第19話喚ばれし者(3)

「お前ぇ、誰じゃ! また東の国の間者か!?」


 そう言いながら、懐から漆黒のリボルバーを取り出して俺に向けるサクタロウ。


「ま、まて! 話せばわかる!!」


 がっつり銃口を向けられた俺は、めちゃくちゃテンパっていた。


「んん~、 話ぃ~?」


 怪訝な顔をしながらも、サクタロウはレシンやグラキルスの様に問答無用で攻撃する事無く、話を聞いてくれる様だ。


(何とか誤魔化さなれければ…)


 俺は顔を引き締め、腕を胸の前で組む。


「…ふん。 俺は、リオン・アウローラだ!」


 ―キリッ


「嘘じゃな。」


 ―ほじほじ


 リボルバーを持ってない方の手で自分の耳をほじりながら否定されたんだが…。


「‥ほ、ほう‥ な、何故そう思う? 」


「…おんし、今の自分を見るぜよ。」


「………………」


 見るまでもない。


 そこには、腰が抜けて前屈みになり、脚をガクガク震わせて立つ、情けない姿の終焉の王(仮)がいた。


 サクタロウは、はぁ~と溜め息を吐き、


「悪い様にはせんき、神妙にお縄につくんじゃ。 ‥妙な動きをすればワシは撃つぞ?」


 ホレホレ~っと、俺に向けたリボルバーの銃口をゆらゆらと動かす。


 抜けた腰が治らず、脚が震え、さらに物騒なもんを向けられた俺は完全に頭がパニックになり、この場を切り抜けられる考えが思い付かない。


(くっ、やはりだめか‥。さすがに今回ばかりは誤魔化せない。 )


 嘘でこの状況を乗り切る事は出来ないと判断し、俺は腹をくくる事にした。


「…実は、俺はリオン・アウローラじゃない。」


「ふむ、やはりか。」


「しかし、この身体は紛れもなく本物のリオンの身体だ。 事情があって今は中身が別人になっているが、俺はお前らの敵じゃない!」


「…ほう、どういうことか話してくれ。」


 俺は、元の世界で会社の会議中に居眠りをし、気がついたらこの世界に居たこと、傷だらけのリオンと出会って身体に憑依したこと、元の世界に帰るためにりオンふりをしてること、魔王軍幹部の会議に出席したこと、クレアに勇者討伐を命じられてジャホン国に来たこと等、


 この世界に来て自分に起こった事を話した。


 その間サクタロウは俺に銃口を向けながらも、俺の話を真剣に聞いていた。


「―というわけで、俺は突然魔王軍の幹部にされて、よくわからないまま流されてこの国に来ただけだ。東の国の人じゃないし、あんたらに敵対するつもりもない。」


「ほにほに。 そういうことか…。」


 納得した様でそう言うと、サクタロウはリボルバーを懐に仕舞い込む。


 それを見て、安堵する俺。


「ふぅ‥よかった、わかってくれたか…」


「ん、ようわかった。」


 ニマッと人懐っこそうな笑顔で頷くサクタロウを見て、俺は緊張が解けて脱力すると、さっきまでガクガクと喧しく笑っていた脚の震えは治まった。


 抜けた腰も治り、姿勢を正そうとしたが―



「つまりおんしは、ワシと同じく別の世界からこの世界に来たんじゃな。」



「…えっ!? ぐぎゃっ」


 その一言で、また俺は腰を抜かした。


 そして再び、内股で前屈みの間抜けな体勢になる。


「おいおい、大丈夫か?」


「ああ、だ、大丈夫… いやっ、それよりどういう意味だ? 同じく別の世界から来たって― 」


「そのままの意味じゃ。 ワシもおんしと同じで、気がついたらこの世界に来て、魂だけになっちょったんじゃ。」


「マジかよ… じゃあ、あんた本当に俺と同じ―」


「もっとも、居眠りしちょっていたという、間抜けな話ではないがの。 」


(…悪かったな、居眠りしたら異世界に来ちゃいましたって、間抜けな話で。)


「しかも、魔王軍幹部の会議に出席するとは、まっことに面白いぜよ! ワッハハハハハ!」


「面白くないわー! こっちは殺されそうになったんだぞ!」


「ほんに、ようばれなかったもんだな~。運が良いのか悪いのか…。 」


 感心した様な、呆れた様な苦笑いをするサクタロウ。


 俺は気を取り直して、


「本当にあんたは、俺と同じく別の世界から来たんだな?」


 再度確かめた。


「そうじゃ。 ワシもおんしと同じ『喚ばれし者』ぜよ。」


「『喚ばれし者』?」


 俺は初めて聞く単語に首を捻る。


 リオンの記憶から探ってみるが、


(ん~、だめだ。うまく思い出せない。『喚ばれし者』という単語は出てくるんだが…)


 頭の中に霞がかかっている様で、詳しいことは解らなかった。


 微かに読み取れた記憶では、リオンは『喚ばれし者』について誰かから聞いていた様であるが、その誰かについてもうまく思い出せない。


(その誰かの顔に変な霞がかかっているな。…規制が必要な顔なのか?)


