第18話喚ばれし者(2)
夜の城下町をゆらゆら漂う提灯達が、通り過ぎる突風により次々と飛散していく。
家老Dの身体を借りたレシンは、町家の瓦屋根を強く踏み込み、その反動と魔力を使った身体強化によって加速しながら次々に別の瓦屋根へと渡って行く。
それはまるで、雷管を叩いて爆発を起こした衝撃で飛び出す弾丸の様であり、
あまりの速さに、彼が移動する度に突風が吹いていた。
少し離れた後ろから追いかけるヒミカが、和服の袖から何匹かの蛇を放ってレシンを捕らえようとする。
長く延びた蛇達が口を大きく開けてレシンに襲い掛かるが、レシンは加速し続けたままジグザグに移動して蛇達を避ける。
ヒミカは、先程よりも多くの蛇を袖から放つ。
塞き止めていた川が流れ出すかの様に、次々とヒミカの袖から止めどなく現れる大小無数の蛇が雪崩の如く押し寄せて、レシンを包み込もうとする。
さらに加速しながら直進して逃げようとするレシンだったが、口を広く開けた巨大蛇かと思わせる無数の蛇の雪崩に呑み込まれ、その姿は消えた。
蛇の雪崩は町家を巻き込みつつも破壊すること無く、レシンを呑み込んだ後、その流れを止めた。
ヒミカは勢いよく蛇を放った際に少し乱れた和服を直しつつ、蛇の群れが積もった上を歩いて、レシンが蛇達の下敷きになった場所に近づく。
ヒミカがその場所に近づくと、のし掛かる大量の蛇を押し退けながらレシンが飛び出てきた。
自分で斬り落とした肩の傷口と、全身を大量の蛇に噛まれ出血しながらも、飛び出した勢いのままヒミカの顔面目掛けて飛び蹴りを放つ。
だが、ヒミカは蹴り足を掌で受け止めると、そのままレシンの脚を掴んだ。
掴まれた足からミシミシッという締め付ける様な音がし、華奢な見た目からは想像出来ない程の強い握力でレシンの足を掴んでいる事がわかる。
レシンは掴まれた脚の膝を曲げたかと思うと、その膝のバネを利用してヒミカの掌を零距離で蹴って弾いた。
そのままその反動を利用して後方へ跳んだレシンは、町の外れの森へと入って姿をくらませた。
「…もう、往生際の悪い方ですね。」
パッパッと弾かれた手を振りながら、レシンが逃げた森を見ながら言うヒミカ。
少し遅れた俺とサクタロウがヒミカに追い付く。
「ヒミカ!」
「リオンさん、レシンは今森の方へ逃げて行きました。 」
ヒミカが薄暗い森を指差して言う。
「森は広いので、ここから先は手分けして探しましょう。」
「ヒミカ様、リオンさん、もし見つけても殺さんでください! 今はレシンに乗っ取られちょるが、 あれはこの国の家老じゃき!」
サクタロウが俺達に懇願する様に、叫ぶ。
「わかりました。 私も生かしたまま捕らえて、いろいろ聞かなければならないこともありますからね。」
「…ああ、善処しよう。」
「ほっ…ありがたい、 恩に着るぜよ!」
俺とヒミカの返事に安堵しつつ礼を言うサクタロウ。
そして俺達は別れて、レシンを探しに森の中に入った。
———— 町外れの森 ————
(さて…)
俺は一人で薄暗い森を、周りを警戒しつつ慎重に歩く。
(善処しようって言ったはいいが、見つけたところでどうやって捕らえようか。 )
俺は木の陰に隠れ、キョロキョロとレシンがいないことを確認する。
誰もいないのを確認し、別の木の陰に身を隠しながら進む。
(確か、東の国最強の武人だっけ? そんなやばい奴、どないせいちゅうんじゃい!)
