第3話 魔宝石のインクルージョン

 私の作っていたレジンアクセサリーが人工魔石だったこの新事実をふまえまして。

 嬉々として作っていた自作アクセサリーが魔法のアイテムだと聞かされた私の心境を、十文字以内で答えよ。


「冗談うまいね」

「冗談なんかじゃないですよ」


 うわぁ〜、きっぱり言われちゃった〜。

 現実味が無さすぎて、右から左へお話が素通りしていきそう。

 正直なこと、言っても良い?


「ファンタジーなお話で満腹なので、そろそろお家に帰りたいなぁ……なんて」

「まぁまぁ、ゆっくりしていってください」

「ゆっくりしろと言われても!」

「王女殿下に呼ばれる前に、少しでも魔宝石の知識を身に付けていただきたいんです。ね? お願いですよ、智華さん」


 ラチイさんが困ったように眉を下げて、私を見つめてくる。


 私より大人で、顔も良いラチイさんから子犬のように見つめられ……うん、これを見捨てられるほど、私は冷徹な人間ではないです。イケメンの子犬顔、本日のベストショットを頂きました。


 渋々頷けば、ラチイさんは輝かんばかりの笑顔を見せてくれて。


「良かった。ではこれから、人工魔石……魔宝石について、もっと詳しくお教えしましょう」


 にこりと笑ったラチイさんは再び立ち上がると、私にも立つように促した。言われるがままにマグカップを置いて立ち上がると、ラチイさんはさっと移動した。さっきの怪獣の生首がある部屋へ続くドアを開ける。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


 びくびくしながら部屋に入る。

 視線は床に固定。

 壁際の棚にまたヤバイものがあったらと思うと、顔をあげられないぃ〜っ!


「そんなに怯えないでください。この部屋に危険な物はありませんから」

「いやね、視覚的暴力があるから無理!」

「たとえば?」

「そ、そこらへんにあるじゃん生首が……っ」

「生首?」


 指を差せば、ラチイさんが「ああ」と何やら納得したように頷く。


「レッドドラゴンの首ですね」

「れっどどらごん!?」

「でも、これこそ智華さんのお気に入りじゃないですか。智華さんのために用意したのにあんまりです」

「いつ私が生首が欲しいと言ったかな!? しかもあんな怪獣の首を!」

「え? 欲しくないんですか?」

「欲しくないよ!?」


 心外だとばかりに叫ぶと、ラチイさんは琥珀の目を細めて意味ありげに笑う。


 え、何その笑顔。

 ちょ、なんか嫌な気配を感じるんだけど!?


「それは残念です。あんなに智華さんが気に入って使っていたので、是非良いものをと、騎士団や冒険者にかけあって入手した逸品だったんですが……場所もとりますし、近々処分することにしましょうか。ただ、これからのお仕事に支障をきたしても、自業自得ですからね?」


 意味深なそのお言葉。

 空転しかけた思考で、私は顔をひきつらせる。


 私が困る?

 え、仕事に支障をきたすの?

 あのドラゴン(確定)の首のせいで?


 私のお仕事とはもちろん、レジン……いや今は魔宝石? どっちでもいいけど、アクセサリー作りだよね? なんでそれが私に必要…………………………………………いや待てよ。


 え、もしかして。

 知らず知らずのうちに、私はドラゴンの首を材料として使っていた……?


「いやいやいや、冗談きついでしょう。私、今の今までドラゴンの首なんて見たことないよ」

「それはそうでしょう。さすがに首ごとは持ち込んでいませんから。それに智華さんが使っていたのは鱗ですしね」

「う、ろ、こ!」


 ラチイさんのカミングアウトに目を剥いちゃったよ!


 ドラゴンの鱗? 鱗ですか?

 たらぁ……と冷や汗が滑り落ちる。


 今さ、すごく嫌なことに気がついたんだけどさ。

 私が初見でふと気を引かれたアレは間違いではなかったとか?


 あの生首との邂逅。私が気に入って使ってるメタリックレッドの貝殻シェルの素材かと思って振り向いたんだよね。


 アレ、もしかしなくてもドラゴンの鱗ですか?

 私はおそるおそるラチイさんに確認を取ってみる。


「……もしもしラチイさん」

「はい」

「あのドラゴンの鱗って、メタリックレッドの貝殻シェル……?」

「智華さんはそう呼んでましたねぇ」


 はーい、めっちゃいい笑顔もらいましたぁ!

