第21話 勇者 対 リヴァイアさん

 大砲の音が鳴り響き、巨大な龍が暴れる戦場となったジャホン国の海。


 その上空を、蝙蝠の様な羽を生やした小さな竜が飛び、戦場を見下ろしていた。


その小さな竜の瞳に写る光景を、城にいる俺とヒミカは大きな丸い鏡を通して視ていた。


「や、やばっ…」


 初めて見る戦争、それも龍が登場したり、魔法が使われる異世界の戦いに、俺はただ舌を巻いていた。


(ていうか‥、)


「もう、魔王軍の勝ちじゃないか? リヴァイアさんだけで充分でしょう!」


 東の国の船を薙き払って無双しているリヴァイアさんを指して言う。


「…それは、どうでしょうか。」


 ヒミカはある一隻の船を凝視していた。俺もその視線が注がれている船を見る。


その一隻だけがリヴァイアさんの方に向かって行き、それまで船団の隊列前方にいた他の東の国の船達が下がっていく。


 前進していくその船の甲板上をさらに見ると、他の兵とは異質な四人を見つける。


その中の一人、上半身に鎧を着け、その手に長い剣を持った女性に目が止まる。


「お、えらい美人がいる! 何者だろう?」


「あれが、勇者です。」


「へえ~…ぇえっ! あの綺麗なお姉さんが!?」


「ふふっ、そうですよ。人間は見掛けによらないものですよね。」


(まじかよ。 魔王軍の幹部に匹敵する程の奴って聞いてたから、どんな厳つい野郎が出てくるのかと思えば…)