相手は、あの蛇四次元ポケットのヒミカとのチェイスから逃げられる程の身体能力と戦闘技術を持っている。
俺が迂闊に近づいていい相手じゃ―
「…ほう、次は貴殿が私を追いかけるのかな?」
(……………)
ギギギ‥
俺は、首部分の歯車の調子がよくないからくり人形の様に、ゆっくり声のした方へ顔を向ける。
そこには、片腕が無い家老Dの顔でニヤリと笑みを浮かべて立つレシンがいた。
「終焉の王、リオン・アウローラよ…」
「…ふん、ここにいたか、レシンよ。」
(なんで、ここにいんだよぉぉ!レシンさんよぉぉ!)
口から心臓が飛び出るかと思うくらい驚いたが、すぐに顔を引き締めてレシンと向かい合う。
レシンは、後退りしたくなる程強い静かな闘気を俺に向けていた。
薄暗い中目を凝らしてみると、思っていたよりも傷を負っていた様で全身から血を流している。
ヒミカの追撃をうまく避けていた様に見えたが、かなり無理をして逃げていたのだろう。
(ヒミカから逃げる時に負った傷か。 奴は、満身創痍だ。 これ以上無茶な事はしないはず…)
そう考えて、
「レシンよ、追いかけっこは止めだ。 家老の身体から早く出ていけ。 さもなくば…」
俺は、低い声で脅す様に語りかけた。
「あぁ、出ていくとも。こんな貧弱な身体、いらぬわ。 私はただ、この家老の口止めが出来ればいい。
貴殿らから離れた場所で自決し、さっさと元の身体に還るつもりだったが…逃げるのはやめるとしよう。」
レシンは無い方の肩を前に、そして腕がある方を後ろに下げて半身の姿勢で腰を落として構えた。
「せっかく、あの終焉の王と会えたのだ。 この身体を殺して去る前に一手、相手していただきたい。」
「………え?」
そう言うと、静かに俺に向けていた闘気を爆発させた。
(―っ!!)
その爆発した闘気は、見えない壁が押し寄せてくるかの様な圧力となり俺にぶつかる。
(巨大な獣に睨まれている気分だ…これはまずい!)
魔王城会議でグラギルスに向けられた殺気に匹敵する程の圧力。
その圧力にびびって、石の様にガチガチに固まる俺。
「ほう、この我が闘気に対し巌の如く立ち、一つの動揺も無いとは…。 さすが三桀の一人という事か。」
何を勘違いしたのか、嬉しそうにニヤリと好戦的な笑みを浮かべるレシン。
「…やはりこの世は良い。 魔族という者は、私を楽しませてくれる。 」
レシンは、ボソボソと聞き取れない声で何か言ってるが、こっちはそれどころではなかった。
俺は今にも恐怖で折れそうな膝を堪えて立っているのがやっとで、走って逃げれそうに無い。
(どうする!? 俺、どうするぅ!?)
巌の如く固まった身体の内は、心臓がバクバクと激しく脈を打つ。
動けないからだろうか、今いる広い森が狭い檻の様に感じられる。
どこにも逃げ場の無い所で、今にも襲いかかろうとする猛獣と向かい合っている様な状況だ。
「では、…いくぞ、終焉の王よ!」
レシンはさらに膝と腰を落とし、腰の位置に拳を引いた半身のまま姿勢を低くする。
後ろに引いた拳から煙の様に揺らめく魔力が視認できる。
(来るっ! や、やばい!)
来るとわかっていても、足がすくんで動けない。
―ダンッ
後ろ脚で地面を蹴って、もの凄い速さで俺に向かって突進するレシン。
その間、拳から溢れ出ていた魔力が凝縮され、手甲の様にレシンの拳を纏う。
俺の間近まで迫って来たレシンは、魔力で出来た手甲を纏った拳を、俺の顔面目掛けてを突き出す。
(―いぃっ! )
近づくレシンの拳が、スローモーションとなって見える。 死の間際に脳が活性化して起こるとされる現象だが、
動きが遅く見えるようになったとはいえ、避けれるわけではない。
(もうだめだ、死っ―)
後数センチで俺の顔に当たる拳を見て、死を覚悟したが、
―ドォンッ
という音と同時に、レシンの拳が何かに弾かれた。
「むっ!?」
(へっ!?)