 確、定、です!

 そういうことですか、そうですか!


 ……ふふふ、ドラゴンの鱗が貝殻シェルかぁ。ヤバイわぁ、ファンタジーが過ぎるわぁ。


 現実逃避に遠くを見やって、さらに気がつく。

 これもしかしなくても、材料持ち込みでって言って持ち込んでた材料、全部こういうファンタジーなヤバイ奴?


 遠くへやってた思考を引き戻して、私はラチイさんを見る。


「魔宝石の、材料って……」

「順番に説明しますよ」


 ラチイさんはまず、ドラゴンの生首がある棚の辺りから瓶を一つ取り出すと、私に渡してきた。

 受け取った瓶の中に入っているのは、なめらかな乳白色の貝殻シェル……らしきもの。

 厚みがあまり無く、光に透けるタイプだ。これも結構使わせてもらってる。


「これは白大蛇ホワイトサーペントの鱗です。智華さんがシェルと呼んでいたものは大抵、魔獣の鱗を採取したものですよ。ドラゴンを筆頭に、白大蛇ホワイトサーペントのようなスネーク系、水棲魔獣の一部から採取しています」


 うわーん! やっぱり全部そういう系!?


「……聞きたくないけど、一応聞くね。すいせまじゅうって?」

「水辺に住む魔獣です。魔獣とは地球でいう、怪物やモンスターに該当しますね。ドラゴンとかも大きく括ってしまえば魔獣です。その中でも水棲魔獣は特に、魚のようなモンスターだと思ってください」


 聞かなきゃ良かったと思ってしまった。

 うっかり瓶を手から落っことしそうになる。


 鱗。

 私が今まで貝殻の破片だと思っていたものは鱗だったらしい。


 しかも普通の魚とかの鱗ではなくて、ドラゴンとかのモンスター……もとい、魔獣の鱗。

 ……まぁ、なんとなく、本当になんとなーくだけど、納得した。


 よくよく観察していれば分かるもんね。普通の貝殻とは違う質感や色合いに、頭の片隅では貝殻っぽい何かだとは思っていた。


 材料を持ち込みにしているのも、この特別な材質が理由だとは思っていた。今時百均ですら買えるような材料を、わざわざ持ち込みにしてまでやる理由は、この材質にあるんだって考えてはいた。


 考えてはいたけども!

 特許をとったラゼテジュ印の特殊素材ぐらいにしか考えてなかったよね!


 予想の斜め上をいく、ファンタジーが過ぎる理由に開いた口がふさがらないのはしょうがない。

 私の間抜け面を見て、ラチイさんがくすりと笑う。


「驚くのはまだ早いですよ。こちらは智華さんがラメパウダーと呼んでいる、妖精の鱗粉です」


 ラチイさんが私の手から瓶を取り上げて、別の瓶を乗せる。

 さっきの瓶よりかなり小さな瓶には、キラキラと輝く緑色の粉が僅かばかり入っていて。


「……ラメ、何で出来てるって?」

「妖精の鱗粉です」


 手が震えた。

 妖精の鱗粉。

 そうかー、この世界、妖精いるのかー。

 すごーい、なんてファンタジー……。


「ちなみに、智華さんが所望していた銀色のものなんですが、なかなか該当する妖精が見つからなくて。採取している鱗粉の多くは森にいる妖精からいただいているのですが、それぞれ生まれた樹木や花の色を纏っています。なので、銀色というのは中々見つからなくて」


 申し訳なさそうに眉を下げるラチイさんだけど、私が、なんとなく、なにげなーく、無茶振りを言っていたことは理解した。


 だけど私の言い分も聞いて欲しい。

 そんな希少な物だとは思ってなかったんだもの……!


 五センチくらいの小さな小瓶を手に、私は戦慄する。

 瓶にはキラキラと輝く緑色の粉が、一センチない程度に積もっていた。


 この瓶に積もっているラメパウダー……ではなく、妖精の鱗粉を集めるために、どれだけの妖精が犠牲になったのか。


 私の脳内で、愛らしい手のひらサイズの妖精が羽をパタパタさせて飛び交っている。私のイメージする妖精だと、羽を羽ばたかせる度に散る粉は、この瓶のそこにうっすら積もるかどうかの量では?


