよ。その子が例の魔宝石職人か? これまたちっこくて可愛い子だなぁ!」
「あー、あー、うるさいですよダニール。智華さんが驚くでしょう」
うわぁ、すごい大きい声。
ラチイさんが咄嗟に腕を引いて、私を後ろへと隠す。
ラチイさんが男の人に文句を言っているけど、私は好奇心に負けてひょこっとラチイさんの背中越しに顔を覗かせた。
黒い布に金色で複雑な紋様が紋様が書かれている、フード付きの短いケープを羽織っている男の人。よく見たら、中に着ているのは水色のシャツに、黒のスラックスだ。
なんだか既視感のある服だなー。どこで見た服だろ?
うーん、と一瞬考えて、ふとラチイさんの服が目に入る。
なるほど、ケープ以外、ラチイさんの服と同じなんだ。
ジッと見ていたら、男の人と目が合う。
ワインレッドの髪の人は、私と目が合うと面白そうに目を細めて。
胸に手を当て、その溌剌とした声に似つかわしくない優雅なお辞儀をしてくれた。
「初めまして、レディ。俺はダニール・ヤフノスキー。コンドラチイ率いる第三魔法研究室のメンバーだ。以後、よろしくな!」
お辞儀をしてから上げた顔には、からりとした笑顔。
そっとラチイさんを見上げると、いつもの柔和な表情の中に少し不服そうな色が浮かんでいた。
私はそっと視線を引き戻す。
とりあえず、挨拶をしないことには進まないので、私も挨拶を返そうかな。
「笠江智華です。よろしくお願いします」
「いい挨拶だな! 挨拶が出来る奴は、俺好きだぞ!」
大口を開けて笑うダニールさんに、ラチイさんがため息をつく。
「ダニール。仕事はどうしたんですか」
「何言ってんだ。仕事だからここに来たんだよ。王女殿下の支度が整ったから、お前と職人を王宮に連れていくっていう立派なパシりをしにな!」
そう言うと、ダニールさんは私に手を差し伸べた。
「それではチカ嬢。ラゼテジュの王宮へとご案内します」
仰々しい言葉と共に差しのべられた手は、ラチイさんによって叩かれる。
「いった、何すんだっつーの!」
「智華さん、ダニールには近寄らないように。懐かれるとめんどうですよ」
「何その言いぐさ、ひっでぇ!」
大きな声で叫ぶダニールさんに、ラチイさんが嫌そうに眉を潜めた。
その様子を、ラチイさんの後ろから覗き込むように見ている私。
えへへ、なんだか意外。
いつも柔和で、物腰の柔らかなラチイさんでも「めんどう」とか言うんだ。
「……どうしました、智華さん。何か面白いことでも?」
「ううん、なんでもない!」
ラチイさんが不思議そうな顔で私を見下ろしている。
私は頭を振って誤魔化した。
大人なラチイさんが、今は少しだけ子供っぽく見えたなんて、言えないよね?
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