第23話 操り人形

クロエ。


フルネーム、【クロエ・ルナルーク】。


リオン軍団 副長にして、リオンの側近。


そして、『ルナルーク家』という高名な魔族の家柄の娘(らしい)であり、


魔王学院(という魔族が通う学校らしい)を優秀な成績で卒業した後、魔王軍へ。


新兵教育の後、リオン軍団に配属。


配属後はその実力を遺憾無く発揮し、軍団の副長に登り詰め、リオンの右腕として充分な働きをしてきた。


…らしい。


情報源ソースは、リオン・アウローラの記憶。



(あの丸眼鏡っ娘が秀才のご令嬢で、軍団のNo.2…だと…!?)


リオンの記憶を疑うわけじゃないが、やはり意外だ。


「あ、クロエさんとロノウァさんが勇者達と戦いますよ。 クロエさん、ロノウァさん、がんばってくださ~い。」


中継モニターとなってる大きな円い鏡に、上下黒の長袖とロングスカートのクロエと執事服で爽やかオーラ全開のロノウアが映り、声援を送るヒミカ。


(…緊張感の無いゆる~い応援だなぁ)


と思いつつ、


(クロエ、ロノウァ、頑張れよ!)


俺も二人の応援をするのだった。




「ちなみにあの二人が倒されたら、勇者達この城に来ちゃいますね。まあ、大変。」


「…………」


(二人とも、まじで頑張ってくれええー!!)




───―町外れの森―────


ヒミカ城が建つ町から少し離れて広がる森にて、


「…久しぶりですね~、勇者とその仲間達。」


「…そうね、クロエ。 それと、最後の四天王ロノウァ。 リオンは、元気かしら?」


「元気ですよ~。 相変わらず腕組みして偉そうにしてます。」


「そう、 早く会いたいわね。 次会ったら必ず葬るって、約束したから。」


「だめですよ~? 果たせない約束しちゃ。 あなた達は、この場で私達が葬るんですから。」


バチバチと見えない火花を散らすクロエとヘレナ。


「…勇者の顔見知りか?」


「私達、リオン軍団とは何度か戦ってますので。」


レシンの質問に、メイラが応える。


「ええ、その節はどうも。 勇者達との戦いで、我が軍団は四天王を三人も失うという損害を被りました。」


両足を揃えてピシッとした真っ直ぐな姿勢で、後ろに手を組んで立つロノウァ。


「今日この場であなた方を倒し、同胞の無念を晴らすとしましょう。」


ロノウァが指をパチンっと鳴らす。


すると、ヘレナ達の周囲の空気中の水分が急激に増幅され、いくつもの水の塊が出現する。


水の塊が生き物の様に動き出し、形を変えてヘレナ達を包み込もうとする。


ヘレナ達四人は水の塊を回避し、クロエとロノウァの方へと駆けだす。


「ほう…、勇ましいですね!」


ロノウァはリズミカルに指を鳴らし、さらに水の塊を出現させる。


空中を移動して襲いかかる水の塊を避けたヘレナとレシンが疾走し、一気にロノウァに間合いを詰める。


ヘレナは剣を振り被り、レシンは魔力を込めた拳を腰に引いて構える。


「はああああーっ!!」


「ごおおおおおお!!」


―ヒュンッ


「―っ!!」


「―っ!?」


鋭い風切り音を聞き、攻撃を中断した二人が素早くその場から離れる。


直後、その場の木々が不可視の何かに切断され、重量のある音を立てて地面に倒れた。


「ほう、見事な切り口。 これは…」


切り株の綺麗な断面を見たレシンは木々を切断した物の正体に気づき、クロエのに視線を移す。


「あれは、…か。ただの糸ではないな、勇者よ。」


「気を付けてレシンさん。あのクロエという魔族は、を自在に操ります。 あの魔族の操る鋼鉄線は細く見えづらい上に、ご覧の通り木を切断する程の切れ味を持っているので、決して触れない様に。」