『あれなら俺でも倒せる』、そう思ってしまった。


 それほどに、勇者と言われる女性があまりにも華奢で、どこにでもいる様な美人なだけの普通の人に見えるからだ。


むしろ、戦場にいる事が気の毒にさえ思える。


しかし、俺はその考えが間違いであるとすぐに知る事になる。



 ――――ジャホン国 西の海―――



「… なかなか大きな龍ね。」


 船からリヴァイアさんを見上げて、ヘレナが言う。


 「グオオオオオオオォ!!」


 吠えたリヴァイアさんが、ヘレナ達が乗っている船に向かって、大きな口を開けて襲いかかる。


しかし、ヘレナ達の船の前に突然出現したに、リヴァイアさんがガアンッと大きな音を立ててぶつかる。


 その魔法円が壁となり、リヴァイアさんの進行を阻んだ。


「私があの龍の動きを止めるから、ヘレナさんはその後に攻撃を。」


 ヘレナと同じ船に乗り、巨大魔法円を出現させた術者であるメイラが、発光する杖の先をリヴァイアさんに向ける。


「【光よ、魔を捕らえる枷となれ!『束縛する光鎖』】!」


 メイラが呪文を唱えると、リヴァイアさんの周囲にいくつかの魔法円が出現し、そこから光の鎖が飛び出して、リヴァイアさんを縛りつけた。


「グルルゥ…ッ」


 光の鎖から逃れようと、もがくリヴァイアさん。


「ヘレナさん、今だよ。」


「了解!」


 ヘレナはそう応えると、ロングソードを後ろに引いて振り上げた構えを見せる。


剣から強い光が放たれ、刀身から数十メートルはあろうかという長い光の刃が伸びる。


「すぅ~…」


 ヘレナは軽く息を吸い、ザッと一歩前に踏み出し、


「はああああああーーっ!」


大きな半円の軌跡を描きながら、リヴァイアさんの首を目掛けて、光の刃を振るう。


光の鎖に縛られたリヴァイアさんの首に、光の刃が近づく。


「グオオオオオオオオオオオオオ!」


 リヴァイアさんが、海面を揺らす程の咆哮を上げると、体から藍色の魔力が噴き出し、それにより光の鎖は粉々に破壊された。


自由を取り戻したリヴァイアさんは、自身の首に迫りくる光の刃に噛みついて、その攻撃を止める。


「んっ!」


 ヘレナは柄を強く握って剣を引こうとするが、リヴァイアさんは強大な咬合力でそのまま光の刃を噛み砕いた。


「くっ…!?」


「ヘレナさん、来るよ!」


 張りあっていた力の均衡が無くなり、バランスを崩してたたらを踏むヘレナに、注意を促すメイラ。


メイラは杖を前に向け、迫り来るリヴァイアさんと自分達を隔てる魔法円の壁を出現させるが、


 「グゴォゥゥ!!」


リヴァイアさんが、大きく開けた口から火焔を勢い良く吐き出す。


火焔放射をぶつけられた魔法円は、大きな爆音を上げて消滅した。


続けてヘレナ達の船に向かって、口から火焔を走らせる。


ヘレナは手に力を込めて剣を縦に真っ直ぐ振り下ろし、迫り来る焔を一刀両断にする。


二つに割れた焔が、船を避ける様に後ろに走り去っていった。


 リヴァイアさんが焔を吐き終えるタイミングを見計らい、ヘレナは甲板からリヴァイアさんを目掛けて跳ぶ。


 巨大な頭部まで距離を詰めると、光輝く刀身をリヴァイアさんの額へと振り下ろした。


「…っ!?」


しかし、その刃はリヴァイアさんの頭部から噴き出した藍色の魔力により止められ、ヘレナを間合いから弾き出す。


 弾きかれて宙に浮いたヘレナを、大きな口を開けたリヴァイアさんが襲う。


ヘレナは、向かって来るリヴァイアさんを冷静に見据えたまま空中で水平な体勢になり、後ろに見えない壁があるかの様に、


ドォンッと空を蹴り、その反動で水平な体勢のまま、発射されたミサイルの如く空中を直進する。


素早く空を切って飛ぶヘレナの剣から光の刃が伸びる。


そして、すれ違い様にリヴァイアさんの胴を斬り裂いて通過した。


「グルォッ!?」


 山の中腹の様な太い胴から血が噴き出し、痛みで一瞬動きを止めるリヴァイアさん。


 その一瞬の間に、ヘレナは再び空を蹴ってミサイルの様に直進し、再び胴を切り裂く。


「グッ…オオオオオオオオッ」


 さらに斜め上から空を蹴って、猛スピードで斜めに降下しながら、リヴァイアさんの体を大きく袈裟切りする。


 続けて降下先の海面を蹴って真上に高く上がると、再び空を蹴ってリヴァイアさんに向かって直進して切りつける。


 痛みでもがくリヴァイアさんの周りを、繰り返し空を蹴って跳びながら、何度も光の刃を振るうヘレナ。


リヴァイアさんは、自分の周りを素早く縦横無尽に飛び回るヘレナを捕らえる事が出来ず、只々斬り傷を負っていき、斬られる度に噴き出した自身の血でその体が赤く染まっていく。


 ヘレナは、階段を駆け上るかの様に空を何度も蹴って、リヴァイアさんの頭上へと舞う上がる。


「これで、終わりよ!」


ヘレナが剣先を下に向け、刀身が光り出す。


彼女の持つ眩い剣から、強く神々しく輝く、巨大な光が放たれる。


顕現した巨大な光の柱の如き閃光が、リヴァイアさんの頭部を真上から貫いてそのまま海を刺す。


「グガッ……オォ…」


 頭部を貫いた光が消えると、リヴァイアさんはその場で崩れる様に倒れた。


巨大な龍が水面を体全体で叩く勢いで倒れた事で、高い波が上がる。


 ヘレナが元いた船の甲板に着地し、赤い血が混じる水飛沫を背に、ロングソードを鞘に納める。


「大きな龍は倒したし、これで少しは通りやすくなったかな?」


 僅かに乱れた髪を撫でて整えると、勇者 ヘレナは仲間にそう聞いた。



 ―――ジャホン国 ヒミカ城 最上階―――



「なっ、マジかよ…」


「マジです。」


 俺は、鏡を通して見た勇者と巨大龍の戦いの一部始終に唖然とする。


 改めて、鏡に写るその女性を見る。


「これが…」


 勇者 ヘレナ・クリサライトか―。


 彼女の隣に立つ、大きなローブを纏った少女のサポートもあったが、実際は勇者が一人でリヴァイアさんを倒した様なものだ。


(つ、強すぎんだろ! 俺、こんなやべえ奴と戦わされそうになってたのか!?)


