第2話 異世界の魔石事情

「依頼主である王女殿下は王宮から出られません。それなら職人のほうを連れてくるしかないということで、この度、智華さんには異世界デビューを果たしていただきました」


 拍手をしながら満面笑顔になるラチイさん。

 対称的に、私は両手で顔を覆ってしまう。


 キャパシティを越えてしまって、現実が受け止めきれない。

 異世界ですか。

 ここは異世界ですか。

 昨今流行りのアレですか。


 もう一度周囲を見渡してみる。

 我が家ではない、生活感のある温かな部屋。

 白昼夢というには現実味がある体験だし、頬をつねってみても夢から覚めないのは現実だからなのかな。


 笠江かさえ智華ちか、十七歳。

 この歳でファンタジーな世界の存在を、認めなくてはならなくなってしまったようです。

 切実に現実逃避がしたい今日この頃。


 じろりと半眼になってラチイさんを見る。

 悪戯めいた表情で微笑むラチイさんは、私をソファーに座らせると、部屋の隅にあった簡易キッチンへと向かって。


「紅茶で良いですか?」

「……う、はい」

「ふふ、そんなに緊張せずにくつろいでいてください」


 いや、そんな事を言われても無理だよ!?


 初めてのお宅訪問ですよ? しかも魔法使い(たぶん)の家ですよ? さっきCG映画もビックリな怪獣っぽい何かと目が合ってしまったばかりですよ?

 そんな家でくつろげられるわけないでしょ!?


 全く落ち着かずにそわそわしていれば、ラチイさんが手早くマグカップに紅茶を注いで戻ってきた。

 湯気がゆらゆらしている。

 絶対今、口をつけたら火傷する自信がある。


 マグカップのお茶が冷めるのを待つ間に、次々と浮かんでくる疑問をラチイさんへぶつけることにした。


「えっと……信じられないけど、ラチイさんは魔法使い、なの?」

「そうですね……改めて自己紹介しましょうか。俺は手作りアクセサリー販売店『ラゼテジュ』の営業担当改め、ラゼテジュ王国第三魔法研究室室長のコンドラチイ・フォミナです」

「らぜてじゅおうこく」


 ラチイさんの言葉を反復してみる。


 ラゼテジュってあれだよね、私がラチイさん経由で卸してる、アクセサリーショップの名前だよね?

 それが、え? なに?おうこく?

 王国って言った??


「王国って……王国? 王様がいる国? だよね?」

「そうですよ。智華さんの国にもいらっしゃる天皇様と同じです。うちの国ではバリバリの王政なので、テレビで見られたような優雅な生活とは無縁のようですけど」


 くすくすと笑うラチイさんだけど、うん、なんとなくそれは分かるよ。


 授業の社会科選択は世界史だから、王政がなんたるかは分かってるつもり。

 だから、なんとなくイメージはできるんだけど。

 できるんだけど、さ。


「ラチイさん。それはなんとなく分かったから、横に置いておいて」

「置いておいて?」

「第三魔法研究室って?」


 もう一つ、気になったことを聞いてみる。

 ラチイさんはゆったりとした所作でマグカップのお茶を口に含んでから、すごく良い笑顔になった。


「俺の職場ですよ。アクセサリー販売店『ラゼテジュ』の本来の姿とでも言いましょうか。その説明の為には、まずはじめに、今まで智華さんにお願いしていたアクセサリー改め、魔宝石についてお話ししなければなりません」


 ちょおっと、待ってよラチイさん!


「魔宝石って、ラチイさんが付けてくれた私の作品シリーズのことだよね?」

「はい、そうです」


 「魔法を籠めた宝石」というコンセプトに基づいて作る私のレジンアクセサリー。

 アクセサリーを販売する際の商品名として、ラチイさん考案の『魔宝石』を二つ返事で採用したんだよね。


 作品群にシリーズとして名前を付けるのってかっこいいくらいにしか思って無かったけど……ラチイさんのこの様子、なんか重要な意味合いがあるということなの?


