第22話 激突

「敵が上陸したようです。」


「各自配置よし。 いつでも行けます!」


 港から上陸し、森へ入っていく東の国の人間軍を離れた高い丘から見下ろす二人の人物。


 二人とも額から角を生やし、袴を着た女性の姿をしている。


 ヒミカを筆頭とするヒミカ軍団の隊長【オリョウ】と【タツ】である。


 彼女達の後ろには、ズラリと同じく大勢の袴姿の部下達が控えていた。


「総員、戦闘用意!」


 オリョウが号令をかける。


 すると、オリョウとタツ、そしてその部下達の体が肥大化し、筋肉が盛り上がる。


 大きな岩を想わせる膨れ上がった胴体と丸太の様な腕、その大きな身体を支える木の幹の様な太い脚、口に鋭い牙を備えた恐ろしい形相の鬼の姿へと変わる。


 鬼達の手の近くに魔法円が出現し、そこから顕現した剣や金棒等の武器を手に取る。


 袴姿の美しい女性達が一瞬にして、ヒミカ軍団戦闘兵である【鬼兵隊きへいたい】と化した。


「目標確認。鬼兵隊、用意…」


 オリョウの予令で、鬼達が姿勢を少し前に傾ける。


「鬼兵隊、前進ーっ!!」


 土を抉る勢いで地面を蹴り、鬼達が一斉に走り出す。


 ほぼ垂直な丘の側面を落ちる様に駆け降りて、東の国の人間軍を目掛けて猛スピードで向かって行く。


「…え、うわああああああ!?」


『オオオオオオオオオオオオ!!』


 咆哮を上げながら、人の胴回り以上の太い腕と手で金棒を振り回して、東の国の人間軍兵士を薙ぎ倒して行く。


 奇襲により混乱する兵士達であったが、すぐに体勢を立て直して鬼達を迎え打つ。


「うおおおおおおおお!!」


「オオオオオオオオオ!!」


 魔法戦による爆発音が轟き、剣と剣がぶつかり合って鉄の鈍い音がジャホン国の広い森に響く。


 その戦乱の中を、


「はああああーっ!!」


光の剣を振り、迫り来る鬼の大群を蹴散らしながら、勇者 ヘレナは突き進んでいた。


 ヘレナの後に続いて、


いかずちよ、迅く走る槍となれ! 『雷神槍』!!」


 魔法により出現させた数本の雷の槍を放ち、ヘレナを援護する様に周囲の鬼を倒す魔導士 メイラ。


 少し離れた位置からヘレナ達を追う狩人 ブラインは、近くの高い木を走って登っていく。


 手元に自分の背よりも大きな弓を出現させ、もう片方の手で、掌に吸い込まれる様に風を集めると、一本の矢へと形を変える。


ヘレナ達を追いかける数体の鬼に向けて、風の矢を弓に添えて弦を引く。


「食らえ、『暴風矢』!」


 弦をはじき、風の矢を射つ。


風を凝縮して創られた矢が空中で開放され、巨大な竜巻となり、


ゴゴオオオオオオオオオオオオ―


「オオ…オオオオオオアアー!!」


悲痛な声を上げる鬼達を呑み込んでいった。


 竜巻が消え、立っている者がいないのを確認してから、ブラインはそのまま木から木へと渡ってヘレナ達の後を追う。



「オオオオアアー!」


 両手にそれぞれ大きな金棒を持った鬼と化したタツが、二本の金棒を振り回す。


 それを素早い動きで避ける最強の武人 レシン。


「オオッ!」


 タツは一気に間合いを詰めると、真っ向から太鼓を叩くかの様に、金棒をレシンの頭上に振り降ろす。


 連続で振り降ろされる金棒に対してレシンは、後ろに下がりながら紙一重で避けるが、タツは前進しながら猛攻を続ける。


レシンは後ろに下がるのを止めると、脚を高く上げた前蹴りで、振り降ろされるタツの手を蹴って弾く。


タツはもう片方の手で金棒を振って片足立ちになったレシンを狙うが、


レシンは軸脚をも高く上げて、今にも迫り来る金棒を持ったタツのもう一方の手も蹴り上げる。


二段蹴りから着地したレシンは、両腕を蹴り上げられてバンザイの様なポーズになったタツのがら空きの胴に、


「ごおおおおおっ!!!」


回転ドアの様に体を反転させた背中によるレシンの体当たりが炸裂する。


 あまりの強い衝撃にタツは後方へ飛ばされ、ぶつかった木々を倒しながら、森の奥へと消えた。


「…ふぅ……」


「ルオオオオオオオオオ!!」


「むっ!?」


 一息つくレシンに、上から落ちて来る鬼の姿をしたオリョウが、巨大な刃を振るう。


 レシンは、地面に足を着けたまま軽く蹴るという小さな動作だけで遠くまで素早くその場を離れる。


 落下した巨大な刃の斬撃に地は割れて、上がった砂埃が辺りを覆う。


 オリョウの手には、長い柄に巨大な刃という重量のある武器である長巻が握られていた。


 周囲の木々や岩を切り裂きながら、長巻を軽々と振り回して、攻撃をするオリョウ。


「ほお…あんな大きな物を自在に振り回すか。なかなかいいぞ。 …だが、力まかせで動きが雑すぎる。」


 避け続けていたレシンだったが、ダンッと地面を強く蹴って長巻の猛攻に突っ込む。


 向かって来る刃を掻い潜ってオリョウの懐に入ると、レシンは拳をピトッと静かにオリョウのお腹に当てる。


 そして、拳をくっつけた状態のまま重心と魔力を前に送り、拳を押し込んでオリョウのお腹にめり込ませた。


「ッッ―グホオッ!!?」


 レシンがゆっくり拳を引くと、オリョウは口から血を吐き出しながらその場に倒れた。