 無理に思い出そうとすると疲れる様なので、記憶の検索を中止する。


 サクタロウが自身の胸を掌でポンポンと叩く。


「ワシのこの体も、この世界の人間の物じゃ。 この世界に来た時に、この体の持ち主から聞いたんじゃが、他の世界から魂を召喚された者を『喚ばれし者』というそうじゃ。」


「喚ばれし者っていうのは、俺とサクタロウ以外にもいるのか?」


「どうじゃろうな~。 ワシは今日まで自分以外の喚ばれし者には会ったことがない。 」


「そうなのか?」


「別世界の者を召喚する術は、秘匿中の秘匿らしくての。 僅かな者しか知っちょらんらしい。

 …おそらく、ヒミカ様も知らんじゃろな。 」


(魔王軍幹部すらも知らないのか‥。 それで、今まで怪しまれなかったわけか。)


 となると、リオンに喚ばれし者の事を教えたのは、魔王軍幹部ではないのか?


(いや、まだ全員が知らないとは限らない。あくまでサクタロウの予想だ。確証がないことは考えないでおくか。)


 俺は思考を別に移し、最も知りたい事を問う。


「サクタロウ、元の世界に帰る方法は知らないか?」


「ん~、残念だが知らん。 聞く前にこの体の持ち主は亡くなったき、聞けんかったんじゃ。」


「え、亡くなった?」


「おんしと同じ状況じゃ。ワシも喚ばれた時には、既に体の持ち主が瀕死だったんでの。 そいつが『この国を頼む』と言って、そのすぐに逝ってしもうたんじゃ。 」


「その体の記憶からは、帰る方法とかって読み取れないのか?」


「召喚の方法は分かるんじゃが、帰す方法はどうやら知らんかったらしい。 だから、帰る方法はワシはわからん。 すまんの。」


 俺はガックリと肩を落とす。


「まあ、そんな簡単にはいかないか。ていうか、帰る方法知ってたら、今頃サクタロウはここにいないだろうしな。」


「いや、ワシは元の世界には帰らん。」


「何でだ? その体の持ち主にこの国を頼まれたからか?」


「それもあるが…。そうじゃのう、 正確には帰る場所がないんじゃ。 ワシは、元の世界じゃあ、死んでる。」


「……え?」


「元の世界での、隠れ家で夜に友人と大事な話をしながら鍋をつっついちょった時じゃ。 部屋に突然刺客が来ての‥」


「刺客!?」


「応戦しようとしたが、その時風邪を引いちょってて、動きが鈍くての。 見事に額を刀で斬られてしもうたんじゃ。」


「えぇ…」


(刺客に額を斬られたって、何者だよこの人‥)


 他人のハードな過去を聞いて若干引いてる俺。


 何でもない様な様子で話していたサクタロウだったが、途端に表情を曇らせ、


「惜しいの…。国が大きく変わる、これからって時じゃったのに‥。」


 そう言って、少し悔しそうな顔で天を仰いだ。



「………………」


「まあ、帰る体がないき、帰るための方法も調べず、ワシはこの世界に居る事にしたんじゃ。

だから、すまん! おんしを元の世界に帰す事はできんがじゃ。」


 顔を前に戻してそう言うサクタロウは、先程の悔しそうな表情と違い、人の良さそうな困り顔で、すまんっと手刀を立てて謝る。


「いいって、いいって。 そんな事情があるんじゃ、しょうがないさ。」


(少し残念だけど。まあ、俺以外にも別の世界から来た人がいるとわかっただけいいか。)



