五分間のキス

 この五分間で今日一日分の幸せキスを俺は入手した。

 もっと時間があれば、きっと一時間、二時間は余裕でキスしていただろう。残念ながら、今日は学校へ行くと決めてしまった。


「もう時間だ、リア」

「うん。ちょっと暑苦しいかもしれないけど、支えてくれる?」

「構わないよ。それじゃあ、腕を貸す」

「ありがと♡」


 リアが俺の右腕に縋りついてくる。

 まだ足が本調子でない以上、仕方あるまい。

 転ばれでもして、大ケガされたら困る。


 そのまま玄関を出ていくと、リアの爺ちゃんに遭遇、まさかのエンカウントである。確か、名前をセルゲイだったか。


「……むぅ? リアに大二郎くんじゃないか」


「お、お爺ちゃん!」

「お、おはようございます」


 セルゲイさんは、俺達を怪訝けげんな表情で観察した後――直ぐにブチギレた。


「お、お、大二郎くん!! リアとそういう関係なのかね!? 二人とも学生じゃろう。不純異性交遊禁止じゃぞ!!」


 なんか、あずさみたいな事言うし。


「違いますって。昨晩、リアが足をケガしちゃって」

「大二郎、キサマあああ!! リアを傷つけたのか!! 粛清しゅくせいしてやるううううう!!!」


 しゅ、粛清って……某最高指導者じゃあるまいし。

 いやしかし、これは誤解を解かねば面倒だな。

 どうしたもんかと思考を巡らせていると、リアが怒った。


「お爺ちゃん……大二郎は関係ないの! わたしが悪かったんだから……」

「だ、だがのう……」

「むぅ!」

「わ、分かった。怒らんでくれい、リア」


 さすがのセルゲイさんも、リアには敵わないらしい。ふぅ、良かった。


「そういうわけで、リアの面倒は俺が見ているんです」

「そうか、すまんかったのう。これから、学校へ行くのかね?」

「ええ、いつも通り電車で」

「フム。ならば、このワシが車で送ってやろう」

「い、良いんですか?」

「ああ、構わん構わん。こっちに車がある、ついて来い」


 これはありがたい。

 リアの足の負担を少しでも減らせるのなら、車の方が望ましい。俺は、リアを支えながらも階段を下りていく。そのまま、セルゲイさんの車まで向かった……のだが。


「「え……」」


 俺もリアも驚く。

 ただただ驚いた。


 そこにあった車があまりにも予想外のものだったからだ。


「さあ、乗るのじゃ!」

「乗るのじゃ……じゃないですよ、セルゲイさん! この車、軽トラじゃないですか!!!」


「そうじゃ、ワシの自慢の軽トラじゃぞ」


「軽トラックは、乗車定員二名までですよ!!」

「そうだよ、お爺ちゃん! 二人しか乗れないじゃん」



「あああああああああああああ……!!!」



 叫びまくるセルゲイさん。まさか忘れていたんじゃ。……おいおい、これじゃあ電車で行くしかないじゃないか。


「……やっぱり、電車で行きますよ」

「なんてな」

「へ」

「大二郎くん、君は悪いが荷台に乗ってもらう」

「はい?」

「じゃから、荷台じゃよ」

「……あの、それって道路交通法違反では?」


「チッチッチ。いいかね、大二郎くん! 道路交通法第五十五条第一項……荷物の看守の場合は、違反にならないのじゃよ。ご覧の通り、荷台には大きな荷物がある。大二郎くん、監視を頼む」


 なんでそんなに詳しいんだよ!!

 さすが軽トラ乗りか……最初から分かっていたのなら、さっきの叫び声はなんだったんだよ!?


 ともかく、違反ではないのならいいか。

 荷物もどうやら『農具』らしいし。

 畑でもやってるのかな。


 そんなわけで、俺は何故か荷台に乗る羽目に。まさかの荷台かあ……夏の風が心地良いな。


「大二郎、ごめんね」


 リアが申し訳なさそうに謝ってくる。


「いいよ、さっき幸せをいっぱい貰って、それで十分お釣りが返ってくるくらいだし。これくらい我慢するさ」

「……も、もう。そう言われると恥ずかしいな♡ でも、またしてあげるからねっ」


 その屈託くったくのない笑みだけで、俺は荷台で過ごせるよ。まあ、荷台で運ばれるとか、あまりない体験だ。たまにはいいかもな。


 ようやく軽トラは動き出す。

 時間は――うん、間に合いそうだな。出発。

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