鋭利でほぼ不可視の鋼鉄線を指に備えたクロエ。


その手を、勢いよく振り払う様に鋼鉄線を振るう。


―ヒュンッ


指から伸びる鋼鉄線が鞭の様にしなり、空気を裂いてレシンの首に切りかかる。


「触れれば体は真っ二つか。厄介な。」


レシンは両膝を曲げ、上半身を後方に反らして鋼鉄線を避ける。


避けられた鋼鉄線がそのまま流れて木々を切断した後、クロエは続けてヘレナへと鋼鉄線を振るう。


防御のために立てたヘレナの剣に、柔らかくしなる鋼鉄線がぐるりと巻き付く。


「…っ!」


クロエは剣にきつく巻き付いた鋼鉄線を引っぱり、ヘレナから剣を奪おうとする。


「んっ!」


「くっ…!」


剣を奪われまいと強く柄を握り締めるヘレナ。


クロエとヘレナが互いに引っ張り合い、鋼鉄線がピンっと張った膠着状態になる。


「んむむっ!勇者め~、華奢な人間のくせになんて力ですか~。」


「くむむ!…あなたこそ、暗い図書館の片隅で本ばっかり読んで一日を寂しく過ごして見た目のくせに、力強いわね。」


「何ですか、その的確で偏見ある私へのイメージ!?」


「さすがは勇者! 見事な洞察力ですね。 まさに魔王学院時代のクロエさんは、誰とも話さず一日中一人で暗い図書館に籠ってばかりで…うぅっ」


「ロノウァ君! いらない事言わなくいいですから!」


「………………。」


「勇者、その可哀想な物を見る様な目はやめなさい!」


─ギギギギ…


ヘレナの後方で、ブラインが大きいな矢じりが付いた鉄の矢を弓に番える。


「ヘレナさん、その状態をキープするっすよ!潰れろ、『撃鉄矢』 ! 」


ミシッ‥ミシッ


大きな弓から軋む様な音が出るほど引いて力を溜めた矢を、クロエに放つ。


重量のある鉄の矢が、空気を弾いて衝撃波を発生させながら真っ直ぐに飛んで行く。


「おっと、通しませんよ。」


パチンッ


ロノウァが指を鳴らして、クロエの前に分厚い水の壁が出現させる。


鉄の矢は軟らかく受け止められ、水の壁の中に沈む。


「ちっ!」


「チッチッチ。」


舌打ちするブラインに、人差し指を左右に振ってウィンクして見せるロノウァ。


「なんかむかつく! ならこれで―」


ブラインが片手で大きな弓を立て、もう片方の手の掌に激しく燃える炎を出現させる。


炎が凝縮されて矢の形に変わる。


弓に番えて弦を引き、燃え盛る矢でロノウァ達を狙う。


「―爆せろ、『爆炎矢』!」


放たれた炎の矢が火の粉を撒き散らしながら、真っ直ぐ飛んでいく。


「これはこれは…ならば!んーーっハアッ!」


ロノウァは力を溜めてパチンっと指を鳴らし、分厚く、深海の様な深青色の水の壁を出現させる。


それに、緋色に燃える炎の矢がぶつかる。


―ボオォォンンッ


水上気爆発により蒸気が森中に広がり、白い煙が視界を覆う。


ヘレナの剣を引っ張っていた鋼鉄線が切れて、力無く垂れて落ちてる。


「…倒したの?」


切れた鋼鉄線を見て、メイラが問う。


「いいえ、まだよ。… 来るわ!」


確信を持って、ヘレナは剣を握り直す。


─ガシャ ガシャ…


煙の向こうで、複数の重い金属音が響く。


ヘレナ達とクロエ達の間を覆っていた煙が晴れていき、視界が明るくなる。


「……えっ、あれ!?」


驚くブラインの視線の先には、


鋼鉄線で身動きが取れなくなっていたはず西の国の騎士達が、クロエを守る様にズラリと並んで立っていた。


騎士達の頭と四肢から鋼鉄線が伸びており、クロエの指へと続く。


「なんだ、何故鋼鉄線が体に!? 」


「体が、動かさせないぞ!」


体が思う様に動けず、困惑する騎士達。


クロエが僅かに指を動かす。


騎士達の体が動く。


「か、体が勝手に!?」


さらに困惑する騎士達に構わず、その指を動かすクロエ。


「「…『反逆の操り人形マリオネット』。騎士達には、今から私の操つり人形になって勇者達と戦ってもらいますね~」


「なっ、何だと!?」


「や、やめっ─」


「さあ、行きますよ~!」


クロエが手を大きく動かす。


「行け~!人形達!」


『あ、悪魔あああかー!!』


騎士達マリオネットを操ってヘレナ達の方へと走らせる。


「あなた、そんな事も出来たのね。 私達の仲間を操って戦わせるなんて人質を取るような真似をして、 卑怯じゃない?」


「え、卑怯? 私がですか?」


小首を傾げるクロエ。


だが、その後ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふ。その言葉は、私達の界隈では褒め言葉。卑怯なのは当たり前です。 だって、魔族ですから!」