「…ふ、ヒミカ軍団の隊長とは言え、この程度か。」


 レシンは踵を返すと、その場を後にしてヘレナ達と合流する。


 ヘレナ、メイラ、ブライン、レシンの四人、さらに、頭から脚まで全身を鎧で固めた十数人の西の騎士達が加わる。


 ヒミカを倒してジャホン国を魔王軍から取り返すという目的のため、ヒミカ城を目指す。


「情報だと、町外れの森にリオン・アウローラがいるんだよね?」


「……そうね。そのはずよ。」


 メイラの問いにヘレナが静かに頷く。


「魔族からジャホン国を奪還するためには、ヒミカを倒さなきゃだけど、リオンという強敵もいる。みんな、しっかり気を引き締めてね!」


『はい!』


 ヘレナ達は出くわす鬼達と戦いながら、港から続いていた広い森を抜け、新たにジャホン国の町外れの小さな森に入って行く。


「昨夜、龍蛇の女王達に追いかけられてこの森に逃げこんだが、あれは心が踊った。…ふっ」


「…レシンさん、何ニヤけてるんですか?」


一人静かに笑みを浮かべるレシンを横目で見て、若干引くメイラ。


「ヘレナさん、この森を抜ければ、いよいよヒミカ城がある町っすね。」


「その前にリオンよ。 この森のどこかにいるはず―」



「残念ですが、ここに我が君、リオン様はいませんよ。」


『っ!?』


 突然聞こえた声の方へ、足を止めてヘレナ達が振り向く。


 そこには、森という場所には似つかわしくないタキシード姿のすらりとした優男が立っていた。


 男の周囲には、水で満たされた大きな水玉がいくつも浮遊し、中にはぐったりした東の国の人間軍の兵士達が入っていた。


「あなた、リオン軍団四天王 ロノウァ! 」


「…『水星みずぼし』。」


 ロノウァはヘレナ達にゆったりと手を向けると、パチンッと指を鳴らさした。


 すると、周囲に水が出現し、それが集まって大きな水の玉となって数人の騎士達を呑み込んで捕らえる。


ヘレナ、メイラ、ブライン、レシンと数人の騎士達は素早く移動し、呑み込まれずにいた。


「ごぽっ…ごぽぽっ!」


「うぐっ…ごぽ」


 水玉の中でもがく騎士達。 窒息し、次第に動かなくなっていく。


「‥くっ! みんな、気を付けて!アイツは空気中の水を増幅させて、捕らえる魔法を使うわ!」


「出来れば今ので一網打尽としたかったのですが、やはりそう上手くいきませんね。…騎士達も10人くらい取り逃がしてしまいましたし。」


 ロノウァは水玉を眺めながら、白い手袋で覆ったしなやかな手を顎に当て、残念そうに言う。


「ッッ! 貴様っ、 許さんぞっ!!」


 騎士の一人がそう叫ぶと、それを合図に騎士達が剣を八相に構えて一斉に駆け出す。


「ま、待ちなさい!」


 ヘレナの制止を聞かず、騎士達が脚に魔力を込める加速魔法でさらにスピードを上げて走る。


 全身を重い鎧で武装したとは思えない速さで、且つ木々を足場にして縦横無尽に移動する騎士達。


「これは…なんと!」


 驚いた様な顔をするロノウァを、騎士達が剣の刃圏に入れるまでに近づく。


「速すぎて対応できないか!」


「高速で動くこれだけの人数を一度には相手できまい!」


「その首、頂くぞ!」


 騎士達が同時にあらゆる角度からロノウァに刃を振るう。


キィンン―


 しかし、刃がロノウァに届く事は無く、全ての刀身が地面へ落ちていた。


「…え、どうなっている!?」


「何故、剣がっ!」


 確実に敵を斬れると確信しただけに、突然起きた出来事に狼狽える騎士達。


「おやおや…」


 その様子を見ていたロノウァが発した声に、狼狽えていた騎士達が体をビクッとさせる。


「ふふ‥驚かれるのは結構ですが、いつまで私の近くにいるつもりですか?」


『っ!?』


 複数でロノウァ一人に向かって行ったが、正体不明の事象により武器が壊されたのだ。


 騎士達には、先程の仲間をやられた怒りよりも目の前の敵に対する不気味さが増していた。


 再び加速魔法で、ロノウァから距離を取ろうとする騎士達であったが、


 ビィィンン―


 あらゆる方向から身体を何かに引っ張られ、その場で手脚を吊り上げられる様な格好となった。


「くそッ どうなっている!?」


「何かが手首と脚に絡み付いて引っ張られているんだ!」


「っ!? 手首をよく見ろ! 糸みたいなのが見えるぞ!」


 騎士達が吊るされた自分の手首を目を凝らして見ると、薄くきらきらと光る糸を確認した。


「あの技は…」


「…間違いないよ、 アイツだ。リオンの側近にして、リオン軍団ナンバーツーの実力者─」


 ヘレナとメイラが、とある魔族を思い浮かべ、身構える。


 高速の剣を切り裂き、素早く移動する屈強な騎士達の動きを止めたその者が、ロノウァの後ろの木の陰から姿を現す。




「もお~、ロノウァ君、油断しすぎだよ!もっと緊張感を持ってください!」


 上下が黒の長袖とロングスカート、大きな丸ぶち眼鏡をかけた魔族。


ぷりぷりと部下を注意する、リオンの側近にして、【リオン軍団 副長 クロエ】がそこにいた。













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