 レジンの材料のために幾多の命が犠牲になっていることに気がつき、私はぶるりと体が震えた。


 ヤバイ。

 これは駄目なほうでヤバイ奴。


 青ざめた私に、苦笑したラチイさんが瓶を抜き取ると、私の肩に手を置いてそっと押した。

 たたらを踏むように歩くと、ラチイさんは棚のある部屋を出て、リビングへ。

 そのリビングすら素通りして、陽射しを取り込んでいたあの大きな窓から庭へと降りる。


「混乱しているところ申し訳有りませんが、最後にもう一つ。一番重要なものを」

「まだあるの!?」

「今紹介したものは全て内包物インクルージョン……智華さんの言う、封入物ですからね。それを集めて一つにし、魔宝石としての形を作るための容れ物が必要でしょう?」


 ラチイさんの言葉とともに導かれたのは、庭にある不思議な一本の木。


 シルエットは二回りか三回りくらい小さなモンキーポッドで、葉は広くて大きいけれど、この木は見た目からして普通の木ではなかった。


 それというのも、不思議なのはその色。幹は白樺のように白く、葉は葉緑体を失ったかのように白い。

 綿毛のような淡い赤い花がちらちらと咲いているその真白の木のもとまで行くと、ラチイさんは私の肩を抱いたまま教えてくれた。


「これは白日はくじつの樹と呼ばれる木です。これから採れる樹液を太陽の樹液といって……太陽の光によって硬度を増す、魔力を包容する性質に特化した樹液となります」

「太陽の、樹液」


 ラチイさんの説明に私はようやく目の前にあるものが何かを理解した。


 太陽の光で硬化する樹液……まんまレジン液じゃん!


 この不思議な白い木から採れる樹液が、私が使っていたレジン液らしい。


 へー、ほー、なるほどー?

 理解はしたくないけれど、よく分かった。


「太陽の樹液は透明なままでも使えますが、用途によって魔力を込めると、より効果を発揮することが分かっています。智華さんにお渡ししていた色付きの樹液は、既に魔力を通していたものです。赤の火属性、青の水属性が一番分かりやすい例でしょう。先ほど見せた水色の石は、内包物インクルージョンをいれずに、魔力を込めた樹液を硬化しただけのものです」

「まりょく」

「そうです。説明した通り、魔宝石はただのアクセサリーではありません。魔力を内包する素材を太陽の樹液で加工することで、魔力を蓄積するだけではなく、魔法陣の必要ない魔法を生むことが可能になります」

「ええっと……?」


 そろそろパンクしそう。

 そういえば私がラチイさんの部屋に連れ去られた時、実家の玄関にいかにもって感じの魔法陣っぽいものが広がってたなぁ……。


 魔法を使うには、ああいうのが必要なんだよね?

 それじゃあ魔法陣を必要としない魔法って?


「魔法って魔法陣がいるの?」

「そうですよ。魔法陣、もしくは生活用魔術回路のように魔術回路と呼ばれるものが必要です。妖精や精霊たちのように自然魔力そのものを操るものを第一魔法、魔法陣や魔術回路を使用するものを第二魔法といいます。そして魔宝石はそれらを根本から覆す第三魔法として、現在注目を集めています」


 へー、それはすごい。

 何がすごいかはよく分からないけど、とりあえずすごそう。


 ふんふんと話を聞いていた私。

 その私に、ラチイさんが笑顔を向ける。


「その第三魔法である魔宝石なんですが、さすが俺が見込んだ智華さんと言うべきか。貴女の造る魔宝石は完成度が桁違いでして」


 おおっと、なんだか雲行きが怪しくなってきたよ?


 ごくりと喉を鳴らして、おそるおそるラチイさんを見上げると、ラチイさんはすごく良い笑顔を向けていて。


 今にも後光が差しそうな笑顔で、爆弾を投下してきた。


「智華さんのイメージ次第では不可能を可能とすることも夢じゃないほどに、籠められる魔力素材の調和が完璧なんです。どんな魔法でも編み出す可能性があることから、第三魔法研究室では、智華さんの魔法石を『願いを叶える魔宝石』として、最優先の研究対象としています」


 べた褒めに照れかけていた私は、途中で卒倒しそうになる。


 ただの趣味で作っていたアクセサリーが、異世界では何やらとんでもアイテムとして研究されていたってこと?


 私はそろそろ、現実逃避がしたくなってきたよ。

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