 その事実に気づき、滝の様な汗を流してると、


「…いけませんね。」


 隣でヒミカが呟いた。


「え?」


 勇者の船から別の方に視線を移す。


「あっ、サクタロウ達が勇者の船に向かっているぞ!」


ジャホン国の全船が、広く隊列を組んで前進していた。



 ―――ジャホン国 西の海―――



「御苦労、勇者よ。 邪魔な龍がいなくなって少しは楽になったが、まだ彼らがいる。」


 レシンが、『彼ら』と指して示す方を見るヘレナ。


「…そうでしたね。 ジャホン国海軍も何とかしなきゃだね。」


 ロングソードを鞘から抜く。


腰を少し落として、上半身を捻って剣を後ろに引いて構える。再び刀身が強く発光する。


半身の姿勢で左肩を正面に向けたヘレナの前方の先、真っ直ぐに近づいて来る大きな船の上で、


「全隊、勇者が乗っている船を囲めぇ!その後、一斉に撃つんじゃ!」


 サクタロウが指示を飛ばす。


サクタロウが乗る船を含めたジャホン国の船達がヘレナ達の船を囲む。


ヘレナ達の船の周りに着いて逃げ場を無くした所で、


「撃てぇーー!!」


ジャホン国海軍が、サクタロウの号令で一斉射撃を開始。


ヘレナ達の船を撃沈させるはずだったが―


「はああああーーーっ!!」


 ヘレナは、刀身から長く放たれた光の剣を横薙に振るう。


長く放たれた光の剣が、ヘレナ自身を中心に周囲のジャホン国の船達を刃圏に収める程の大きな円を描く。


「なっ!?」


 光が円を描き終わると、ジャホン国の船がずれた断層の如く切れ目から崩れていく。


「うおおおっ!?」


「うわああああ、船体が斬られた!!」


「沈むぞおおー!」


 兵達の叫びと共に沈みいくジャホン国の船達。


「…こりゃ、たまるか。」


 崩れ落ちる船で、自嘲気味に笑うサクタロウは小さな魔法円を出現させる。


「すまん、やられてしもうた。 後は、頼むぜよ。」


魔法円に向かってそう言うと、サクタロウは崩れた船と一緒に、海へ落ちていった。



「……………」


 沈むジャホン国の船を、静かに見つめるヘレナ。


ロングソードを鞘に納めると、


「これで障害は無くなったわ。 行きましょう、ジャホン国へ。そして、魔王軍を倒すのよ。」


視線の先、海に浮かぶ島国を真っ直ぐ見つめて、勇者はそう言った。



 ―ジャホン国 ヒミカ城 最上階―


「サ、サクタロウおおおお!!」


 サクタロウの司令船含め、ジャホン国の船が全て勇者の一撃で沈められた。


(いや、まだ死んだとは限らない!)


「 ヒミカ、船をやられただけで、サクタロウ達はまだ生きてかもしれない!助けに―」


「いいえ。残念ながらそんな余裕はありませんよ。 敵は、すぐそこまで来てますから。」


鏡を見ると確かに東の国の船は、ジャホン国の港にたどり着こうとしていた。


 俺は、サクタロウや海軍兵達の安否が気になって助けに行きたいが、今城を出れば、敵と鉢合わせしてしまう。


(くっそ、何か出来ないのか…。 せめて、戦う力があれば…)


「勇者と東の国の人間軍が、ジャホン国に到着しました。 」


 鏡には、ヒミカの言う通り、東の国の兵らしき人達が港に停まった船からぞくぞくと現れるのが見える。


その他に、全身を西洋甲冑で固めた騎士の集団も船から出て来た。


「勇者の出身地である、西の国の騎士達ですね。勇者は、西の騎士団の団長でもありますから、その部下達でしょう。」


 ヒミカが、西洋甲冑の集団について説明する。


 東の国の人間軍、西の国の騎士団、そして勇者とその仲間がついにジャホン国に上陸した。


(とうとう来やがった…)


 一気に緊張が最高点に達する俺の横で、


「…はぁ~、人の国に大きな船で攻め込んで許可も無く勝手に入るなんて、失礼な方達ですよね?」


(…おまえが、それを言うのかよ…)


魔王軍の幹部は、自分がした国に上がり込んできた侵略者達の事を、自分を棚に上げて困った様な顔で言うのであった。

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