―ドォンッ
続けて横から何らかの衝撃を受けたレシンは、進行方向から外れ、俺の斜め後ろを通り過ぎて地面へ投げ出されて転がって行く。
だが、素早く起き上がって体勢を立て直すと、音のした方を向く。
俺も音のした方へ視線を移す。
「危なかったぜよ~。 いくらリオンさんが強うてもあれをまともに受けたら、ただでは済まん。」
そこには、漆黒のリボルバーをレシンに向けて構えるサクタロウがいた。
サクタロウの腕からレシンと同じく煙の様に揺らめく魔力が溢れ出て、その魔力がリボルバーのシリンダーへと吸いとられていく。
「この銃はワシの魔力を弾として使うき、ワシの魔力が尽きるまで無限に撃ちまくれるぜよ。」
サクタロウはそう言いながら、銃口をレシンに向けたまま俺の横に移動する。
「しかも、弾の種類は変えられるぜよ。 今、ワシがレシンに撃った弾は殺傷能力の低い『打撃弾』じゃ。 これなら何発撃っても死にはせんが…、
レシン、おんしゃぁが家老の身体から出ぬなら、ワシはおんしが出ていくまで撃ちまくって痛めつけるぞ?」
サクタロウのリボルバーのシリンダーがガチャッと一回転し、青く発光する。
黙ってサクタロウの言葉を聞いていたレシンは、観念したのかその場にどかっと胡座をかいて座る。
「‥どうやら、今日はここまでの様だな。」
俺とサクタロウを交互に見た後、
「次に相間見える時は、私自身の身体を使って戦おう。 では、さらばだ…」
その言葉の後、
レシンが家老の身体から抜けたのだろうか、文字通り憑き物が抜けた家老Dがその場に倒れた。
サクタロウはリボルバーを懐に仕舞いながら倒れた家老Dへ駆け寄ると、
家老の身体を片手で引き寄せてから支えつつ、もう片方の掌を優しく当てる。
そこから緑色の光がポゥッと現れ、その光が広がって家老の身体を繭の様に包みこむ。
斬り落とした肩腕の傷は塞がっていき、ヒミカの蛇に噛まれた傷も治っていく。
「家老は大丈夫なのか?」
「 今、回復魔法を使っている。 家老本人の生命力も作用してなんとか命は助かりそうじゃ!
腐ってもこの国の家老の一人じゃき、簡単には死なんぜよ。」
ワッハッハッハと笑うサクタロウ。
「よし、これで大丈夫じゃ。 ふぅ~」
回復魔法による治療が終わり、家老を包み込んでいた緑色の光が消える。
家老をその場に優しく置いてからサクタロウが振りかえる。
「ところで、リオンさんは大丈夫か?」
(ん?俺は、どこも怪我してないが。)
「…ふん、問題無い。」
と、いつも通り冷静な風に言う。
しかし、
「ならなぜ、リオンさんは尻もちをついちょるん?」
(……え?)
そう言われて、ようやく気づいた。
後ろに倒れそうになる自分を支えるために伸ばした腕の両掌から感じる地面の感触と、同じ背丈のはずのサクタロウを見上げて話しているという事に。
先程まで堪えていた膝が、レシンがいなくなった事で安堵して崩れ、俺は知らずの内にその場に座り込んでしまっていたのだ。
「す、少し休んでいただけだ。 心配するな、今立ち上がる…」
「…リオンさん?」
(あれ?……や、やばい!脚に力が入らない、しかも、腰が抜けとるぅ!?)
俺は生まれたての小鹿の様に脚をガクガク震わせながら立っては転びまた立っては転ぶ。
それを繰り返す。
「………………………」
サクタロウが怪訝な顔で黙って見てる中、
(お、おりゃああああ!!)
俺は気合いで無理矢理立ち上がった。
「ぜえ、ぜえ、…ふぅ~」
「…り、リオンさん、本当に大丈夫か?………」
脚と腰をぷるぷるさせつつ、内股で前屈みになりながらも、
俺は再度キリッと顔を引き締めて腕組みをし、鋭い目をサクタロウに向けて低い声でこう言った。
「…ふん、問題無い。」
「…………。」
少しの間が空いた後、
「いや、それは無理があるぜよーーー!! 」
サクタロウのツッコミが夜の薄暗い森の中に木霊した。
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