世界一つの魔宝石を〜ハンドメイド作家と異世界の魔法使い〜

采火

お姫様と王子様の恋

第1話 ハンドメイド作家と異世界の魔法使い

 キラキラしてて、つるつるしてて、宝石ってすごく綺麗。


 でもさ、高いじゃん。

 子供のお小遣いで買えないじゃん。


 お高い宝石なんて買えないよね。それならって、ちまちまとお小遣いを貯めては、硝子細工を買いあさった。

 お前はカラスか! って親に言われるくらい光り物が大好きなのはご愛敬。


 でもね、硝子細工だけでは私は不満だった。

 だって、硝子だとすぐに割れちゃう。


 どんなに大切にしていたって、どんなに気をつけていたって、お気に入りの物はほんのちょっと手からすべり落ちただけで失ってしまう。

 せっかく高いお金を払って買った物が、私のうっかりで無くなってしまうのはあっという間。それってすごく悲しい。


 だからね、やっぱり宝石が一番と思うわけです!


 宝石だって絶対に壊れない、傷がつかないなんて言えないけど、手元に来たら真綿でくるむように優しく扱って、宝石箱で大切に、大切に、愛でますとも、ええ。


 だけどね、ここでやっぱり出てくる問題がある。

 宝石は高い。

 それはもうべらぼうに高い。


 そういうわけで、大人になったらきっと本物の宝石を買ってやるぞと思っていた私ですが、高校の友人に連れられて手芸店に行った時、運命に出会いました。


 それは最近流行りの「レジンアクセサリー」!


 合成樹脂液レジン液という透明な液体の中に、ラメとかお花とかを色々いれて、紫外線で固めて作るアクセサリーの事。


 店頭のサンプルが気になって調べてみれば、出てくる出てくる、綺麗な宝石たち!

 いや、正確には宝石じゃないんだけど。


 キラキラしてて、つるつるしてて、硝子のようにすぐ割れない。


 しかもしかも、形は自由に変えられるし、琥珀みたいに封入物だって入れられる。

 世界で一つだけの、私だけの宝石。

 自分の手で、自分好みの宝石を作れる喜びに、私がはまらないはずがない!


 友人に誘われて手芸部に入部した私は、一年生の間、必要な道具や材料を集めてはせっせとレジンを作った。


 最初は上手に作れなかったけど、試作に試作を重ねた私はレジンの技術をめきめきと上げていって。


 そして一年生の秋。レジンという天啓を与えてくれた友人の誘いによって、ハンドメイド作家の祭典であるデザインフェスタに参加したのです!


 素人の私が作家と名乗るのは烏滸がましいとは思うけど、友人のお墨付きもあって、私は幾つかのレジンアクセサリーを持って行って出店したの。


 その結果。


「綺麗ですね。全ていただけませんか?」


 青薔薇モチーフのペンダントを手にとって、すっごい美人な欧米系のお兄さんが私の作品を買い占めようとした。


 見た目は二十代前半くらいで、日本語が堪能なそのお兄さん。残念ながら日本円の手持ちがなくて、青薔薇のペンダントしか買えなかった。


 それでも物欲しそうに他の作品を手に取り続けたお兄さんは、あれこれ話している内に今日中の両替が難しいからと言って、連絡先をねだってきて。


 私はあらかじめ友人に用意しておくように言われた名刺を渡して、その場は事なきを得たわけです。ええ、その場は。


 お兄さん、本当に連絡してきた。

 しかも材料持ち込みで、作品一個毎に手間賃一万円払うから、私にオーダーメイドして欲しいとも言われた。


 材料持ち込みで一万円ですよ!?


 人件費が安いとは言うまい。ほぼ日給一万だよ? 高校生のお小遣い稼ぎには十分するほど十分だもん……!


 私はお金欲しさにお兄さんに軽く請け負ったわけです。

 ほんとーに、かるーい気持ちで。


 銀に近いアッシュブロンドに蜂蜜のような琥珀の瞳をした美人系お兄さんことコンドラチイ・フォミナさん。

 そのコンドラチイさんが、アマチュア作家である私に仕事の発注をしてくれる営業担当者さんになった。


 彼が持ってくる材料はとても上質。

 どこの手芸屋さんで入手しているのかすごく気になる材料ばかり。


 例えばレジン液。

 コンドラチイさんが持ってくるレジン液は大体着色済みなんだけど、色粉を混ぜた時のようなダマもないし、何ていったって透明度が高い。綺麗に着色がされていて、仕上がり後の輝きが市販のレジン液の比じゃないんだよね。


 レジン液だけじゃない。

 私が好んで使う封入物の貝殻の破片シェルフレークは、混ざり気がなくて絹みたいな光沢がある。螺鈿らしいあの不思議な色合いが各色取り揃えられているだけではなくて、貝殻とは思えないメタリックカラーまであるの。

 お気に入りはメタリックレッドのシェルです!