 ふむ、と何か思い付いた様にサクタロウが自分の顎を指で擦る。


「代わりと言ってはなんだが、おんしがこの先どうすべきか、ワシに案があるんじゃが、聞くか?」


「おっ、助かる!是非とも聞かせてくれ! 正直何したらいいかわからなくて不安でしょうがなかったんだ。」


異世界を生きてきた先輩のアドバイスが聞けるとあって少し気持ちが逸り、前屈みの姿勢のままうまく歩けずよろよろとゾンビの様にサクタロウに近づく。


サクタロウが引きつった顔で、どうどう…落ちつけと制止する。


「そうじゃのう。 おんしには元の世界に帰るまで、この世界で生き残るためにやらなければならない事が二つある。」


 そう言って、人差し指と中指を立てて、二を示すサクタロウ。


「まず一つ、仲間を作るんじゃ。」


「え、仲間?」


「そ、仲間じゃ。 おんし一人の力だけじゃこの世界生きるのは厳しいじゃろ。事情がわかる協力者が必要じゃな。

現に、レシンと戦う事もできず、ワシにも正体がばれた。

もし、ワシじゃなくヒミカ様にばれていたら、殺されてたぜよ。」


「しかし、仲間と言ったって俺、魔王軍に正体明かせないし…」


「同じ、喚ばれし者を探すんじゃ。 この世界に、おんしと同じく元の世界に帰る方法を探している奴がいるかもしれん。同じ目的なら協力してくれるはず。そういう奴を仲間にするんじゃ。」


(なるほど、確かにそれなら正体をばらしても問題ないし、何かあれば助けてもらう事ができるかもしれない。 )


「喚ばれし者は、おんしの様に魔族にも、ワシの様に人間側にもいるかもしれない。 そこは慎重に見極めんといかんがの。 」


「…わかった。」


(魔族に、喚ばれし者か…)


 今の所、それらしいのはいない気がするが。


「二つ目は、リオンを瀕死にまで追い込んだ犯人をの正体を確かめる事じゃ。」


「え、何で?」


「あの三傑の一人、リオン・アウローラを倒す程の奴ぞ? そんな奴に今狙われたらどうなる?」


「…間違いなく瞬殺されます。はい。」


「おんしはまだリオンの記憶を全部見れない様じゃき、犯人の正体がわからない。 犯人もリオンが生きてると分かれば再び狙って来るはず。

おんしは、どこの誰かもわからない三傑を倒せる最強クラスの敵に狙われる事になるぞ。」


「……おいおい、勘弁してくれよ。ハハ…」


 キャパオーバーで、もはや、乾いた笑いしか出ないすわ。


「自分の身を守るためにも、犯人の正体を確かめるべきだ。 誰か解れば、逃げる事も可能じゃろ。」


「た、確かにそうだな…。 わ、わかった。」


(ひぃぃ、正体ばれたら終わりの魔王軍で過ごしながら、最強の殺し屋に狙われるのかよ!)


 ガクガクと体が震えてきた。


(こりゃ、早く助けてくれる仲間探して、元の世界に帰る方法も見つけないとな。)


「大変じゃろうが、とりあえずこの二つを目的にしてみてくれ。 ワシが考える限りでは、最善の道のはず。」


「あ、あぁ。そうするよ。ありがとう。」


 サクタロウの案というか助言を、この先、この世界で生き残りるための方針として、しっかり頭に入れる。


 それにしても―


(‥やはり震えが止まらん…)


「ワッハハ、そんなに震えんでも……。 ちゃっちゃっ、こりゃいかん、ワシまで震えてきた。 少し冷えたかの?」


 ぶるっと体を少し震わせたサクタロウ。


 風が出てきたのか、静かだった森の木々からザァァザァァと木の葉が揺れる音がする。


 少し冷えた夜の森で二人して手で肩を擦っていると、


 ガサガサ‥


 後ろの茂みから誰かが歩いてくる音がした。


「…ふふっ、どうやらレシンの件は解決したみたいですね。 家老さんは、大丈夫ですか?」


 木々の闇から魔王軍幹部の一人、ヒミカが現れた。


 レシンを追いかけるため、森の入り口で別れて以来だったな。


「大丈夫です、ヒミカ様。家老はこの通り生きちょります。」


 サクタロウは、さりげなく庇う様に俺の前に立って、ヒミカから内股でプルプルしてる前屈み状態の俺を隠す。


「(腰はまだ治らんか? ヒミカ様の前でその格好はまずいぜよ!)」


 ヒソヒソと小声で焦った様子で問うサクタロウ。


「(あ、後少し待ってくれ! 気合いで治す!ぐぬぬっ)」


「(気合いでどうにかなるか、 魔法で治すんじゃ!)」


「(俺、魔法使えないんだよ!)」


「(えぇ‥、魔王軍幹部じゃろ?)」


「(終焉の王(仮)なんで‥)」


 俺とサクタロウがヒソヒソ話してる間、ヒミカは倒れている家老を注意深く見ていた。


「ふむ、見た所、元の家老さんですわね。 本当にレシンはいなくなったのですか?」


「はい。 確かに、レシンは次は自分の体で戦うと言うて、いなくなりました。」


「…そうなのですか? リオンさん。」


 ヒミカはそう話を振って、後ろにいる俺を覗き込もうとするが、サクタロウが、さっと素早く移動してカバーする。


「…ああ。 奴はそう言ってたな。」


 俺は顔を引き締めて、低い声で応えた。


「…そうですか。わかりました。」


 納得した様で、ニコッと微笑むヒミカ。


「先程、東の国に忍ばせた我が軍の者から最期の連絡がありました。

明日の朝、敵がジャホン国に攻めて来る様です。」


(えっ!?)