クロエの指と手が動く。


操つられた二人の騎士が真正面からヘレナに斬りかかる。


同時に振り下ろされる剣を、剣で受け止めるヘレナ。


「うわああ、ヘレナさんすみません!」


「体が勝手に動いちまうんだ!」


抵抗できずに操れるがまま戦わされる騎士達。


残りの騎士達マリオネットも、ブライン、メイラ、レシンに斬りかかる。


ブラインは騎士達の攻撃を避けると、即座に弓を構えてクロエを狙うが、クロエは鋼鉄線で数人の騎士を自分の前に引っ張り、横一列に並べて盾にする。


「だめだ、射ったら仲間に当たるっすよ! …って、うわっ!危ねえ!」


そして、盾にした騎士達を即座攻撃に使う。


クロエの指揮者の如き手の動きに合わせて、流れる様な剣技を繰り出す騎士達。


「操られているとは思えないくらいいい動きね! 体に余計な力みが無い分、自然体に近いわ。」


騎士達の攻撃を剣で受けて、捌いていくヘレナ。


「そんな事言ってる場合じゃないよ、これじゃ私達、攻撃できないよ!」


自分の周りに複数の魔法円を出現させて、それを盾に騎士達の攻撃を防ぐメイラ。


「そうっすよ! 仲間を攻撃するわけにはいかないし―」



―ボコッ


「ぐはああッ!」


―バキッ


「うぎゃっ!!」


―ドカッ


「ぶへっ!!」


「…え?」


肉が打たれる鈍い音と骨が折れる嫌な音とともに、悲鳴が聞こえた所にブライン達が目を向けると、


「…確かに動きはいいが、所詮は操り人形。 問題無い。」


レシンの足元に、気を失った打撲傷の三人の騎士が横たわっていた。


「な、何してんすかー!? 仲間っすよ?」


「操られた奴らにまでなさけをかけていては、こちらがやられてしまう。 それに、貴様たちとは協力関係にはあるが、仲間ではない。貴様たちの仲間がこちらに剣を向けるならば、容赦はせん!」 