 ラメパウダーだってそれなりの種類を揃えてくれている。

 使い勝手のいい銀ラメが無いことが不満だけれど、ラチイさん曰く入手が困難らしい。

 え? 私100均で買ってきましょうか? って申し出ようとしたけど、もしかしたら材料に拘っている高級志向なのかもと言葉を飲み込んだのは記憶に新しい。


 コンドラチイさんは私に注文をする時、作品のイメージだけ指示する。

 「炎の護り」とか「雨の恵み」とか「優しい微風」とか。

 それを受けた私が自由にデザインを考えて、作品を作る。


 そんな感じだから、材料費を気にしないで気の向くままにアクセサリーを作れるこのアルバイトを私は気に入っていた。


 自分の手元にアクセサリーは残らないけれど、宝石になる前の原石を一から自分で磨いていると思えば、顔がにやけるくらいに楽しい。


 何度もやり取りをして、コンドラチイさんが誠実な人だと分かったし、私の作品にも真摯に接してくれることを知っている。今では「ラチイさん」と愛称で呼ばせてもらっているくらいの仲良しさんだ。


 ……だからね、まさかね、油断してたよね。


「すみません。今回はちょっと、依頼主から直接お話を伺ってもらいたいんです」


 ラチイさんはいわゆる営業職で、私は製造元。

 今回のお客様はちょっと特別らしく、初めてお呼びだしを受けた。

 ラチイさんへの信頼もあったし、これまた深く私は考えなかったわけです、はい。


 この時点での私は、ラチイさんの見た目から、海外のお客様かな~、英語しゃべれるかな~、くらいに呑気に構えていたんだけど。


 当日、家に直接迎えに来てくれたラチイさんを出迎えた玄関先が、ぽやぁと怪しく光る。

 なんということでしょう、突然足下に現れた魔法陣。

 感じる浮遊感。

 まばたきをした一瞬のあとには、我が家じゃないどこかの部屋の中だった。






 何が起きたのかと処理できない頭で、部屋をゆっくりと見回してみる。


 壁に棚、中央に作業台がある。私が気に入って使っているメタリックレッドのシェルっぽい色と質感が視界に入った。何だろう、存在感があるね?


 体ごと振り返って目当てのものを正面から見据えれば、ぎょろりとした目玉に、鋭い牙。鱗に覆われたゴツゴツとした肌。

 ホルマリン漬けにされている、明らかに地球外生命体っぽい怪物の生首と目が合う。


 瞬間、私は思いっきり叫んだ。


「わぁぁぁっ!? ちょっ、ラチイさん! これ何!? 何のセット!? そんでもってどこよここ!?」

「あはは、どうどう」


 隣で悪戯が成功した子供のように笑っているけど、ラチイさんや、笑い事じゃないからね!?


 私は能天気に笑う確信犯に向かって詰め寄る。胸ぐら掴んでやろうとしたけど身長が足らない! 地団駄踏みそう!


智華ちかさん、ほら、どうどう」

「私馬じゃないからね!? それより状況説明求むー!」


 やっぱりこれは一度どついて然るべき?

 そう思って、拳を振りかぶってみれば、ぐいっと腰を抱かれる。ひょっ!?


「気はすみましたか」

「……」


 近い近い近い!


 時々思うけど、ラチイさん距離感絶対おかしいよね? これ、私じゃなかったら絶対に勘違いする女子がいるよね? このすけこましっ。


 そういう私も、突然のラチイさんのスマートな態度に毒素を抜かれちゃったんですけども! ラチイさんに腰を抱かれたまま恨めしげに睨み上げれば、くすくすと笑われる。くそう、イケメンってやつは得ですね……っ!


 ラチイさんは私を解放すると、腰を抱きながら部屋を移動した。


 こういうフェミニスト的な所作が板についているあたり、やっぱり外国人だよね。さりげないレディファーストの精神に最初の頃は色んな意味で慣れなかったけど、半年経った今じゃ私も耐性がついてしまった。


 日本のカフェやら飲食店やらで、これをやられてみてよ? ラチイさんのイケメン具合もあいまって羨望と嫉妬の雨あられだよ?


 ラチイさんのエスコートで最初に目があった瓶詰め怪獣(仮)のある部屋を出ると、そこは普通のリビングだった。


 生活感のある雑貨と、ローテーブルにソファー。

 大きな窓は太陽の光を取り込みつつ、庭に直接繋がっているみたい。

 部屋を移動したところで、私はラチイさんを見上げた。


「それで、ここはどこなのラチイさん。もしかして誘拐?」

「誘拐とは人聞きの悪い。歴としたお迎えですよ。ここは、俺の家兼工房です」

「私、ラチイさんを玄関でお出迎えしてからここに来るまでの道のりが記憶にないんだけど」


 いや待ってよ、なんでまばたきしたら移動してるのさ、と思うがままにビシッと突っ込むと、ラチイさんはなんてこともないように綺麗な微笑を浮かべた。


「さすがに異世界を渡るのに車は使えませんから、俺の魔術で転移しました。智華さんにはここで、王女殿下のための魔宝石を作っていただきたいのです」


 え? 異世界?

 それにおうじょ? それって王女?

 しかも今、魔術って言ったよね? 魔術で転移?


 頬がひきつるのが嫌でも分かる。

 今、非常にあり得ない現実に直面している気がするんですけども。


 目の前にいる専属営業マンが言うには。

 

 ――どうやら彼は、異世界の魔法使いだったようです。

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