 私が聞き返すと、ラチイさんは当然のようにうなずいて。

 それから真剣な顔で、『本当の魔宝石』について詳しく教えてくれた。


「魔宝石とは、魔法が籠められた人工魔石の一種です。魔石というのは本来、自然界で長い年月を経て魔力を蓄積した天然石のことを指します。魔石はこの世界で、智華さんの世界でいうエネルギー資源のような扱いであり、生活のあらゆるところに組み込まれているんですよ」


 そう言うと、ラチイさんは飲みかけのマグカップを持ち上げて見せた。


「たとえば今しがた淹れたばかりのこのお茶。この熱いお茶を注ぐために水を温めたわけですが、お湯を沸かすには火の魔石を使用します。火を起こさなくて良いので、とても便利なんですよ」

「へー」


 ファンタジーの単語としてなんとなくイメージは持っていたけど、ラチイさんの口ぶりでは身近なもの……なのかな?


 魔石ってファンタジー作品のテーマに使われてることが多いけど、ロマンが詰まってるよね。

 たとえば冒険の先にある宝箱とか、ドラゴンの秘宝とか、伝説の国の宝物とか。

 そうそこら辺に転がってそうな物ではないと思っていたんだけど、けっこう普通に一般流通しているっぽい?


「一戸一戸の家庭に魔石があるってこと? それ、すごいね」

「そうですねぇ……。ほんの五十年前程まではそうでしたが、今は違うんです。生活用魔術回路が発展したので、地面や壁に回路を巡らせることで、各ご家庭に魔石の魔力だけを供給するようになっているんですよ」


 ラチイさんはマグカップを持ったまま、膝に肘をついて、ちょっと前屈みのリラックスした姿勢になる。


「言ってしまえば、地球で言う電気のような扱いですね。ある場所でエネルギーを生産して、多くの場所へと供給させる。では、どうしてそんなことになったと思いますか?」

「え、ええ……?」


 ただでさえ情報過多なのに、そこに突然の社会科みたいな問題がきた。

 私はうーん、と首を捻る。


 でも、ラチイさんが順を追って話してくれているんだから、これも私の『魔宝石』に繋がることなんだよね? 難しいけど、ちゃんと考えてみる。


「えぇと、効率が良いとか?」

「半分正解です。それもあるんですが、一番は単純に魔石が採れなくなったから、です」

「あ、なるほど」


 理解した。

 地球と同じなんだ。火力発電が主流だったのに、石油とか諸々の資源が枯渇し始めて、水とか風とか太陽光発電に切り替わった……みたいな感じ?


 ラチイさんの話では、その生活用魔術回路? を使うことで魔力だけを供給することができるから、平等にエネルギーを配布できるようになったのだそう。


 なるほど〜、とこくこく頷いていれば、ラチイさんが少しだけ暗い顔になる。


「自然界での魔石の発掘が見込めなくなって、魔術師たちは焦りました。魔石の残存量を考えると、近い将来、魔石を採り尽くしてしまうことは目に見えています。実際に大陸の西のほうでは、天然魔石の産出が豊富なガラノヴァ帝国を中心に、よく魔石資源を巡った戦争が起きています」


 ……他人事だけど、歴史の教科書ではよくあることだよね。


 無いのなら、奪えば良い。

 短絡的な思考で争いが起きるのは、どこの世界も一緒なんだね。


「戦争を回避するために過去に生きたラゼテジュの魔術師が選んだ方法は、人工魔石の創造でした。俺はその人工魔石の研究を引き継いだ魔術師の一人で、主に人工魔石の意図的な魔術効果付与ついて研究しています」