「チョッ、まっ!」


レシンは、ブラインの制止を無視して地面を蹴って騎士達に素早く間合いを詰めると、


「うごおッ!」


「がはッ!」


「ひでぶっ!」


的確に急所を狙って残りの騎士達を次々と倒していく。


「あれま~…」


「操り人形が壊れてしまっては人形遊びは終わりだな、魔族の娘よ。」


意識を失い、地面に転がる騎士達を指して言うレシン。


「まあ~、ボコボコにのしても関係ありませんけどね~。意識があろうと無かろうと…生きてようが死んでようが、体があれば操り人形にできますから!」


クロエの手から騎士達に繋がっている鋼鉄線がきらりと怪しく光り、地面で倒れていた騎士たちが起き上がり、再び剣を構える。


意識は無く、その顔に生気がない。


「それじゃあ皆さん、人形遊びを続けましょうか。…この人形達騎士か、あなた達が壊れるまで!」


生気のない、より操り人形らしくなった騎士達が再びレシン達に向かって行く。


「先程の攻撃程度では、人形どもを止めるには不十分だったか。ならば、今度はにならないくらいに壊してやろう。」


パキパキと指を鳴らし、レシンが殺気立つ。 


「させないわよ!!」


ヘレナがレシンを通り越して前に出ると、そのまま三人の騎士を迎い打ち、すれ違い様に剣を素早く振る。


すると、三人の騎士がその場に崩れるように倒れた。


「えっ、ヘレナさん、まさか斬ったっすか!?仲間を?」


顔を青くするブライン。


「いいえ、斬ったのは彼らに付いた鋼鉄線よ。糸を斬れば、マリオネットは動かせないでしょ。」


「な、なるほど。そう言われればそうっすね!」


「これ以上仲間をクロエの好きにはさせない。レシンさんも、なるべく私達の仲間を傷つけないで下さい。」


「……善処しよう。」


「…本当っすか?」


ニヤリと笑みを浮かべるレシンを、ブラインがジト目で見る。


クロエが残り七体の騎士マリオネットを操り、再び攻撃を仕掛ける。


ヘレナは騎士達の攻撃を捌きつつ、体を操る鋼鉄線を三人の騎士から斬り離す。


「もう私達の仲間をあなたの盾になんかさせないわよ!」


刀身の面で残りの騎士達を弾き飛ばし、クロエに近づいて横一文字に斬りかかるヘレナ。


クロエはトンっと静かに地面を両足で蹴り、空に爪先で半円を描くようにヘレナの頭上を舞う。


着地するタイミングを狙い、ヘレナとレシンの剣と拳でクロエを挟み撃ちにする。


クロエは、鋼鉄線を引いて四人の騎士を引き寄せてヘレナとレシンの攻撃を防いだ後、直ぐ様、騎士達を操って反撃に転じる。


片手の五指で騎士マリオネットを操り、もう片手の五指に備えた鋼鉄線を鞭の様に振るい、二人に切りかかる。


騎士達を相手にしつつ、五本の切り裂く鋼鉄線の鞭を避けるヘレナとレシン。


「はああーっ!」


「ごおおおおお!」


ヘレナの剣とレシンの手刀が残りの騎士達の鋼鉄線を切り離し、クロエの支配から解放した。


「これで騎士達全員、クロエから取り戻したわ。」


「ヘレナさん!騎士達は、で安全な所に移したよ。」


後方で魔法円を出現させていたメイラが、騎士達をこの場から転移させる。


「ありがとう、メイラ。これで心置きなく戦える。覚悟しなさい、クロエ!」


「人形はもういないぞ。これで詰みか?糸使いの娘よ。」


「ふっ…、私から人形を取り上げたくらいで、勝った気になるのは早いですよ~?」


ゆっくり歩き出すクロエの両手から伸びる何本もの鋼鉄線が、彼女の周りをゆらゆらと漂う。


クロエが素早く腕を振るう。


―ヒュンッ ヒュンッ


風切り音と同時に周囲の木々を切り倒す鋼鉄線が、ヘレナとレシンに切りかかる。


「くっ!」


「ぬぅっ!」


それらを紙一重で避けると、即座にヘレナとレシンが一気に間合いを詰める。


ヘレナが光輝く剣を袈裟斬りに振り、レシンが魔力を込めた回し蹴りを放つ。


トンっと両足を揃えて跳んだクロエが、足先で三日月を描く様に宙を高く舞い、二人の攻撃を華麗に躱す。


空中で弧を描いた両足が、高い木と木に張られた一本の鋼鉄線の上に立つ。


まるで空中でに浮いて止まって見える状態から、ヘレナ達四人へと鋼鉄線の鞭を振るう。


― ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッヒュンッ


高所から高速で振り降ろされる鋼鉄線の鞭が、鎌鼬の如くヘレナ達に襲いかかる。


「うおっ、まずいっすよ!」


「大丈夫だよ、まかせて!」


メイラが魔力で光輝く杖を前に向ける。


すると、ヘレナ、ブライン、レシン、メイラの前にそれぞれ大きな魔法円の盾が出現する。


出現した魔法円の盾によって、鋼鉄線が防がれて弾かれる。


「よし、防いだよ!」


「あまいっ、ですよ~!」


クロエがより腕を激しく動かし、さらに鋼鉄線を速く振るう。


叩きつけて切りかかる鋼鉄線の鞭。


烈風の如き斬撃が地面を切り付け、木々を切断し、遂にはヘレナ達を守る四つの魔法円を切り裂く。


「ふぁっ!? そんな!」


「やっぱり、まずいっすよ!」


鋼鉄線の斬撃の嵐の中で、ヘレナ達が身をさらしてしまう。


「ここに居ては危ない!みんな、大きく後ろに下がるわよ! 」


ヘレナが叫び、ブラインとメイラがその場から大きく後退する。


しかし、


「…問題ない。前進するのみ!」


「レシンさん!?」


レシンは高く跳び上がって木の幹に足を着けると、