「ほう、明日か…」


「明日の朝に供えて、各自配置に着いて準備しましょう。 」


「はい、わかりました!では、ワシは海軍の皆を集めて、船を出港させるぜよ!」


「お願いしますね。サクタロウさん。

 …リオンさんは―」


「…ふん、承知している。俺は、ロノウァとクロエを呼びに―」


「いいえ、は大人しくしてもらいます。」


 いつもよりトーンが落ちた冷たい声と共に、地面から白い蛇が飛び出し、俺の体に巻き付く。


「ちょっ、まっ、! ぐえぇっ!?」


 俺はその場で立ったまま蛇に強く締め付けられ、潰れた蛙の様な声を出した。


「まずい、 見られちょったか!?

ヒミカ様待ってください!リオンさんは、ただぎっくり腰で変な立ち方になってるだけで、少ししたら元の威風堂々とした姿に―」


「いいんですよ、サクタロウさん。嘘付かなくて。 私、聞いていましたので。 …この人が、リオンさんではないと。」


 ニコッと冷たい微笑みを向けられたサクタロウは、


「…こりゃ、たまるか。 詰んだぜよ。」


 汗をたらりと流して、お手上げのポーズをする。


(やばい…)


 縛られて身動きが取れない俺に向かって、ヒミカがゆっくりと歩き出す。


「ぐっ、ぐぬぬーッ」


「ふふっ、そんなにもがいても疲れるだけですよ?」


 俺は、背中の一対の黒い翼に力を入れる。

まだ一回しか使ってなかったので、そんな物があるのを自分でも忘れてたが、普段は折り畳んでいる翼を広げて隙間を作り、脱出しようとする。


 しかし、


 ギュゥ‥


「―っ!」


 ギチ‥ギチ


 蛇の締め付ける力の方が強かった。


 俺が悪あがきをしている間にも、雪の如く白い和服姿の、蛇の様に鋭い目と口を吊り上げた笑みを浮かべた魔王軍の幹部が距離を縮めて来る。


(ぎゃああああ! サクタロウ、ヘルプ ミー!)


 助けを求めようとサクタロウを見るが、


「…武士は諦めが肝心じゃ。 ここまでの命だったと思って潔く散ってくれ。」


(ふぁっ!? サクタロウ!?)


「まあ、この世からあの世に移るだけじゃき、大したことじゃない。 今のうちに、辞世の句でも唱えるがええじゃろ。」


(サクタロウオオー!! てか、辞世の句なんて思い付かねーよ!)


 サクタロウは、完全に諦めモードであった。



「はい、到着っと。」


 いっち、にっと、足を揃えて俺の前に立つヒミカ。


「ふふっ、リオン(偽)さん。」


「……はい‥」(うひゃー!)


「私や魔王軍を騙して、ただで済むとは思っては、いないですよね?」


「‥‥‥‥はっ、はい! 思ってません! これっっぽっちもっ!」(ああばばばば)


「そうですか。 それは、よかった。」


 にっこりと微笑んだかと思うと、


 ガシッ


 と、肩を強く掴まれた。


 ミシッ‥ミシッ


(っぎゃああ! いってて!? なんつー握力してんだよ!!)


「この国では、人は散る時は、ジタバタせず潔く散るのが美徳だそうですよ?」


「…へ、へ~。 そうなんですか~」(ジタバタ ジタバタッ)


 顔に血管を浮かせた聖母の様な笑顔と冷たく優しい声音で言うヒミカ。


 俺は恐怖で滝の様な汗をかきながら、引きつった笑顔でなんとか応える。


「それでは…」


(…ごくり)



「覚悟は、いいですね? 偽者さん。」


( ヒャアァーッ )


 追い詰めた獲物を食い殺しそうな不敵な笑みに変わったヒミカに、俺は声にならない叫び声をあげながら、


「 …南無三。」


 その少し離れた場所で、サクタロウが合掌していたのを目の端で捉えていた。





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