「なんだかラチイさんが研究者みたいなことしてるぅ……」

「これでも俺、本職は研究職なんですよ?」


 マグカップのお茶を飲みつつ、ラチイさんの新たな一面を茶化してみると、ラチイさんはくすりと笑った。

 それから、ラチイさんは唐突に人差し指を一本立てて。


「さて智華さん。ここで再び問題です。人工魔石と天然魔石の違いは何か分かりますか?」

「ちょっと待って、異世界初心者になんという難問をだすのさ」


 唐突にこれで答えられたらお前何者だよっていう質問をされて、思わず体を揺らす。手に持っていたマグカップの中身がたぷんと揺れた。

 私の大袈裟な反応に、ラチイさんもさすがに意地悪が過ぎたかと思ったらしく、苦笑してあっさりと答えを教えてくれる。


「基本的には、籠められた魔力量が桁違いで違うんですよ。実際に見比べてもらいましょうか」


 ラチイさんはマグカップをテーブルに置くと、ソファーから立ち上がって、私たちが出てきた部屋へと入っていく。

 すぐに戻ってきたラチイさんの手には、二つの青い石が乗っていた。


 サファイアのように深い青い石と、アクアマリンのように薄い気泡混じりの水色の石。

 ごくり、と喉をならして、綺麗な石たちを見る。


 特にサファイアっぽいほうの石。カッティングもされていないし、十分な研磨もされていないみたいで曇ってさえいる。


 見た目だけなら、カッティングも研磨もきちんとされているアクアマリンっぽい石のほうが綺麗なのに、そっちよりもなんだか惹かれてしまう。


 キラキラしてて、つるつるしてて、触れたらきっと心が満たされる……?


 ふわぁ……だめ、ちょっと胸がドキドキしてきた。

 やばいぞ、ときめきが抑えられないぞ。

 これはもしかして、こ、恋とか……!?


「智華さん、そうやって蕩けた顔で見つめてくださるのは嬉しいですが、大切な石なので少し落ち着いて」

「はっ」


 サファイアっぽい石に吸い寄せられるように、立ち上がってラチイさんに近づいていたらしい私は我に返った。


 くっ、私を誘惑する魔性の宝石め……! 私をいったいどうしたいの……!


 そそっとソファーに戻った私に、ラチイさんは、それでよろしいと言わんばかりに微笑む。


「さて。右の色の濃い石が天然の魔石です。左の色の薄い石は単純に魔力を籠めただけの人工の魔石です。水属性の魔力なのでどちらも青色なんですよ」


 ラチイさんはそう話しながら机の上に布を敷くと、その上に魔石を置く。

 いまだに宝石にうっとりしている私は、吊られるようにして机の上に視線が向く。


「天然の魔石は、カッティングして切り落とすのももったいないほどに魔力を含んでいるため、ほとんど加工はしません」


 ラチイさんの言う通り、私の目が釘付けになってるサファイアっぽい見た目の天然魔石は、綺麗に見せるという加工が全く施されていない。


 ……それにしても、ヤバいよ。

 何がヤバイかって、サファイアっぽい石を見ていると、胸の動悸が治まらない。アホ面晒してよだれを垂らすことだけはないように気を引き締めないと……!


 私が一人で喝を入れてる間も、ラチイさんは説明を続けていく。


「逆に魔力含有量は少ないですが、人工魔石は作り方次第で魔法を籠めることが可能です。その美しさから装飾品として身につけやすいのもあり、『魔宝石』という呼び名で近年知名度が上がってきています」


 サファイアっぽい石へのドキドキを抑えながら、ふんふんと聞いていたけど……。


 あれ?

 今、魔宝石って言った?


 私は天然の魔石から視線を上げてラチイさんを見ると、アクアマリンっぽい石を指差す。


「これ、魔宝石なの?」

「そうです」

「私の作品は?」

「魔宝石です」

「……その心は?」

「どちらも人工魔石です」


 朗らかに笑うラチイさん。

 なんて良い笑顔なのか!


 ここでようやく、ラチイさんが最初に言った言葉を理解した。

 相も変わらず、現実味の無いお話ですが。

 人工魔石がなんたるかを知った上で、私はあえて言わせてもらいましょう。


「私の作っていたレジンアクセサリー、人工魔石なの!?」

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世界一つの魔宝石を〜ハンドメイド作家と異世界の魔法使い〜 采火 @unebi

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