木が折れてしまう程の脚力で幹を蹴り出し、その反動でクロエの方へと真っすぐ飛んでいく。


「むっ、東の武人!?」


「おおおおッ!」


突進する勢いでレシンは、クロエの顔目掛けて魔力を込めた拳打を突き出す。


クロエは顔の前で腕をクロスさせてガードする。 


顔への直撃は免れるもレシンの突進力で後ろへ押されしまい、足場にしていた鋼鉄線から離れて空中に身を投げ出されてしまう。


―ミシ…ッ ミシ…ッ


「うっ…!」


ガードした腕から軋むような音。


もう一方の手に魔力を込め、二撃目の拳打を打つレシン。


「ごおおおおお!」


「むっ!」


クロエはレシンの二撃目に合わせて、体を後方に回転させてレシンの拳を躱す。


攻撃を躱されたレシンは拳を引こうとするが、両腕に鋼鉄線が絡みつく。


「ぬっ…、身を回転して攻撃を避けながら仕掛けたか!」


「その腕、いただきます!」


クロエが手に力を入れて鋼鉄線を引き、レシンの両腕を切断する。


「…!?」


切り離された腕の真っ赤な断面から、少し遅れて赤い鮮血が噴き出す。


「ぐっ…、おおおおおおお!!」


苦痛の声を上げるレシン。


クロエは空中で体を捻り、隙だらけになったレシンを蹴とばす。


「レシンさん!」


「おお…っ、 私の腕が…っ!」


うずくまるレシンを庇うように、ヘレナとブラインが前に立つ。


その前方で、クロエが静かに舞い降りる。


メイラが杖の底に魔力を集中させ、地面を突く。


「…地よ、巨人を斬り倒す斧となれ!『大地の戦斧』!」


そう呪文を唱えると、地面からあらゆる鉱物が一つに集合していく。


次第にそれは一つの形を模した塊と化し、巨大な石の斧に変わる。


斧は丸鋸の様に縦に回転すると、そのままクロエ目掛けて転がり出す。


地面を削り、土煙と石飛礫を撒き散らしながら高速でクロエに近づいて行く巨大な石の斧。


クロエは手を素早く動かし、前方に無数の鋼鉄線を網目状に張る。


強い魔力を一本一本に込めた鋼鉄線の網で回転する石の斧を軟らかく受け止め、その回転を殺す。


さらに網が斧に巻きつき、


「ばらばらになりなさい。」


クロエがグッと手を握り締めて鋼鉄線を引っ張ると、石の斧は細切れに切断され、バラバラに地面に流れ落ちた。


「あんな方法でで防がれるなんて…ならば、もう一撃強力な魔法を―」


もう一度攻撃魔法を仕掛けようとするメイラだったが、


クロエの鋼鉄線が伸びて彼女の杖を奪い取る。


「ふぁっ!返せ!」


「ふっふっ、この杖もいただきですよ~。あと、ついでにあなたを縛ります!」


「え、ふぐえっ!」


突如、囲むように地面から現れた輪状の鋼鉄線に縛られて身動きが取れなくなるメイラ。


クロエは奪った杖を切ると、無造作に投げ捨てた。


「ロノウァ君、今です!」


「…はい、クロエさん。」


隠れて戦いを静観していたロノウァが音もなく姿を現し、指鳴らす。


―パチン


メイラの周囲に水の塊が出現し、


「っ、 しまった!? ―うあぷっっ」


球形となってメイラを包み込んで捕らえる。


水で満たされた球の中で、もがき苦しむメイラ。


「メイラ!」


「今助けに行くっすよ!」


駆け寄るヘレナとブラインだが、


「…かかりましたね。」


クロエがクイっと人差し指を曲げて動かす。


『っ!?』


メイラの時と同様に、ヘレナとブラインを囲む鋼鉄線の輪が地面から飛び出し、二人を縛り付ける。


寸前で気づいたヘレナとブラインは、武器を体の間に挟むことで体の切断を免れたが、背中をくっつけて身動きが取れない状態で捕らえられてしまう。


―ギチ…ギチ…


「くっ、やられたわ!」


「…こりゃ、マジでピンチっすよ」


少しもがいていたブラインだったが、お手上げと天を仰ぐ。


「どうするっすかね…」


「どうしようかしら…」


剣を鋼鉄線の間に挟みんで動けないヘレナが冷や汗を流す。


「どうやら、ここまでの様ですね。勇者達。」


「クロエ…!」


「…ほんと、やられたっすよ。まさか、こんな罠張ってたとは。一体いつの間に…」


「私が騎士達を操っていた時です。あなた達の意識を騎士達に集中させて、その間気づかれない様に罠を仕掛けてました。 あとは最後、うまくその場所に誘導しただけですよ~。」


「騎士達を解放した後、あなたの鋼鉄線の猛攻から逃れようとして大きく後退したけど、あれはあなたにうまく誘導されていたわけね。わざわざメイラを縛ったのも、私たちをおびき寄せるためね。」


「そうですよ~。あの時、魔導士の娘を切り裂くこともできたのですが、それではあなた達を捕らえられないので。」


「高い戦闘力に加え、罠を仕掛けるその周到さ…、さすがリオン軍団の副長ね。私達四人を相手にここまでやるとは…、まんまとやられたわ。」


「副長の名は、伊達じゃありませんからね~。私の手にかかれば、あなた達も騎士達同様、糸で踊らされる操り人形でしかない。」


『……っ』


「 あなた達は強い。 しかし、勇者だろうと魔導士だろうと、狩人だろうと東の国最強の武人だろうと、所詮は人間…」


人間達を操り、踊らせる魔族——


リオン軍団副長クロエは胸の前で腕を組み、顔を引き締めてこう言った。


「…ふん、くだらんです!」
























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